幕間 策動
「首尾はどうだ?」
低く押し殺した声が扉の内側に滑り込む。
音もなく開いた扉の先では部屋の主である貴族の男がグラスを傾けていた。
「挨拶は済ませた。犬どもも餌が気に入ったのか尻尾を振って待っている」
貴族の男はリボルバー・ドットハック。
先日、ゼナヴィアたちの前に現れた学園の上級生だ。
「手駒も揃えたか。使えるのだろうな?」
怪しい男は顔の上半分を隠すようにフードを目深に被り、外装に身を包んでいる。屋敷の使用人や警備兵は侵入者であるこの男の気配には気づかなかった。その事実が只者ではないことを知らしめている。
「作戦を成功させるのに都合のいい能力を持った連中だ。最低限、役立てばそれでいい。それに用済みになれば切り捨てるだけだ」
リボルバーはグラスを揺らし、赤色の液体を灯りに透かした。ゆったりとした仕草には余裕があり、グラスに映る口元は薄らな笑みを浮かべていた。
「取引の場所は追って知らせる」
「いや、それにはおよばない。こちらが指定した場所に運んでもらう」
男はそう言ってテーブルの上に折りたたまれた紙を置いた。
「仲間を待機させている。目標を確保したら記された場所に来るのだ」
「……ふん」
男の有無を言わせぬ不遜な態度にリボルバーは目を細め鼻を鳴らした。
「今一度、忠告するぞ。あれはわたしのモノだ。お前たちが指一本でも触れてみろ。ドットハック家の名に懸けてお前が所属する組織を潰してやろう」
「我々は器になど興味はない。スキルが無くなった人間など用済みだからな。利害が一致したからこそ此度の契約は成立したはずだが?」
邪推されるのも面倒だ――と煙たそうにする男。
その態度がさらにリボルバーの感情を逆撫でにしているのだが、強気に出ることはない。
男が放った言葉にこそ、リボルバーが求める利があったからだ。
「後天的な『能無し』の誕生。お前たちがその方法を知っていなければ手を組むことはなかった」
「お褒めに預かり光栄です――とここは頭を下げておきましょう」
男は頭を下げることなく心にもないことを口にする。
階級や身分の違いなどは男にとってお飾りでしかないようだ。
「決行の日取りは追って知らせる。さっさと視界から消えるがいい」
「楽しみにしているぞ」
短い返答をした後、男は来た時と同じように音もなく踵を返した。扉が閉まると、部屋には再び静寂が戻る。
人気がなくなったことを確認すると、リボルバーは椅子に深く腰を下ろし息を吐いた。
「辛気臭く……不気味な奴だ」
貶す言葉が出たのはリボルバーにとって強がりでもあった。
本来であれば関わるべき相手ではないことは百も承知だ。
だが、無下にはできなかった。
奴らはどこから嗅ぎつけたのか、リボルバーにとって垂涎の取引内容を引っ提げて接触してきたからだ。
「もうすぐだ。もうすぐお前はわたしのモノとなる」
小さく呟く。
その声は誰にも届かず、夜の闇へと溶けていった。




