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メイドは見られた

「私の血はお口に合いませんでしたか? お嬢様からはご主人様が【吸血鬼】であるとお聞きしていたのですが……」

「いや、味は問題ないけどね。正直、美味しいし」

「え、美味しいんですか……」

「そこで引くのは理不尽だろ」


 やっぱり揶揄われてる気がする。

 僕の反応を見て出方を伺っているような感覚がある。

 でも、不快感とかは特にない。彼女がこのやり取りそのものを楽しんでいるのが、なんとなくわかるからだ。

 学生だった頃、友人たちと馬鹿話をして盛り上がってた時の似た空気がある。


「失礼しました。つい本音が」

「それはガチっぽいな……」

「……」


 メイドさんが静かに微笑んだ。

 たぶん今の発言で僕が彼女の冗談を見抜いていると察したのだろう。

 まったく。随分と癖の強い娘をメイドにしたじゃないか。


「ところで搾りたてって話は本当なの?」

「はい。ご主人様の前で嘘は申しません」


 よく言うよ。


「じゃあ、さっき下がった時に採血したわけだ」

「……? はい、そうなります」


 なんでそんなことを聞くのだろう?

 って顔をしている。


「どこ?」

「……え?」

「注射器じゃなくて刃物で切ったでしょ。どこを切ったの?」

「どうしてそれを……」

「味でわかる」

「えぇ……」


 困惑は隠せなかったのか銀髪エルフメイドはスカートの裾を掴んだ。

 ちなみに味でわかったのは嘘ではない。

 彼女の血液からは金属の風味が微かに残っていた。おそらく血が刃物を伝った時についたのだろう。注射器ではこうはならない。

 だから確認する必要がある。


「切ったところを見せて」

「……ご命令ですか?」

「ん? そうだね。これは命令」


 なぜかちょっと渋られている気がする。

 けれど大事なことなので遠慮はしない。


「……こちらになります」

「は?」


 どういう訳かスカートをたくし上げ始めた。


「え? なに? 足を切ったの?」


 ロングスカートの裾がじりじりと持ち上がる。

 黒いブーツが現れ、その上には白く細い足。


「切ったのはさらに上です」

「さらに上!?」


 太ももとか?

 スカートで隠せるとはいえ、なんてところから採血してるんだ。

 でもこの調子だといずれ三角形の不可侵ゾーンに突入してしまう!

 やめさせるべきか?

 いや、でもあれを確認しない訳には――


 パッ。


 そんな効果音が聞こえた気がした。

 たくし上げていたスカートの裾をメイドさんが手放したのだ。


「え……?」

「血はここから採りました」


 何事もなかったかのようにメイドさんが腕まくりをして僕に左腕を差し出してくる。

 そこには切り傷を応急処置した痕が残っていた。


「……は? じゃあなんで最初にスカートをたくし上げたの?」

「ご主人様がお喜びになるかと」


 感情が見えない顔で心にもないことを言っている。

 こ〜れまた揶揄われてますよ、僕。


「僕の反応を見て楽しいかい?」

「はい。少なくとも女性に興味はおありだとわかりましたので。お嬢様にも朗報です」

「それはいわゆる告げ口というやつでは?」


 まったく。

 僕は心が広いから怒りはしないけど、お茶目もほどほどにしてほしいね。

 男心を弄ばれたと捉えるか、綺麗な御御足を拝めることができたと喜ぶか。

 その辺りは受け手次第だろけど。


「ま、いいや。腕、触るよ」

「……ぁ」


 一言断りを入れ、彼女の腕を取る。

 触れた瞬間、微かに震えていることに気付いた。

 これはおそらく……恐怖からくるものだ。

 もしかしたらさっきまでのやり取りは彼女なりの強がりだったのかもしれない。


 僕と彼女は初対面だけど、彼女はメイドとして【吸血鬼】の僕をもてなさないといけない。


 ――最初から血を提供すれば噛まれる心配はない。


 もしそんな不安を抱えていたのだとしたら、誰も彼女を責めることはできないだろう。

 そこへ僕から「切ったところを見せて」なんて言われれば、余計な想像をしてしまうのも無理はない。


「大丈夫だよ」

「……?」

「僕はこれでも紳士で名が通っているんだ」

「ご主人様は裏の世界の王となるお方です。名が通っていたら駄目なのでは?」

「それはそれ、これはこれ。というか勝手に王にしないで」

「……っ」

「あぁ、ごめん。痛かったかな? というか痛いってことは治ってないってことじゃないか。傷口(これ)はキミが自分で治そうとした?」


 患部に触れるとやっぱり痛そうだ。

 血を思いっきり出すためにナイフでさっくり、といったところかな。


「ご主人様が発案された魔力技術。その中でも魔力による純粋な治癒術は習得難易度が高過ぎて誰も完全には扱えません。これも練習の一環だと思っていただければ幸いです」

「一朝一夕で身につくものじゃないからね。ちょうどいい。実演するからよく見ておくんだ」


 僕は静かに人差し指と中指を患部に押し当て、魔力を流し込みながらゆっくりと指を滑らせた。

 肌に残っていた傷跡が綺麗さっぱり消えてなくなる。


「……これが、あの子を助けた――」


 何やら意味深なことを呟いているが、思わず口に出た独り言――って感じなので追求はしない。


「どう? もう痛くないでしょ?」

「ぁ……」


 パッと腕を解放して仕事終わりの一杯を呷る。

 くぅ〜、久しぶりに飲んだけどやっぱり吸血鬼状態で飲む血は格別だ。

 味わうつもりで飲むとやっぱり僕は【吸血鬼】なんだなって改めて実感する。

 しかもこんな美人な銀髪エルフの血を飲んでいるのかと思うと気分も高まってしまう。

 もちろん表情には出さないけどね。


「ありがとう、ございます」

「はい。どういたしまして」

「もしかして見せろと命令されたのは……」

「ん〜? 傷口を確認したかったからだねー。痕が残ったら大変だし、僕も気まずい。それにせっかく用意してくれたんだから後腐れなく飲みたいじゃない」


 ただ、僕が来館する度に使用人が傷だらけになるのは勘弁願いたい。

 釘はしっかり刺しておこうか。


「そういうもの……ですか」

「そういうものさ。でも次からは僕に血を提供する必要はないよ。果実水でも葡萄酒でも美味しい物なら何でも飲むからね」

「かしこまりました」

「また来た時に楽しみにしているよ。こうでも言っておかないと執事に案内された時に今度は男の血を飲む羽目になるからね。それだけは御免だ」


 メイドさんがふわりと柔らかい笑みを浮かべた。

 緊張が解けたみたいでよかった――と言いたいところだけど、ここまで彼女に遊ばれすぎている気がしなくもないのでそのお礼はしておくべきだろう。


「ただ……」

「? ご主人様――っ!」


 メイドさんに首元に顔を埋めるように鼻を近づけた。

 ふわり、と甘い花の香りが鼻腔をくすぐってくる。髪の匂いかな?

 ……ちょっと近づきすぎたかもしれないけど……ま、いいか。


「今日みたいにキミがどうしても血を飲んでほしいと言うのなら今度は直接飲ませてもらおうかな? 大丈夫、傷は残らないし痛いのは最初だけだから」

「お、お戯れを――」


 ふっふっふ、赤くなってる赤くなってる。

 長い耳も真っ赤っ赤だ。

 僕も不慣れなことをして内心かなり恥ずかしいけど、このぐらい攻め攻めで揶揄わないと割に合わないからね。よかったー顔がイケメンで、イケメン吸血鬼に獣化できてホントよかったー。これが俗にいう※ただしイケメンに限るってやつだろ? 前世の感情が「イケメンでもキツくね?」って囁いてくるけど頷いたら負け。

 ここは押し切るのみ……!


「美人で可愛い娘の血が一番美味しいんだ。キミの味が忘れられなくなったら……責任、とってくれるよね」

「そんな、つもりでは――」


 ドサッと背後から籠が落ちる音がした。

 どうやら僕だけじゃなくて彼女たちも招待されたらしい。

 玄関からじゃなくて()から移動してきたってことは、この屋敷には初めて来たわけではないのかもしれない。

 僕はそんなことを考えながら姉妹へと振り返った。


「久しぶりだね。キキョウ、リシア。元気に――」

「……」

「……」

「してた、かい?」


 爛々と輝く四つの金色に射抜かれた。

 瞳孔が大きく開いているのは部屋が薄暗いせいか、それとも別の要因があるのか。はっきりしていることは僕の挨拶に応えられないほど二人に余裕がないという事実のみ。


 なんだろう。

 主人の情事(勘違い)を思いがけず覗き見してしまって気まずい、とか?

 でもそれにしては目を見開き過ぎているし獲物を狙う狩人の目と説明されたほうがまだしっくりくる。

 とりあえず状況は芳しくないことだけはわかった。

 メイドの前で主人を無視する眷属というのはとても体裁が悪いし、僕としても普通に寂しい。


 さて、どうしたものか。

 主人を無視するなんて教育が足りなかったかな――なんて悪徳貴族みたいなセリフを吐いてもいいんだけど萎縮させたいわけじゃないし……困ったな。


「………………にゃー」


 どうフォローするか僕が頭を悩ませていると一匹の猫の鳴き声が聞こえてきた。まるで親猫を探す迷子の子猫のような、か細い声。

 いったいどこから……なんて確認をするまでもなく、この部屋にいる猫といえば目の前の猫獣人(ミヤとシア)しかいない。


 じゃあ子猫っぽいキキョウ(ミヤ)かなと視線を向けると、キキョウは「……!」ぶんぶんぶんぶんと桃色の長い髪を激しく振り否定する。そして心配そうに隣の双子の妹を見上げた。

 僕も釣られてリシア(シア)に視線を向け――言葉を失った。


「にゃ、にゃ、にゃー……主様、約束したのに、次はリシアを眷属に、するって約束したくれたのに……」


 ガチ泣きだ――っ!!

 リシアの頬には涙の跡が残り、今もぽろぽろと零れている。

 もうちょっと「浮気者ー!」とか「お邪魔しましたぁ!!」的な勘違いからくる捨て台詞が飛んでくるかと思っていた。

 完全に予想外だ。

 勘違いは勘違いでもリシアがそうくるとは思わなかった。なんならこんなに泣いている彼女を見るの、は初めて出会った時以来かもしれない。


 僕と同じように戸惑っているエルフメイドに「二人に飲み物を用意してあげて」と部屋から下がるように指示。

 逃げるように部屋を後にするメイドとは逆に、僕はにゃあにゃあと嗚咽を漏らすように泣くリシアの元へ急行。


「落ち着いてリシア。僕はちゃんと覚えているよ。キミが成長したら【吸血鬼】の眷属にしてあげるって約束を。キキョウと相談して、そう決めたじゃないか」


 僕は慰めモードに獣化しリシアをこれでもかっていうほど甘やかした。うちの猫姉妹ってルヴェルより4歳年上だから【吸血鬼】化した僕の肉体年齢と同じはず……なんだけど、そこは今回は目を瞑ろう。

 この世界で大人と呼ばれる歳であっても泣きたい時は誰にでもある。僕だって今泣きたい。


 リシアが子猫のように泣きたくなるほど僕の眷属になることを心待ちにしていたというのは十分に伝わった。

 だけど、正直オススメはしたくないんだよなぁ。


(困ったなぁ……提案しづらくなっちゃったかも)


 あの話(・・・)を切り出すタイミングが無くなっちゃったかもなーと思いつつ、どっちにしろ提案することは確定事項だったので、ある意味ではタイミングばっちしでもある。


(リシアが落ち着いたらキキョウも交えて話し合うか)


 そう心に決めながら、僕はしばらく猫妹を慰め続けたのだった。



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