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ルヴェルは責任が取れる男

「まずいかも」


 対面に座っていたゼナヴィアがぽつりと不満を漏らした。


「どうした? 食堂のランチは口に合わなかったのか?」


 彼女と食事を共にしていたルヴェルが手を止め顔をあげる。

 俺は別に不味いとは感じなかったんだけどな……と言いたげな表情だ。


 二人は聖騎士学園の食堂にいた。

 午前の座学を終え、学園が誇る大規模食堂に足を運び、昼食をとっている最中だった。

 二人が選んだのは本日のおすすめ定食だ。

 豊富なメニューに圧倒された結果、無難な選択肢を仲良く選んだのだ。


 献立の内容はトンカツ定食。

 そう、豚カツ定食だ。

 豚の肉を衣で包み植物性油で揚げるあの料理。ちょっと違うのは豚は豚でも魔物の豚肉を使っているところだろうか。

 それでも見た目は豚カツ定食そのものだ。

 炊いた米に味噌汁、キャベツのような野菜の千切り。そしてその上に乗せられた豚カツ。


 なんで異世界に豚カツ定食があるんだ?

 僕も一瞬だけ疑問に思ったけどすぐにハーフエルフのお嬢様の顔が頭に浮かんだ。

 昔、食べたい物はあるかと聞かれた時にこんな料理があったら食べたいと要望を出したことがある。その時に豚カツの話をした覚えがある。

 彼女はその時のことを覚えていたのだろう。


 服飾だけでなく飲食業界にも手を伸ばしている彼女のことだ、学園の食堂を牛耳っていてもおかしくはない。

 たぶんこの定食は試作品だ。

 学園生の反応を踏まえて試行錯誤していくのだろう。

 いつか僕にも食べさせてくれるのかな?

 ちょっと期待しちゃう。

 

「由々しき事態だよ、これは。ルヴェルにはわからないかな」

 

 そこまで深刻なのか。

 トンカツ定食の見た目は美味しそうに見えるんだけど。

 嫌いな食べ物が入っていた、とかではなさそうだ。


「美味しすぎて食べすぎちゃう」


 まずいってそっちかい。

 

「いいことじゃないか」


 ルヴェルも僕と同意見らしい。

 美味しいならいいじゃん。


「朝だってパンが美味しくて二枚も食べちゃったのにお昼まで美味しいなんて大変だよ?」


 ゼナヴィアとルヴェルの朝食は昨日買った食パンだった。二枚ずつ食べてトーストをする前と後で味を比べていたのが印象的だ。

 ちなみに味付けは柑橘系のジャム。


「食べ過ぎて太っちゃったらどうするの? ルヴェルが責任取ってくれる?」


 あーなるほど、そういうことね。

 でもその程度じゃ大食いってわけでもないし午後からは騎士学園として実技もある。運動量も多いから太る心配はしなくてもいいんじゃないかな。


「食後の運動ぐらい俺が付き合う」


 例え太ったとしてもルヴェルがシェイプアップに付き合ってくれるってさ。

 さすが相棒だね、これで問題解決だ。


「絶対、だからね。あたしの体はルヴェルのものでもあるんだから」

「……言いたいことはわかるが誤解を招く言い方だ」


 ゼナヴィアのスキル『連携領域(ユニゾン)』のことかな。あれはバディとなるパートナーがいて初めて本領を発揮できるスキルだからね。片方の動きのキレが悪ければパフォーマンスに影響が出ると言いたいらしい。


「楽しそうね。わたくしもご一緒していいかしら」


 登場したのは月季――ではなくエルマリアだった。

 手元には二人と同じトンカツ定食。

 いかにも“昼食の席を探していた風”を装っているが建前みたいなものだろう。


「あ、エルマリアさん。ごきげんよう。あたしの隣で良ければ座って」

「ふふ、ご機嫌よう。ゼナヴィア、それにルヴェル」

「ああ、お疲れ」


 歓迎ムードのゼナヴィアとぶっきらぼうなルヴェル。対照的な2人の返事に対し、特に気にした様子もなく席に座るエルマリア。

 なんというか両手に花じゃないかルヴェル。

 背後には僕もいるから背中に献花までぶっ刺さってるかもしれないけど。


「貴方たちはとても仲がいいのね。ずっと二人で行動をしているイメージがすでにあるもの」

「そうかな? いつもこんな感じだからよくわからないね」

「従者騎士だからな。当然だ」


 照れ隠しのように聞こえるが間違ってはいない。ゼナヴィアの従者なのだから行動を共にするのは当たり前だ。

 ただ少し距離が近いことを除けば、だけど。


「ところでさっきまで何の話をしていたのかしら。わたくしが中断させてしまったのでしょう?」

「あたしのお腹が大きくなったらルヴェルが責任を取ってくれるって話だよ」

「あら、大胆」

「納得しないでくれ……」


 だいぶ語弊があるが嘘とも言い切れないのが怖いところだ。わざとなのか天然なのか、僕とルヴェルはまだゼナヴィアのことをはかりかねている。


「あはっ、どうして照れてるの? ルヴェル」

「気のせいだ」


 たじたじって感じ。

 ゼナヴィアの方がルヴェルより年上なんだよな〜って改めて実感するよ。


「貴方たちといると退屈しなさそうね」

「えーっ? エルマリアさんはそんなこと考えてたんだ。気にかけてくれてるなーって思ってたのに」

「呼び捨てで構わないわゼナヴィア。もしくはエルマと愛称で呼んでもいいのよ」

「エルマちゃん」

「ふふ、そういう物怖じしないところ好きよ」


 二人とも距離の詰め方えぐぅ……とか思ってたらルヴェル(こっち)を見てきた。

 ルヴェルにも呼べと?

 うちの子はシャイなんだから無理よ?


「……エルマリア」


 限度――というかこれが普通の反応だと思う。

 ルヴェルはよくやった方だよ。

 というかエルマリアは表舞台だと超有名な貴族だから呼び捨てとか恐れ多い学園生が大多数のはず。

 エルマリアがゼナヴィアのことを物怖じしないと称した理由はそこにある。


「上出来ね。貴方たちとはきっと長い付き合いになるわ」

「言い切っちゃうんだ。出会ったばかりなのに」

「入学する前から興味があったのよ。剣術のみで入学試験を突破したルヴェル・バルディーク、そしてそんな彼を従者騎士に添えて入学したゼナヴィア・ラウンズロッド。聖騎士学園では異例の存在。気になるのは当然でしょう?」

「興味をそそられるような内容があったとは思えないな」


 僕もルヴェルに同意してしまう。

 エルマリアが語る内容はすごく地味に聞こえる。


「そう思っているのは本人であるルヴェル、あなただけよ」

「エルマちゃんもっと言ってあげて! ルヴェルったらスキルなしで試験を通過できたことがどれだけ凄いことか全然理解してくれないの! 褒めても『運が良かっただけだ』なんてすごく反応がドライなんだよっ!」

「あら、そうなの? 主人からの称賛は素直に受け取るものよ。わたくしならきっと尻尾を振って喜んでしまうわ」

「なんでエルマリアが褒められる側なんだ……どちらかというと主人(褒める)側だろ」


 ルヴェルの指摘はもっともだけど僕の表人格という立場を考慮すると「お前が言うな」って突っ込まれそうだ。本人は無関係だし自覚もないからしょうがないけどね。

 当たり前だけどエルマリアも表人格(ルヴェル)と接するのは初めてだ。目を細めて笑顔で誤魔化してはいるけどちょっと反応に困っている。

 慣れてもらうしかない。


「ねえねえ、エルマちゃん。聞いてもいい?」

「なにかしら」

「腰にぶら下げているアクセサリーってどこで買ったの?」


 う、そこに触れるのか。

 あまり気にしないようにしてたのに……エルマリアがさっき変なことを言ったからだな。


「気になる?」

「うん。気になる。昨日も制服に付けてたよね? ずっと可愛いなぁ〜って思ってたんだ」

「ゼナヴィアはお目が高いのね」


 エルマリアはそう言って腰の“尻尾”を持ち上げるように触れる。

 もちろん彼女自身の尻尾ではない。

 彼女はハーフエルフなので人より耳は長くとも動物の尻尾は生えてはいない。


「本物?」

「本物よ」


 でも別に偽物の尻尾というわけでもない。


「我儘を言って貰ったの。ずっと前に」

「あれ? 売り物じゃなかったってことかな。それとも特注品ってこと?」

「そんなところね」

「そっか〜残念。可愛いからあたしも欲しかったのになーその尻尾のアクセサリー」


 ゼナヴィアが見つめる先には黄金色のキツネの尻尾があった。

 日本でもだいぶ昔に流行った、しっぽキーホルダーのようなアクセサリーだ。

 エルマリアは自分の腰から膝まで伸びる尻尾を制服のアクセサリーとして身につけていた。


「でもエルマちゃんも我儘なんて言うんだ。意外かも?」

「ふふ、甘えたくなってしまうのよ。小さい頃からずっとね」

「えーっ? もしかしてそれって好きな人から貰ったの?」

「それは秘密よ」


 女性陣がきゃっきゃしている。

 ルヴェルは蚊帳の外らしく黙々と昼食を進めている。

 ちなみに僕はむず痒くて席を外したい。


「この尻尾はわたくしの宝物のひとつよ。触れていると心が落ち着くし温かい気持ちになれる。何より握っているとよく眠れるの」

「まさかの安眠アイテム」


 ゼナヴィアのツッコミにエルマリアがくすりと笑う。


「触ってみる?」

「いいの?」

「普段は誰にも触らせたりしないわ。貴方たちは少し特別だから」


 アプローチがすごい。

 知り合ったばかりなのにもう特別扱いしてる。

 人によっては気圧されてもおかしくはないが、ゼナヴィアはルヴェルを落とした女。

 この程度では動じない。


「俺は遠慮する」


 警戒しているのかただ単に興味がないだけなのか。

 エルマリアの目配せをルヴェルがかぶりを振って受け流していた。


「えーっ、ルヴェルも触らせて貰えばいいのに。もっふもふだよ? エルマちゃんの尻尾」


 さすがゼナヴィアだ。

 目を離した隙に尻尾をこねくり回していた。

 見ようによってはエルマリアのお尻に手を伸ばしているので勘違いされそうな光景でもある。角度的にね。

 ほら、あそこの遠巻きにこっちを見てる男子生徒なんて顔を赤くしてるよ。


「癖になる触り心地だー」

「お気に召していただけたようね。毎日お手入れをしているから清潔で肌触りもいいでしょう? それこそ獣人のように気を遣っているの」

「あたしのモノだったら絶対顔を埋めてた」

「……そこまではダメよ? 気持ちはわかるけど」

「あはっ、やらないよ〜」


 エルマリアが押されてる、だと……!?

 というか気持ちはわかるってエルマリアさん?

 もしかして裏で猫吸いならぬ尻尾吸いをやってるわけじゃないよね?


「ご飯、冷めるぞ」


 呆れ気味のルヴェルがため息をつき、トンカツを口に運ぶ。

 彼らの昼食はこうしてゆっくりと平和に進むのだった。



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