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パン屋の看板娘娘 下

「えっと……入ってもいいのかな?」

「失礼しました。こちらをどうぞ」

「ありがとう」


 ゼナヴィアがトレーとトングを受け取ると、そのままずいっとルヴェルへ身を寄せた。


「あの子たちと知り合いなの?」

「いや、そんなはずは……」

「でも二人ともルヴェルの顔を見て驚いてたよ?」


 当たりだけどハズレ。

 正確には僕が入店したと勘違いして驚いたのだろう。

 キキョウとリシア――いや、ここではミヤとシアと呼んだ方がいいのかな。

 二人にはもう少し泰然自若な心を養ってもらわないと。どういうきっかけでルヴェルたちに僕の存在がバレるかわからないからね。


 ……え? 僕も驚いていたじゃないかって?

 魔力霊体の僕が動揺したところで誰にも見えないから無問題。

 獣化した時も表情なんてわからないし、【吸血鬼】モードの時は……うん、その時はおとなしく仮面でも被るさ。


「まったく心当たりがない」

「そっかー。じゃあ知り合いに似てたのかもしれないね」


 ある意味正解だ。

 ゼナヴィアは勘がいいな。

 でも本当になんでこんなところにミヤとシアはいるんだろう。

 ルヴェルが騎士学園に入学するから王都に行くとは伝えていた。

 その時は、


『若様の忠実な部下としてお供します』

『あたし、意地でもついていきますから』


 と息巻いていたのだけど。


 ルヴェルがゼナヴィアの元で従者修行をしている間に何かあったのだろうか。

 自分たちでなんとかするとは言っていたけれど、まさかパン屋で働いているとは思わなかった。

 教えてくれればお忍びで通ったのに。


「「いらっしゃいませ〜!」」

「お、ミヤちゃんにシアちゃん! 今日も元気で可愛いね!」


 常連客が訪れたのか、姉妹にそんな言葉をかける客が現れた。

 ちょうどいい。

 聞き耳を立てるのもまどろっこしいから魔力霊体のまま近づいて堂々と盗み聞きをしよう。

 どうせルヴェルとゼナヴィアは放っておいても主従で乳繰り合っているだけなので、お邪魔虫な僕は退散だ。


「どうだいシアちゃん。うちの息子の嫁になるってのは」


 いきなり何を言い出すんだ、このおっさん。

 うちのシアをどこの馬の骨とも知れないやつに嫁がせるわけがないだろう。

 寝言は寝て言え――超手加減脛打ちキック!!


「いったぁ――っ! な、なんだぁ?」

「え、どうしたのおじさん?」

「いやあ、急に足に痛みが……オレももう歳かな。……ってことでオレが死ぬ前に孫の顔を拝みたいんだよう。息子の、嫁に、どうだ?」


 無理やり話を繋げてきた。めげないな〜……次は反対の足か――


「うちの大事な看板娘を口説くのはやめておくれ。お節介なら他所でやんな」


 店の奥から割烹着のような作業着を纏った初老の女性が現れた。

 老夫婦で切り盛りしているって話だったから、この人が店主のお婆さんか。

 

「そう言うなってばあさんよ。挨拶の代わりみたいなもんだって」

「それが迷惑だって言ってんのさ。それに、この子たちにはもう心に決めた相手がいるんだ。付け入る隙なんてどこにもないよ」

「なんだって!? それは本当かい?」


 ……えっ!? そうなの!?

 僕も初耳なんだけど。

 しかも店内にいる若い男性客たちまで一斉に反応した。

 どうやらミヤとシアの集客効果は本物らしい。


「あたし、めっちゃ一途な猫ちゃんなんで」


 シアが迷いなく頷いている。照れもせずけろっとした顔をしているので真偽がわかりずらい。

 魔除けがわりにそう言うようにお婆さんに頼んだという線もあるだろう。

 

「シアちゃん。パンが焼けたから店に並べてくれるかい」

「はーい。んにゃ、おばあちゃん。お仕事に戻るね。元気出して、おじさん」


 厨房から聞こえた男性の声――おそらくもう一人の店主のお爺さんのものだろう。

 シアは店の奥へと引っ込んでしまった。

 相変わらずマイペースだ。

 ショックを受けて放心気味の客に対して、他人事のように元気づけているところとか特に。


「――いや、ちょっと待ってくれ、ばあさん」

「あんたもしつこいね。客じゃないならとっとと帰――」

「今日は奮発してパンを二十個買わせてもらう」


 買いすぎだろ。


「――次のパンが焼けるまで暇になっちまったね。世間話でもしようか」


 呑むんかい。

 意外とがめついぞ、この婆さん。


「さっきこの子たちって言ったよな」

「言ったね」

「ミヤちゃんにも意中の相手がいるってことか!?」


 声が大きいぞ。

 そして店内の子どもたちよ。足を止めてどうした。

 

「いるよ。うちの孫を振ったときに理由を教えてくれたのさ。律儀な子だよ、ほんと」

「すでに玉砕した後かよ。にしても、あいつのせがれがねぇ。一丁前に色づきやがって」

「人の孫になんて言い草なんだい」

「孫の失恋を世間話にするばあさんに言われたくないわ」


 かっかっか。

 はっはっは。

 あんたら笑い合って楽しそうだね。

 おっさんの「あいつのせがれ」発言といいこの仲の良さ、昔から家族ぐるみの付き合いがあるのかもしれないな。

 それにしてもちょっと同情したくなるような話だ。

 出会うことはないだろうパン屋の孫よ。

 強く生きるんだぞ。


「ミヤは年下好きだと思ってたから、うちの孫でもいけると思ったんだけどねぇ。見事な散りざまだったよ」


 話し続けるお婆さんに、接客をしていたミヤが「ほどほどにしてくださいね、ステイラさん」と釘を刺すが、当のお婆さん改めステイラさんは手を振るだけで自重をする様子はない。

 僕も一緒に手を振るか。

 続きが気になるし。


「つーか婆さん」

「なんだい」

「孫を振った時、って言ったな」

「言ったね」


 あ、それ僕も気になった。


「孫が振られた時、じゃないんだな」

「目ざとい男だねぇ」


 ステイラお婆さんが楽しそうに笑ってる。


「もちろん孫は可愛いよ。でも、それとこれとは別さ。うちらはミヤとシアのことも大切に思ってるし、勝手に孫みたいなものだと思ってるからね。それにあの娘らは命の恩人でもある」


 命の恩人。

 どうやら二人がここで働くことになった理由は、その辺りにありそうだ。


「その話は店をオープンする前から何度も聞かされたよ。もうお腹いっぱいだ」

「これからパンを二十個買って食うやつが腑抜けたこと言ってんじゃないよ。前菜として聞いていきな」

「オレ一人で全部食うわけじゃないんだが」

「今でも昨日のことように思い出すねぇ」

「聞いちゃいねえや」


 回想が始まりそう。

 せっかくだし聞いてくか。


「キラキラした目でパンが好物なんだって教えてくれたあの子たちとの出会いは――」

「ステイラさん!!」

「おばあちゃん!!」


 ミヤとシアが血相を変えて飛んできた。

 さすが獣人。

 耳も良ければ足も速い。

 本気を出せばもっと速いのに常識の範囲内で動いているところも褒めたい。


「どうしたんだい? そんなに慌てて」

「いえ、その……」

「あはは……な、なんでもないよー」


 ただ、二人が慌てているのは何故なんだ?

 お婆さんも目を丸くして珍しがっている。


「自慢話をしたがるのなんていつものことじゃないか」

「それは、そう、なんですけど……問題はそこではなくて」

「ちょーと今は都合が悪いなーって」


 ミヤもシアも歯切れが悪いな。

 ……ふむ。話を整理してみよう。 

 ミヤとシアは命の恩人で、お婆さんはよく二人の自慢話をしている。それはいつもの光景であり、言動を見る限りミヤとシアはそこは嫌がっていない。

 つまり普段とは違うイレギュラーがここに存在してるということ。


 ……僕か?

 確かに王都のパン屋で働いていたことは初めて知ったし驚いたけど……自分たちで直接経緯を説明したかった、とか?

 ん〜わからん。

 ちらちらとルヴェルのいる方向を気にしているようだし、僕のことを意識しているのは間違いないと思うんだけど。


 でも残念。

 魔力霊体の僕はそこにはいないんだ。会話を近くで聞いてることがバレたくないから、いつもより希薄状態で浮遊してるんだ。

 見ての通りルヴェルの近くにはゼナヴィアしかいないのさ。

 ……それとも本当にルヴェルのことを気にしてる――ってそりゃないか。ルヴェルに聞かれたところでなんの問題もないし。


「可愛い従業員を困らせたくはないね。今日のところは自慢話もやめとこうか」


 お婆さんの言葉にミヤとシアがほっとしてる。

 いったい何を阻止したかったんだろうか。

 わかったことと言えばミヤとシアはパンが好物だって情報だけ。他はわからずじまいだ。

 ……ん?

 そういえば、それも初耳だな。


 保存食としても優れているから昔から三人でパンを分け合って食べたり、前世の記憶を隠しつつも「こういうパンが世界にはあるんだよ」なんて得意げに語ったこともあったっけ。

 あの時も好物がパンなんて話は一切あがらなかった。

 むしろ魚の方が好きだと思ってたから、遠出した時はお土産によく持って帰っていたのだけど。

 もしかして、安直だったのか。


「お会計お願いします」


 そんなことを考えているうちに、ゼナヴィアが商品を選び終えたのかレジまでやってきていた。

 担当はミヤ。

 トレーに積まれた様々なパンを袋に詰め、長すぎて入りきらない食パンを紙で包んでいく。

 ……って、はい?

 食パン?

 この世界に食パンなんてあったの?


「人気商品って聞いてたけど、まだ売っててよかったね、ルヴェル」

「そんなに美味しいのか?」

「中がふわふわで美味しいんだって。明日の朝食に二人で食べようね」


 君たちは新婚夫婦か。


「学生さん、ですよね? 食パンはいつも多めに作っているので放課後の時間帯であればいつでも提供できますよ」


 ミヤがまるで初めてルヴェルとゼナヴィアに出会った――みたいな演技をして接客をしている。

 直接会話をするのは初めてだからあながち嘘では無いけど。


「そうなんですか? じゃあ常連になっちゃうのも時間の問題かな」

「お待ちしてますね」


 当たり障りのないやり取りだ。

 さすがのミヤとシアも同じ轍を踏むことはしない。ルヴェルとゼナヴィアに対し従業員として自然な態度で接している。


「……あの」


 ゼナヴィアとしてはパートナーに意味深な反応をしていた姉妹に質問を投げたいのかもしれない。

 でもミヤはすでに従業員モードの営業スマイルで首を傾げている。

 プライベートな内容は答えない。

 そんな何人も寄せ付けない圧を感じる。


「おすすめの食べ方ってありますか?」


 圧に屈した――というより空気を読んだのかな。

 ゼナヴィアがそんなことを聞いていた。


「切り分けた後にお好みのジャムを塗るのがおすすめです。もしくは塗る前に表面をキツネ色になるまで焼くと美味しくなりますよ」

「パンをさらに焼くなんて初めて聞いたかも。ルヴェルはどっちがいい?」

「……焼く前と後で半分にするか」

「食べ比べするの?」

「駄目か?」

「あはっ、そんなことないよ」


 仲がよろしおすなぁ。

 明日の朝食が決まったようで何よりだよ。


「おや? ミヤちゃん、あれは勧めなくていいのかい?」


 厨房から顔を出した初老の男性が顔を出した。

 店主のお爺さんの方かな。

 穏和で人が良さそうな顔をしている。

 ふむ、この二人にならうちの姉妹のことを任せても良さそうだ。


「パンを食べるときはいつも付け合わせで――」

「カルネルさん!!」

「おじいちゃん!!」


 デジャヴだ。

 そんなに聞かれたくないのだろうか。

 まぁ、何にせよ楽しそうに働いているなら一安心だ。

 いつだったか僕が知っているパンの知識が欲しいと尋ねてきたことがあった。

 ここで働くために勉強していたのかもしれないな。

 今度会ったら美味しい食べ方も教えてあげよう。

 たぶん近いうちに、あの子(・・・)が場所を用意してくれるだろうからね。

 その時は二人が作ったパンを持ってきてくれると嬉しいな。


「……まかない的な食べ方があるのかな?」

「獣人向けだから勧めにくいだけなんじゃないか?」

「いつか聞き出せるといいね。学園生活の楽しみが増えちゃった」


 この様子だと僕がこっそり食べれる分は残ってなさそうだからね。



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