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パジャマハーフエルフ登場

 エルマリア・ビターロック。

 貴族令嬢であり人間とエルフのハーフ。

 聖騎士学園では同級生としてルヴェルたちの前に現れた彼女だが、今目の前にいる彼女は制服ではなく寝巻き姿だった。


 ゆったりとした白いワンピースは上品さを感じさせ、彼女の艶やかなプラチナパープルの長髪をより美しく引き立てている。


「また新作を手がけたのかい?」


 彼女は服飾関係の事業を営んでいる。

 自ら服を仕立てることも多く、こうして自分でモデルになることも珍しくない。


「旦那様にお披露目したくて着てみたの。どうかしら?」

「あぁ、似合ってるよ」

「それだけ?」

「可愛い」


 僕が間髪入れず答えると、エルマリアは「ふふふ」と年相応の少女らしい笑みをこぼした。

 

「あっ、ゲッキちゃんずるい!」

「……パン屋さんの制服を着てくるべきでした」


 リシアとキキョウが僕を板挟みにしながら悔しそうにしている。

 たしかにパン屋の制服に身を包んだ二人は様になっていたし可愛らしかった。

 機会があればちゃんと伝えておこう。こういうのは実際に着ている時に言いたいし今は聞かなかったことにしよう。


「いつまでも旦那様に引っ付いている貴方たちには言われたくないわね。それよりも例のパンの話はどうなったのかしら?」

「にゃっ!」

「いけない……! 若様、失礼します!」


 そう言うなり二人はパッと離れて、持ってきたバスケットを抱えて部屋を出て行ってしまった。


「これで邪魔者はいなくなったわ」

「こらこら」


 軽くたしなめると、エルマリアは舌をぺろっと出してウインクをしてきた。

 相変わらず器用で様になってる。


「お気に召しました?」


 悪の親玉に侍る妖艶な令嬢のように僕にしなだれかかるエルマリア。

 昼間はあんなに貴族然とした態度でトラブルの仲裁していたのに、今はどこか甘え気味。

 なかなか会えなかったからその反動かもしれない。


「その姿のこと? それとも屋敷のことかな?」

「二度も同じことを聞くほど欲しがりさんではないつもりよ。もちろん別の服を着た時はまた褒めてほしいけど」

「褒めるの前提なんだ?」

「旦那様の好みは把握しているもの。外すつもりはないわ。……ふふ、今度は透け透けで大胆なものを着ようかしら」

「まいったな。それだと直視できなくて言葉に詰まりそうだ」

「あら、残念。旦那様に見てもらえないのなら諦めるしかないわね」

「納得してくれたようでなによりだよ」


 あぶなっ!

 さすがの僕もエルマリアのような美少女に挑発されたら平常心を保てなくなる。

 立場的にそれは困る。


「……随分と立派なお屋敷を用意してくれたんだね」

「表向きはビターロック家の別邸という名目で建てさせた屋敷よ。旦那様は無駄な贅沢を好まないから内装は控えめに、広すぎず狭すぎない実用重視。場所も閑静で目立たない土地を選んだわ」


 僕の好みを把握していると豪語するだけのことはある。

 服の趣味だけでは飽き足らず建物の立地からこだわり抜いているようだ。

 てか、話を聞く限り僕のために一から建てたの?

 ……いくら掛かったのかは聞かないでおこう。


「これはわたくしからの入学祝いだと思ってちょうだい」

「学園に入学したのは表人格(ルヴェル)の方だけど……ってツッコミも野暮か。うん、ありがとう。これで人目を気にせず獣化した姿で羽を伸ばせるよ」


 言葉通り吸血鬼の翼を広げるとエルマリアがにこっと笑う。大人に工作を褒められた子供みたいなあどけない笑みだ。

 なんだか懐かしくなり翼で彼女を毛布のように包み込むことにした。


「旦那様ぁ」


 猫姉妹を差し置いて猫のように戯れてきた。

 

「でもビターロック家名義ってことはガルゼフも噛んでるのか。よく許可が下りたね」

「旦那様のためであればお父様が協力を惜しむはずがないもの。別邸を提案した時も二つ返事だったわ」

「相変わらず僕にも娘にも激甘だな」

「ちなみに屋敷のメイド達はお母様が里から呼び寄せたエルフよ」

「一人だけじゃなかったんだ……」

「みんな旦那様に尽くすために選ばれたの」

「相変わらず僕に甘い家族だなぁ」


 ビターロック家は家族総出で僕に尽くしてくれている。

 きっかけは猫姉妹と似たような感じ。

 昔、ひょんなことからエルマリアを助けたことで今のような関係になった。しかも猫姉妹と同様に僕の秘密を把握しているほど深い関係だ。


 エルマリアはミヤやシアに続く僕の忠実な配下だ。

 彼女の両親もまた、裏から様々な形で力を貸してくれている。

 好意と忠誠心。

 感謝と打算。

 エルマリアは昔から僕に懐いてくれているだけだけど、彼女の親は恩義の他にも“僕の庇護下に娘を置きたい”という思惑もあるのだろう。


 傍から見れば僕が一方的に尽くされているだけのようにしか見えないけどね。

 実際は意外と対等な関係なんだ。

 そう思っておかないと我が物顔でこんなお屋敷住めないから。

 

「エルマリアも――」


 口を開いた瞬間、僕の唇にエルマリアの人差し指が押し当てられた。


「月季、と呼んではくれないの?」


 どうやらコードネームで呼ばれることをご所望らしい。

 昔を思い出しながら話していたからつい名前で呼んでしまった。

 ここは身内しかいない場所だし、変装もしていない。

 本名を呼んだところで身バレを気にする必要もないのだけど……エルマリアが言いたいのはそういうことではないのだろう。


「じゃあ、改めて――月季も入学おめでとう」

「ええ」

「何か欲しいものはある? 入学祝いって発想がなくて何も用意してなかったんだ。僕が叶えられるお願いならなんでも言っていいよ」


 もちろん月季は「ん?」なんて言ったりはしない。

 代わりにぎゅっと抱きついてきた。


「わたくしと寝て」

「添い寝か。いつぶりかな」


 戸惑うことなかれ。

 月季の言葉に裏はないし、深い意味もない。

 月季(エルマリア)は僕に添い寝をして欲しいだけで下心とかはないし、僕もちゃんと履き違えることはない。


 つまり「わたくしと寝て」は「抱き枕になって」と同義ということだ。

 なぜそんなことを彼女は僕に頼むのか。

 強いて言うならアニマルセラピーといったところだろう。


 冗談みたいに聞こえるけど僕は結構本気だ。

 獣化した僕が隣にいると彼女は安眠できる。

 僕とエルマリアの出会いはそういうものだったし、自惚れているわけでもない。


 その証拠に月季は僕を屋敷に招待しておきながら寝巻き姿で登場した。ここで寝る気満々なのは言うまでもないし、裏付けとしても十分だろう。

 でも、


「準備万端で最初からそのつもりだったんでしょ? 入学祝いのお願いにならなくない?」

「あら? もっと高望みをしてもいいということ?」

「もちろん」


 僕も身内には甘いからね。

 慕ってくれる子たちぐらいは喜ばせたいのさ。


「なんならユニコーンに獣化して角を削ろうか? 秘薬があれば、色々と……用、途が――」

「旦那様」


 抱きついていた月季が僕の膝に跨ってきた。

 はしたないですよお嬢さん。


「わたくしと、寝ましょう」

「だから添い寝ぐらいならいつでもしてあげるよ」

「……」

「……」


 なんだろう、この沈黙。

 僕でも戸惑っちゃうよ?

 もしかして深読みしないと駄目なのか?

 

「えっと……今すぐ寝たいの?」

「今すぐじゃなくても構わない」

「そうだよね。再会したばかりで話し足りないしキキョウとリシアも戻ってくるから僕たちだけ寝てるわけにもいかないし」

「姉弟子となら一緒に寝ても問題ないわ」


 懐かしい呼び名だ。

 エルマリアを鍛えるためにミヤとシアに手ほどきを頼んだ過去がある。師匠はもちろん僕のことだ。


「とは言っても二人はこれからパンを用意して戻ってくるんだろ? すぐに寝たいとは思わないんじゃないかな?」

「どうかしら。旦那様が誘えば二人は必ず乗ってくるはずよ」

「……まぁパン屋の朝は早いだろうし夜更かしは大変だよね」

「えぇ、きっと……気持ちよく、ぐっすり寝れるわ」


 会話……成立してるよね?

 なんというか、ちぐはぐというか微妙に話が噛み合ってないというか。話は通じているはずなのに含みのある言い方をされているような気がする。

 そのせいで邪な妄想が脳裏をよぎるし、邪念が僕を襲ってくる。

 これは僕が悪いのか?

 いや、でも月季がすごい小悪魔みたいな笑顔を浮かべてる。確信犯だよこれ……!


「……僕の獣化は毛並みがいいからね」


 でも勘違いだったら目も当てられないので当たり障りのない返事をする。

 

「ふふふ、そうね。わたくしも旦那様に抱かれるならキツネさんがいいもの」


 なんかもうド直球すぎない?

 しかもストレートに見えて途中で変化してる。ストライクゾーンから外れてデッドボールになりそう。


「それを言うなら抱きしめたいの間違いだろ? みんな僕のことを枕代わりにしたがるんだから」


 見送る!

 というか避ける!


「若様の毛並みの好みですか?」

「はいはーい。あたしは狼が好きでーす!」


 キキョウとリシアが戻ってきた。

 どうやら会話の内容は聞こえていたようだ。

 反応がいつも通りでちょっと安心。リシアの調子も戻ったみたいだ。


「みんな好き勝手言っちゃって」


 月季を見ながらソファーをポンポンと叩く。

 意図を察した彼女は素直に膝の上から降りると、静かに僕の隣へ腰を下ろした。



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