三家猫
「で、それが月季が言ってた例のパンか」
キキョウの手には小さなパンバスケット。
そこには切り分けられた食パンと三日月のようなパンが積まれている。
「はい。若様に教えてもらった色々なパンを私たちがお店で再現してみました」
「すごいな。見た目は僕の想像通りだ」
昔、ライ麦パンのような硬いパンだけじゃなくて柔らかいパンも食べたいな、と姉妹の前で愚痴ったことがあった。
その時、二人にはどんなパンを食べたいのか聞かれて形や作り方をおぼろげながら教えたことがある。
前世では一人暮らしを始めた頃、手料理にこだわった時期があったから作り方は知っていた。
でも今の僕の体には色々と制限があるし、何よりこの異世界で材料を探して揃えるのが難しくて諦めていたんだ。
まさかキキョウとリシアが再現してくれるとは思わなかった。
「味はおじいちゃんとおばあちゃんから太鼓判を押してもらったんで自信ありです!」
「若様に召し上がっていただく日を夢見ていました」
とは言いつつキキョウはバスケットを渡そうとしない。
たぶん僕の一声を待っているのだろう。
「二人が僕のために作ってくれたパンか。楽しみだ」
「……にゃ〜」
珍しくキキョウが鳴いている。
照れているのかもしれない。
「ほら、姉様」
「は、はい」
妹に急かされ慌てて僕の目の前にバスケットを差し出してきた。
その瞬間、食欲をそそる香ばしいパンの匂いが僕の鼻をくすぐる。
「じゃあ早速、いただきます」
食パンを手に取る。
なんの変哲もないただの食パン。
だけど異世界に転生してから初めての再会だ。
感動すら覚えてしまう。
「――あ、そこからいっちゃいます……?」
半分に裂こうとして見事に耳の部分だけが千切れてしまった。
僕的にはよくある失敗の一つでしかなかったのだが、リシアが少しだけ不安気だ。
「えっと……主様には中の白いところを食べてほしいかなーなんて……」
「なるほど」
どうやらこの世界でもパンの耳の扱いに困っているらしい。
「どれどれ」
「え」
口に入れると確かに少し硬くてパサついている。
それでもこの異世界の主食である麦パンよりはずっと柔らかいし味の主張も少なく食べやすい。
続いておススメされた白い身の部分も口に運ぶ。
「……」
「どう、でしょうか?」
「あぁもう、主様の性格を考えるなら最初から切り落としておくべきだったなー」
二人が不安そうな顔でそわそわしている。
可愛いので少し放置してもいいけど、さすがにそれはプレゼントを用意してくれた彼女たちに悪いのでやらない。
ただ、正直に言うとびっくりした。
「僕が欲しかった味そのままだ。食感もしっとりとしていて柔らかい」
「それはつまり……」
「え、うそ」
「美味しいよ。よく再現できたね、キキョウ、リシア」
「「……!!」」
ぱあっと姉妹の顔が明るくなる。
「にゃ〜よかったー……お客さんからは耳が好きじゃないって声もあったから心配だったんですよー」
「こ、こら! リシア! それは内緒にしようって相談したじゃない……!」
「……にゃっ!?」
ははは、なるほど。
不安そうにしていたのはそのせいか。
僕が食べたいと言っていたパンを頑張って再現したのに第三者からの評価なんて確かに余計だ。
しかもそれが美味しくないというマイナスの評価ならなおのこといらないし気まずいだけでもある。
「く、クロワッサンは色んなお客さんにも好評でした」
「そうなんだ?」
テカテカと艶のある三日月形のパンを手に取って一口。
ちゃんと生地にバターを練り込んであるのだろう。
何もつけなくても甘く、外はサクサクして中はもっちりとしている。
僕が知っているクロワッサンそのものだ。
「もしかして一番人気があるんじゃない?」
「わかっちゃいました? 主様が考えたパン、王都で爆売れの人気商品になってるんですよ!」
「やっぱり。でもそれは再現できたリシアとキキョウのお手柄だね」
「若様からの発想がなければ試行錯誤すらできません」
「あ〜いや、それは……そうだね」
僕はただ先人のレシピを伝えただけに過ぎないが、それを伝えたところで栓なきことでしかない。
割り切って頷いたほうが潔いだろう。
気まずいから話題は逸らすけど。
「それにしてもこんな短期間でよく再現できたね。お店で働いていたのも驚いたけど新作のパンまで作れるなんて」
「主様に喜んで欲しくて密かに準備を進めてました」
「報告が遅くなって申し訳ありません」
どちらも本音なのだろう。
責めるつもりはないし怒ってもいない。
「気にしてないよ。サプライズは大成功だ。でも、経緯ぐらいは知りたいかな? あの老夫婦とはどうやって知り合ったの?」
「野盗に襲われているところを助けました」
「ほう」
どこも似たような感じだね。
というかこの世界は賊が多すぎる。
だから駐屯騎士みたいな制度があるんだろうけど。
「田舎から王都へ引越しの途中だったみたいで商売道具をたくさん積んでたところを狙われたみたいですよー」
「護衛は連れてなかったの?」
荷馬車で移動する場合はギルドとかで護衛の依頼をするのが常識だ。
王都で土地を買って店を開くような家庭がそこでケチるとは考えにくい。
「たくさん雇ったけど全員やられちゃったらしいですねー」
「私たちが悲鳴を聞いて駆けつけた時は、夫婦二人が殺されそうになっている瞬間でした」
「なるほどね。それで間一髪のところを助けてあげたのか」
姉妹が頷く。
「成り行きで王都までの護衛を引き受けることになりました。私たちも王都に用事がありましたので」
「おばあちゃんたちと話してたら、うちで住み込みで働かないかって提案してくれて、パンが好きだって話したら運命だって」
リシアの隣でキキョウがあわあわしている。
たぶんリシアの「パンが好き」って言葉に反応していた。お店でも同じような反応をしていたし僕に知られると都合が悪いのかもしれない。
理由が全く想像できないから気になるっちゃ気になるけど今回は見逃してあげよう。
指摘するのは簡単だけど誰にでも秘密にしたいことの一つや二つはあるものだ。主人である僕に「教えて」なんて聞かれたら断りづらいだろうしね。
「――よし、じゃあせっかくだから久しぶりに料理でもしようか。僕が食パンの食べ方を教えてあげる」
「にゃ!?」
「若様の手料理……!」
「だいぶ遅い夜食になっちゃうけどいいかな?」
「問題なんてありません!」
「主様が作ったご飯ならあたしはいつでも食べれますよー」
夕食でもないのに僕が手料理を振る舞うというだけで喜んでくれる配下たち。
手料理といってもパンの耳をラスクに、身をサンドイッチにするだけなのでそこまで大喜びされるとちょっと気恥ずかしい。あとはフレンチトーストでも作ってみんなで分け合えば量も丁度いいかな、ぐらいしか考えてない。
「月季もごめんね。寝るのはもう少し後になりそうだ」
「……旦那様が謝ることではないわ」
まるで僕の腕に頬擦りするように頭を揺らす。
なんだか眠そうだ。
「もしかして寝てた?」
隣に座ってからずっと口を開いてないな、とは思ったんだ。
寝つきがいいのは相変わらずか。
「どうかしら」
強がりなのか、とぼけただけなのか。
口元は微笑んでいるので誤魔化すつもりなのだろう。
「旦那様との秘密の夜食会。参加しない手はないわね」
眠そうだから「月季は先に休んでる?」なんて確認を取ろうと思ったけど先手を打たれた。どうやら最低限の会話は聞いていたらしい。
「それじゃあキッチンに行こうか。作り方も教えるからみんなで作ろう」
そうして僕たちは屋敷内の豪華なキッチンで食パンを使った料理を作ることになった。
サンドイッチにラスク、そしてフレンチトースト。
定番ばかりだけど食パンが登場したばかりのこの世界ではどれも真新し料理になる。
サンドイッチとラスクに関してはキキョウとリシアがとても喜んでいた。パンの耳の美味しい食べ方に悩んでいたらしく、お手軽で店にも並べやすいからだそうだ。
月季はフレンンチトーストに興味を持ったらしく、自分の傘下にあるレストランで軽食としてメニューに加えたいと申し出があった。
なんというかみんな商魂逞しいよね。
美味しいものを食べてキャッキャウフフできればそれだけでよかったんだけど、異世界だからかそうもいかないらしい。
立派に自立できているようで父さん嬉しいぞ。
なーんてね。
父親面は性に合わないしただの冗談。
それにどちらかといえば僕は彼女たちの父ではなく師匠だし。
魔力の扱い方を教えるのも身体の鍛え方を教えるのも僕の気まぐれ。
あるいは運命のイタズラ。
前世の知識を授けるのもその一環のようなものだ。それで商売をしたいと言うのなら僕が彼女たちのお願いを断る理由はない。
むしろどんどん再現して稼いでほしいとさえ思っている。
というか開き直ってる。
僕の懐が潤うためには色々なことに目を瞑らなければいけないと学習したからだ。
自称悪の親玉である僕にも先立つものは必要不可欠。
お金なんてなんぼあってもいいからね。稼げる時に稼ぐのが一番よ。
組織全体で軍資金を確保できるならそれに越したことはない。
王都での新生活で僕はもっと身動きが取れなくなるだろう。遠出して盗賊狩りなんてもってのほかだ。
もちろん僕はそんな不自由を甘んじて受け入れるつもりはない。
王都なら王都なりの儲け話はあるはずだ。
なんなら悪を裁く悪として王都で義賊まがいのことをしてもいい。似たようなことはしたことあるし、月季に悪徳貴族の情報を流してもらうのもありだろう。
それまでは真っ当なお金儲けは彼女たちに託した。
「はい、あ〜ん」
「にゃ〜ん」
リシアの口にラスクを運ぶ。
「にゃ、にゃー」
「はいはい、キキョウもあ〜ん」
照れているキキョウの口にもラスクを運ぶ。
「にゃあ〜ん」
「……ま、いいか。ほら、あ〜ん」
最後に猫を被った月季の口へラスクを運ぶ。
ここまでくるとまるで給餌だ。
悪の親玉というより雛鳥の世話をしている親鳥に近い。
「旦那様、あ〜ん」
父親面も、あながち冗談じゃないのかもしれない。
「あーん」
うん、美味しい。
甘くてサクサクしていて、異世界初ラスクにしては上出来だ。
でも、ちょっと焼きすぎたかも?




