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千刃流教場にて 上

「ここが訓練場……なのか?」


 口にせずにはいられなかったのだろう。

 ルヴェルが周囲を見渡して眉をひそめた。


「んー、なんていうか”森”って感じだね」


 ゼナヴィアが一言でまとめる。


「道を間違えたか……」


 僕たちはエルマリアとリズリィと別れ千刃流の修練区画にたどり着いたはずだった。

 でもここには何もない。

 平坦な土地を取り囲むように木々が立ち並んでいる。

 ただ、それだけの場所だ。

 とてもじゃないが武術を学ぶような場所には見えない。

 鬼神流であるルヴェルとしては道場のような施設を想像していたのだろう。

 建物どころか広場ですらない空間に面食らってるって感じだ。


「案内板に従って進んでたし道に迷ったわけじゃないと思うな。それにエルマちゃんもこの先が千刃流の区画よって教えてくれたし」


 僕もこの道が正しいと思う。

 二人は寄り道なんてしてないし方向音痴でもない。

 

「なにより千刃流っぽいなーって」

「……ぽい、のか? ここが?」

「うん! なんかこう……お好きにどうぞというか放任主義みたいなところが」


 野性的とかそういう意味合いだろうか。

 僕にはわからない感覚――と言いたいところだけど、森の中でいろいろな獣化を試していた過去がある。

 本質的には近いのかもしれない。

 自然の中で好き勝手やってるとことか。


「わからん」


 鬼神流を主軸にしたルヴェルにはわからないみたい。

 ――っと、お客様の登場だ。


「新入生か」

「「!?」」


 ルヴェルとゼナヴィアが同時に身構えた。

 相手が音を殺して接近してきたせいで、二人が警戒している。

 見た目は胡散臭いおっさんって感じだけど敵意や殺気は感じない。

 十中八九で千刃流の先生だろうな。


「悪い悪い、そう構えるな。気配を消すのは癖みたいなもんなんだ。証拠にほら、手ぶらで丸腰だろ?」

「あなたは千刃流の――」


 あ、来るぞ。


「そう。剣術指南役のバランだ」

「――ふん」


 ルヴェルの首元に刃の潰れたナイフが当てられている。

 得物から手を離した瞬間のことだった。

 さすが千刃流か。

 不意打ちは当たり前だし丸腰も嘘。

 見事に不意を突かれてしまった――なんてね。


「君はまだ千刃流の心得というものを理解できていないみたいだ。だが――」

「お世話になりまーす。ゼナヴィア・ラウンズロッドとルヴェル・バルディークです」


 ゼナヴィアの剣がバランの心臓に狙いをつけていた。

 あと一歩でも踏み込めば剣先がバランの肌を傷つけていただろう。


「お言葉ですがバラン先生。ルヴェルを過小評価しないでくださいね。先生は私たちに誘われたんですよ?」

「ほう?」

「彼の流派は鬼神流。でも、千刃流である私と刃を交え、ずーっと研鑽を積んできました。無害アピールはちょっとあからさま過ぎましたね」

「つまり、隙を見せたのはわざとで俺はまんまと誘い出されたわけだ」


 にこり、とゼナヴィアが目を細めた。

 ルヴェルは相変わらず仏頂面だけどナイフを首に当てられたときに鼻で笑ってたのはそういうこと。

 どうせ相手は千刃流の教師。千刃流らしくご挨拶とばかりに不意を突いてくるのは予想できたわけだ。


「面白い。指南役らしく千刃流のいろはを教えてやろうと思ったが……なかなか肝が据わっているじゃないか」


 バランがナイフを収めて身を引いた。

 会話を続けるにはちょっと遠い距離だな。

 また仕掛けてくるつもりじゃないだろうな、この教師。


「改めて説明しよう。ようこそ新入生、ここは千刃流の教室『ムメイ』だ。見ての通り森で覆われた区画を修練場としている。そして俺は千刃流の剣術指南役の一人バラン・ドロン」


 一人ってことは他にもいるのか――って、学園の規模を考えたら当たり前か。


「随分と手厚い歓迎ですね」


 先生が相手だからルヴェルの言葉遣いが丁寧だ。

 態度は不機嫌そうだけど。


「そう睨むな睨むな。ちょっとしたお茶目じゃないか。知っての通り千刃流はあまり人気がなくてね。ちゃんとした新入生は貴重なんだ。はしゃぐ気持ちもわかるだろ?」

「やんちゃな大人の気持ちはわかりません」

「目をつむるのも優しさだぞ」

「その隙にまたナイフを突きつけるつもりですか?」

「よくわかってるじゃないか!」


 騙し討ちはマストと。

 そういうことかな?


「どうやら本当に二人とも千刃流の心得はあるようだ。だったらこうしよう。俺をさらに認めさせたら免許皆伝試験の許可をあげよう」


 あーなんだっけそれ。

 入学式の時にルヴェルたちが聞いていた気がする。僕には関係ない話だったから聞き流しちゃった。


「免許皆伝試験。各流派の指南役に認められた生徒が受ける試験――とは名ばかりの資金集め。生徒同士でギルドを結成し学園に依頼されたクエストを解決する。すべては卒業費を自分で稼ぐため」

「説明ありがとう、ゼナヴィア君」


 うんうんとバランが満足そうに頷いている。

 そういえばそんな話だったなー……学費を稼ぐために生徒に仕事を斡旋するんだよね。大学でもアルバイトの求人とかあったけど、こっちは卒業に直結している。

 家の金で解決――ってわけにもいかないとか。

 ……ま、裏口入学ならぬ裏口卒業ぐらいの汚職は叩けばでてきそうだけど。

 僕たちには関係ないからどうでもいいか。


「千刃流の本質は”なんでもあり”だ。だからここの区画は森で覆われている。森には武器になりそうなものがいくらでもあるからね。だが本当に千刃流を極め強くなるには実戦に勝るものはない。だから俺たち指南役は見込みのある生徒には早い段階で試験を受けさせている」


 うちのルヴェルとゼナヴィアは新入生なんだけど……大学で例えるなら一年のころから卒論に取り掛からせるようなものかな?


「この通り千刃流は他の流派より先に免許皆伝試験の許可を出すことが多い。それを目当てに千刃流の門と叩く生徒もたまにいるが……そういう輩はだいたい千刃流の何たるかを理解できていない者ばかり。門前払いだ」


 午後の修練の時間を金稼ぎに使えるならその考えも理解できる。それが許されるほど虫のいい話ではないみたいだけど。


「つまりあたしたちはバラン先生のお眼鏡にはかなったと」

「そういうこと。どうする? 挑戦するか?」


 僕としてはどっちでもいいかな。

 森で千刃流の修練をしようと外で仕事をしてようとどちらにしても僕の自由時間ではないからね。

 魔力霊体もルヴェルの傍をそんなに離れられるわけじゃない。

 ……あーでも旅の道連れとしてクエストを見守る方が修練を見学するより楽しそうだな。

 よし、やったれルヴェル!


「ゼナヴィア・ラウンズロッド。免許皆伝試験の受験許可を得るためにバラン先生に挑戦します」


 お、いいね。


「でも、ルヴェル自身は受けませんよ」

「……」


 なんで!?


「おや? どうしてだい?」


 そうだよ!

 ルヴェルに許可が下りなかったら一緒に行動できなくなっちゃうじゃないか!


「ルヴェルはあたしの従者騎士なので一緒に行動するのは確定してるから」

「ん~それはつまりゼナヴィアが合格したらルヴェルは従者騎士として付き従うから挑戦する必要がない、と。そういうことかな? 残念ながらそれじゃあ問屋は卸さない。ルヴェルも学園の生徒であることに変わりはないから卒業できなくなるよ」


 出席しても出席したと認められず単位を落とす――そんな話になってきた。

 どうするんだゼナヴィア。


「先生」

「なんだ? それでもやるのか」


 ゼナヴィアが無言で頷いている。

 真意がわからないしバランも戸惑い気味。

 不思議なのはルヴェルが一言も喋らないことだ。

 口数が多い男ではないけどまったく異を唱えないというのも謎だ。

 ……もしかして、ルヴェルにはゼナヴィアの考えがわかっているのか?


「……わかった。お前らがそれでいいなら審査してやる。これは千刃流の戦いだ。開始の合図なんてものはない。今こうしている間に剣を抜いて斬りかかってきても――」


 いいぞ。とバランは言うつもりだったのだろう。

 だが、その言葉を言い切る前にはもうルヴェル(・・・・)が斬りかかっていた。




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