変わってしまった姉
「そういえばエルマちゃんってどこの流派なの?」
食後、ルヴェルとゼナヴィア、そしてエルマリアの三人は午後の授業のために学園の敷地を並んで歩いていた。
「双神流よ。短刀やナイフを扱うのが得意なの」
そう言ってエルマリアは仕込みナイフを二本取り出した。暗器のような扱いは姉弟子であるキキョウとリシアによる仕込みだ。
「わっ、すごい! 全然見えなかった! どこから出したの?」
「調べてみる?」
「挑発されちゃった。ルヴェル、これってエルマちゃんに抱きついて服の下を弄って調べてもいいってことだよね」
「そんなわけないだろ」
ルヴェルに襟首を掴まれ「や〜ん」と愉快な悲鳴を上げるゼナヴィア。
なんだかいつも以上にゼナヴィアが楽しそうだ。
新しい学園生活に舞い上がっているのかな。
「ちなみにわたくしは貴方たちの流派も把握済みよ。ゼナヴィアは千刃流で、ルヴェルは鬼神流」
「わお、詳しいね」
「俺の流派ならまだしもゼナヴィアのことまで……」
ルヴェルは昨日の試合で鬼神流の戦技を披露してたからね。周知の事実みたいなものだろう。
でもゼナヴィアはまだエルマリアの前で剣を握ったことがない。
従者騎士として警戒したくなる気持ちもわからなくはない。
「午後の授業、ルヴェルは千刃流と鬼神流のどちらに向かうのかしら」
「白々しいな。それも下調べ済みなんだろ? なら答える必要はない」
「あら、意地悪なのね。冷たくされてしまうとお姉さん悲しいわ」
ルヴェルの売り言葉を三文芝居で買い叩くエルマリア。
嘘泣きであることは誰の目にも明らかだ。
「こ〜ら、めっだよ、ルヴェル。せっかくできたクラスメイトの友達には優しくしないと」
「同級生ではあるけどクラスメイトではないだろ」
エルマリアは特級クラスだ。
学年でも特に優秀な生徒を集めたクラスで、学年の顔となる存在――らしい。
残念ながらルヴェルとゼナヴィアは一般クラスだ。
「細かいことは気にしない気にしない」
「忘れてただけだろ、まったく……ゼナヴィアと話していると毒気が抜かれる」
「張り詰めているよりはいいんじゃないかな?」
そうだね。
ルヴェルにはもう少し肩の力を抜いてほしいね。
従者騎士だからといって何でもかんでも警戒してたら気疲れしちゃうし。
僕も肩を揉んであげるからさ、楽にしなよ。
「……俺はゼナヴィアの従者だ」
ん?
さっきのエルマリアの質問に対する返答か。
素直じゃないな〜ルヴェルは。
「千刃流を学ぶのね」
「……どうせ知ってたんだろ」
「ふふ、もちろんよ」
「……」
「あはっ、すごい顔してるーっ」
同級生というよりお姉様方に可愛がられる後輩みたいな立ち位置だね、ルヴェル。
ゼナヴィアもエルマリアも年上だからしょうがない。ルヴェル自身も元々年下気質というか弟気質なところがあるし。
……学園生活苦労しそう。
エルマリアに絡まれてるのは完全に僕が原因なんだけどね。
「……ぁ」
ふと、懐かしい声が聞こえてきた。
半年ぶりかな?
「姉さん」
「ルヴェルくん。久しぶりですね」
ルヴェルの姉であるリズリィだ。
昔は『ベルくん』と愛称で呼んでいたはずなのに、いつの間にか名前で呼ぶようになっていた。
「元気だった?」
「はい、こちらは相変わらずです。お父さんとお母さんも怪我や病気ひとつなく過ごしています。それと、ルヴェルくんの従者修行がうまくいっているか、よく心配をしていました」
「そっか」
「はい……」
……なにこの気まずい空気。
いや、なんとなくこうなる気はしていた。
リズリィは成長するにつれて大人しい性格になった。慎ましくなったと言えば聞こえはいいが、どちらかというと控えめな性格になったと表現するのが正しい。
きっかけは覚えている。
昔、模擬戦でルヴェルと勝負して負けてからリズリィは思い悩むようになり距離を置くようになったんだ。
弟に負けたのが悔しくて嫌いになった――というわけではない、とは思う。
リズリィは昔から弟思いの良いお姉ちゃんだし、ルヴェルのことを邪険に扱ったことなど今まで一度もない。
弟を引っ張っていくような姉ではなくなってしまった、というだけであり積極的に絡むこともなくなっただけなのだ。
入学式の日に挨拶を交わしていないのはそのためだ。
でもそれって普通のことだよね。
僕には兄弟がいなかったけど中高時代に兄弟仲が極端に良い友人なんてほとんど見たことがない。
むしろ話題に上がらない限り兄弟がいることすら知らないことも多かった。
だから僕はそこまで問題視してない。
これが今の二人の距離感なのだろう。
「久しぶりだねリズちゃん」
「ゼナヴィア様」
「え!? どうしてそんな畏まるの?」
「弟がお世話になってるご主人様なので……」
「もう、関係ないよ。リズちゃんはあたしの友達なんだから。それにルヴェルだって従者騎士だけど、言葉遣いは普段と変わらないよ?」
「それもどうかと……」
「いいからいいから。それよりもあたしのことは昔みたいに呼んでほしいな」
「……ゼナヴィアちゃん」
「は〜い」
仲がよろしいことで。
僕の記憶だと数年ぶりの再会だったはずだけどゼナヴィアはそういったことを一切感じさせない
「今ね、エルマちゃんと次の授業について話をしてたの。リズちゃんはルヴェルと同じ鬼神流だよね?」
「はい。でも私は無神流を学ぶためにここに来たので、皆さんとは別区画になると思います」
無神流。
抜刀術がメインの流派だ。
幼い頃にスキル『雷』と相性がいいからと両親に勧められてずっと学びたいと言っていたね。
「そっかー。残念だね。せっかく再会できたのに今日はここでお別れかー……ぁ、放課後とか時間あるかな? ここにいるみんなで親睦会しようよ!」
「……すみません。放課後は鍛錬の続きがあるので」
ん?
その断り文句は理由としては浅くないか?
もしかして避けてる?
ゼナヴィア……いや、リズリィの視線から察するにルヴェルのことを意識してるな、これは。
「さすが特級クラス。あたしたちも負けてられないねルヴェル」
「……そうだな」
クラスが一般か特級かは制服の刺繍で判断できる。リズリィの制服にはエルマリアと同じく少しだけ豪華な紋章が施されていた。
特級クラスは優れたスキルと武芸に秀でた生徒が選ばれる。
誇ってもいいことだけどリズリィの顔色はあまりよろしくない。正面にいるルヴェルも似たような感じ。
ルヴェルくんに勝てないのに特級なんて……とか思ってそう。ルヴェル自身も姉の葛藤をなんとなく察してるのか歯切れの悪い返事しかできてないし。
難儀なものだねぇ、思春期の男の子と女の子は。
「……私も――」
リズリィが何か呟いたようだけど声が小さすぎて誰に耳にも聞こえなかったようだ。思い詰めた表情をしているからちょっと心配。
う〜ん、ちょっと気にかけるようにするか。
姉弟二人の問題とはいえ原因の一端は僕が自分の体を鍛えすぎたせいでもある。
裏人格の僕にできることなんて高が知れているけどフォローできることがあるならしてあげたい。
この感情は家族愛――というより、愛着かな。
一番身近で見守っていればそうなっちゃうさ。
人間だもの。
「親睦会なら数日後にパーティーがあるからそこで集まってみたらどうかしら」
「パーティー?」
空気を入れ替えるためかエルマリアがそんな提案をしてきた。
どうやらゼナヴィアは知らないらしい。
当然僕も知らないしルヴェルは言わずもがな。
「名目としては新入生歓迎会ってところね。料理を食べて歓談してダンスも踊る。上級生とも顔を合わせる機会になるから顔を売るにはいい場よ」
「そうなんだー……」
「興味ないって顔をしてる」
「あはっ、バレちゃった」
てへぺろだ!
愛嬌っていうのはこういうことなのか。どうなんだルヴェル。
「つまりその退屈なパーティーでここにいるみんなで集まって時間を潰そうってことか」
「ご名答。わたくしの案はお気に召したかしら」
「なるほどね、いいと思う! ルヴェルは?」
「ゼナヴィアがいいならそれでいい。俺は隣にいるだけだ」
「もう! 主体性ないな〜」
「従者が持っててもしょうがないだろ……」
ゼナヴィアとルヴェルは案に乗るらしい。
リズリィは気乗りしていないようだけど断る理由までは思い浮かばないらしい。
それどころかゼナヴィア「楽しみだね」と集まること前提で話を進められて「は、はい」と頷いていた。
押しに弱くなっちゃったねお姉ちゃん。
そんなこんなで約束を交わして解散。
僕たちはそれぞれの流派の区画に向かうのだった。




