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招待状とメイドさん

 本当に彼女からの招待が来た。

 しかも入学式初日という晴れ舞台を終えたその日の夜。学生寮にあるルヴェルの部屋に一通の招待状がドアの隙間から差し込まれていた。

 手紙の配達人はよほど優秀なのか、人の気配をほとんど察知できなかった。ルヴェルに勘付かれるかもしれないと思い、目を覚ます前に人格を切り替えていたのだが、その必要すらなかったと僕が唸るほどだ。


 知らず知らずのうちにまた有能な部下が増えているらしい。頼もしくもあり、少し怖くもある。

 なんてことを考えながら感傷に浸りつつ回想にふけってもいいんだけど、何はさておき目先の手紙(これ)を優先しますか。


「……へぇ、貴族街に拠点を置いたのか」


 手紙の内容を要約すると『僕のために人目を忍べる場所を用意したから自由に使って』というものだった。

 そして文面と共に彼女のモチーフでもある薔薇を思わせる赤い花が添えられていた。


「せっかくだし、お呼ばれされるとするか」


 即断即決ってことで僕は服を脱ぎ捨て全裸に。

 ……裸族じゃないよ?

 これから獣化するからね。ルヴェルの寝巻きを弾き飛ばすわけにはいかないからね。


「モード【吸血鬼】」


 吸血鬼に獣化して姿見を確認する。

 そこにはルヴェルの外見とは似ても似つかない黒髪の美丈夫が映っていた。

 獣化後の造形は僕が全て決めているからね。自画自賛は当たり前。ゲームで作った自作アバターを褒めるのと同じ感覚なので恥ずかしくない。


 最近は見た目年齢を18歳ぐらいに固定してずっとこの姿で夜遊びしている。

 精神年齢はおっさんだけど裏人格の僕が年齢を気にするのも馬鹿馬鹿しいからね。イケおじに変身はできるけどデフォにはしたくないよ。


「ま、こんなものかな」


 某蜘蛛男のように手から――僕の場合は十指の先から特殊な糸を吐き出し、服を仕立てる。

 一瞬で全裸から黒スーツへ変身し、裸族からの卒業を果たした。


「部分獣化もだいぶ板についてきたな」


 部分獣化。

 名付けた通り“一部分だけを獣化させる能力”だ。

 混合獣化の派生技であり、ベースとなる【吸血鬼】の身体の一部だけを変異させる。最初は頭だけを【狼】にしたり背中に【鴉】の翼を生やしたりして練習していた。


 そして応用を重ねた結果、蚕のシルクや羊のウール、山羊のカシミアなどの動物繊維を自由自在に生み出せるようになり、今では指先から糸を射出して自分の服を仕立てることさえ可能になった。


 しかも魔力を通せる特殊加工のおまけ付き。防御の観点でも優秀ときたもんだ。

 僕を慕ってくれるみんなにも好評で、彼女たちの制服は僕お手製の織物で縫われているぐらいだ。


「これでよし」


 スーツの胸ポケットに赤い花を差し準備完了。

 お洒落のためではない。手紙に目印として持参してほしいと書かれていたのだ。

 窓に手を掛け、夜の王都へと飛び出し、空を駆ける。

 目的地は王城をぐるっと囲む貴族層のエリア。

 王都というだけあって、夜更けになっても城の周辺には灯りが残っている。ルヴェルの故郷の田舎では考えられない光景だ。


「あそこの茂みに一旦着地するか」


 狙いを定め急降下。

 そして無音の着地。

 ここからは散歩しながら屋敷を目指そう。

 人とすれ違うと面倒だから気配は消して、見回りの騎士に職質されるのも嫌だから物陰に隠れながら適当にやり過ごす。


「着いた。早すぎたかもしれない」


 そんなこんなで目的地の屋敷前。

 一等地からは少し外れているが、富豪が休養用に所有する別邸といった趣がある。

 荘厳な玄関に圧倒されるものの、建物自体は周辺の豪邸よりやや小ぶり。

 他の貴族を刺激しないためだろうか?

 金持ち同士の隣人関係なんて見栄と見栄の張り合いになりそうだし。


「お待ちしておりました。ご主人様」


 メイドさんだ。

 大きい門にありがちな備え付けの小さい扉。そこからメイド服を身に纏った女性が出てきた。

 気配を消さずに待った甲斐がある。僕の存在にすぐに気付いてくれたようだ。


「こんばんは。キミは……初めて見る顔だね」

「お初にお目にかかります。こちらの屋敷の管理を任されております」

「そうなんだ。よろしく」


 名乗るつもりはないらしい。

 あくまでも使用人として影に徹するつもりなのか、それとも名乗れない事情があるのか。

 彼女はエルフだった。

 しかも月光を溶かしたような銀色の髪を持つ、美しいエルフだ。


「こちらへ」


 この世界のエルフは金髪が一般的で、銀色の髪というのはとても珍しい。

 というか僕は初めてみた。

 ルヴェルと同じようにいらぬ苦労を背負ってきたのかもしれない。

 森を離れ、貴族の屋敷でメイドとして働いている現状がそれを物語っている。

 詮索はしないでおこう。

 ……というかまた(・・)知らないうちに僕のことを主人と慕う人材が増えてる。

 その現実をあまり直視したくない。


「……? ご主人様? どうかされましたか?」


 視線に敏感なのか、エルフメイドが振り返る。

 その拍子に僕がずっと目で追っていた長いポニーテールが稲穂のように揺れた。


「あぁ、ごめんね。綺麗な髪だったからつい」

「……」


 じっ、と見つめられる。

 お世辞なんて聞き飽きているか、もしくは僕の言葉の真偽を確かめているのかもしれない。

 僕としては陳腐な褒め言葉しか出なかっただけなので非常に居たたまれない。


「……触ってみますか?」

「えっ?」


 どういう風の吹き回しなんだ、それは。


「恐れ多くて無理」

「……なぜでしょう?」


 いや、こっちこそ何故って聞きたいよ。


「初対面の女性の髪を触る方がおかしいでしょ」

「それは……ごもっともです」

「ね? それに手入れを欠かしていないのは見て取れるし、結び方もすごく丁寧だ」

「……」

「人一倍大事にしているのが伝わってくるよ」


 言っててなんかあれだな。どんだけ他人の髪凝視してんだよって感じ。

 メイドさんもちょっと引いてるかも。


「ご主人様……少しキモいですね」

「あ、やっぱり?」


 素直な罵倒をいただきました。

 新鮮な反応だったから同意しちゃったよ。


「見過ぎでは?」

「観察は癖のようなものさ。他に見るものもないし」


 すでに僕たちは屋敷の中。

 周囲から目立たないようにするためか屋敷内は必要最低限の照明のみ。

 中にある調度品の類を眺めるのは別の機会でいいだろう。


「屋敷内にある骨董品に興味は無いと?」

「ん〜……」


 正直、芸術はわからん。


「お嬢様がご主人様を想って揃えた品々です」

「あの娘が? じゃあ明るい時に改めて見せてもらおうかな」

「ぜひご覧になってください」


 メイドさんはそう言って僕をパーラーまで案内すると、「お飲み物をお持ちします」と告げて立ち去ってしまった。

 ちょい手持無沙汰。

 やっぱり早く来すぎたかな……とか思っている間にメイドさんが戻ってきた。

 はやーい。


「お待たせいたしました」

「ん、ありがとう。葡萄酒かな?」


 ワイングラスに注がれた鮮やかな赤の液体を受け取る。

 喉も乾いていたので、そのまま一口。

 この世界に『お酒は二十歳になってから』なんて法律はないので遠慮する必要も……ない、んだけど……も。

 これ、酒じゃない。


「メイドさん。つかぬことを聞くけど」

「何なりと」

「これ、なに?」

「……? 私の血です」

「……」


 なんで!?

 なんで平然と自分の血を飲ませてんのこの娘!?


「搾りたてをご用意させていただいたのですが……」

「ごふっ」


 ちょっと噴き出してしまった。勘弁してほしい。


「ご主人様! どうされましたか!? 口から血が……っ」

「いや、これ、キミの血だから」


 どこまで本気でどこまで冗談なんだろう……。



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