パン屋の看板娘娘 上
あっという間に入学初日の放課後になった。
あれからルヴェルは大変だった。
教室へ戻るなり好意的な同級生たちから質問攻め。
本当にスキルがないのか。
どうして素手で戦ったのか。
身体能力の秘訣はなんなのか。
いくら稼いだのか。
……最後はなんか毛色が違ったけど、実際に聞かれていたんだからしょうがない。
ゼナヴィアは「秘密♪」と濁していたけど、だいぶ儲かったようだ。
羨ましいっ。
他の質問に関しては意外にもルヴェルが律儀に答えていた。
おそらくゼナヴィアの従者騎士としての意識が働いたのだろう。
まずは――本当にスキルがないのか。
「スキルはない。教会で調べてもらったがスキルスクロールは白紙だった。数年後にもう一度試したが結果は同じだ」
その答えを近くで聞いていた学園生は気まずそうな顔をしたり、悲しそうな顔をしたりしていた。
一方で、少し離れた場所から聞き耳を立てていた連中の中には露骨に見下した表情を浮かべる者もいた。
スキルがないことへの同情と憐憫。
そして差別だ。
ただ、驚いたことに僕の予想より差別的な生徒はずっと少なかった。
正直なところ、ルヴェルにとって居心地の悪い学園生活になるだろうと心配をしていたんだけど、模擬戦で実力を示せたことが大きかったのかもしれない。
あるいはスキルそのものに格差があるからだろうか。
案外、ルヴェルを馬鹿にしている連中ほど自分のスキルにコンプレックスを抱えていて、明確に自分より下だと思える『能無し』を見下すことで心の安寧を保とうとしているのかも。
迷惑な話だ。
まあ、それでもまともそうな同級生たちとは仲良くなれそうなので僕はちょっと安心してる。
続いて、どうして素手で戦ったのかという質問。
「鬼神流の『葉斬り』で手首を切り落としていたら失格になったかもしれない。確実に勝つために拳を選んだ」
これには僕も周囲のクラスメイトと一緒に「なるほど」と頷いてしまった。
魔力で超回復したり秘蔵の薬で全快したり――なんて、そんな芸当ができる人間を、僕は自分以外知らない。
学園の医療体制もわからない状況で、失血死しかねない怪我を負わせるわけにはいかないという判断はもっともだ。
一応、この世界には薬草などで調合したポーションや魔術学院印の回復薬が世に出回っている。
回復薬に関しては回復系魔法スキルを持った魔法使いが聖水を生成して瓶詰にしているとか。
ちなみに回復系魔法スキルは食いっぱぐれない最強のスキルとも言われている。
羨ましいね。
……なんて世の不公平を嘆く話は置いておくとして、試合中のルヴェルは学園側が成金薬を常備しているか知らなかった。
だから軽傷で済ませる方を選んだ。
結果として正しい判断だったというわけだ。
クラスメイトの話によると、学園は魔術学院から魔法使いを派遣してもらっており、回復薬を大量に保管しているらしい。
治癒力は折り紙付きで多少の怪我であれば一瞬で治るそうだ。
手首が切断されたとしてもちゃんとくっつくってさ。
ただし今回のような私闘だと治療費は当事者負担になるらしい。
ルヴェルの判断は間違ってなかったってことだ。
そして最後。
身体能力の秘訣について。
「わからない」
と一言。
それはそう。
誰も僕が憑いているなんて思わないし、ルヴェルが寝ている間に別人格が勝手に身体を鍛えているなんて想像もしないだろう。
さすがのクラスメイトも懐疑的な視線をしてたし、ルヴェルも居心地が悪かったのか「人一倍鍛えているつもりだ」と補足していた。
クラスメイトの一人がフォローしてくれたけどちょっと気まずかったね。
「着いた。ここが最近オープンしたばかりのパン屋さん『窯兎の足跡』だよ。種類が豊富で他の店では見たことのないパンも売ってるんだって」
王都の街道沿い。
ゼナヴィアがルヴェルの手を引きながら、楽しそうに目の前の店を紹介している。
傍から見れば完全にデートだった。
西洋風の洒落た街並み。
手を繋ぐ美男美女。
この瞬間を写真に収めたら、海外旅行のパンフレットの表紙くらいは余裕で飾れそうだ。
もしかしたら変なポーズをとる背後霊まで写り込むかもしれないけど、それはご愛嬌ということで許してほしい。
「ここが前から言っていたゼナヴィアが来たかった店か」
「覚えててくれたんだ」
「耳にタコができるくらい聞かされたからな。剣ダコは軽く超えた」
「えー? 大袈裟だよー」
ゼナヴィアがにぎにぎとルヴェルの手を揉み始めた。
おそらく本当にマメの数でも確認しているのだろう。
今回はルヴェルのミスだ。
剣ダコなんてワードをチョイスして隙を見せるからこうなる。
甘んじてモミモミされるといいさ。
「……結構、混んでいるんだな」
ゼナヴィアの手からルヴェルの手がするりと抜け出した。
逃げたね?
照れているのがわかるよ?
「ふふっ、元々はヴァダルの隣町でお店をやっていて、うちも常連だったんだ」
ちょっと名残惜しそうだったけどゼナヴィアはすぐにいつもの笑みを浮かべた。
「人気店だったんだけど、老夫婦だけで切り盛りしてたから建物の老朽化も進んでたの。それで王都に住んでいる息子さんが土地を借りて新しく店を建てたんだって」
王都に移転してこれだけ繁盛しているのだから大したものだ。
行列もできてるし、外から覗くだけでも店内の広さがわかる。
食事を取れるスペースまで備わっていた。
とても老夫婦二人だけで運営する店には見えない。
「家族総出で働いているのか?」
僕と同じ疑問を抱いたのか、ルヴェルがそんなことを聞いていた。
パン屋にしては大きすぎるからね。日本で例えたらチェーン店のカフェに近い内装をしているし。
「息子さん夫婦は別の仕事をしてるらしいよ? なんでも王都で店を開いてからは獣人美少女姉妹が働いてるって評判になってるんだって」
「獣人……」
「美人姉妹目当てで通ってる人もいるとかいないとか。気になる?」
「ああ、そうだな」
「えー? 意外な回答――!」
「学園にも獣人のクラスメイトがいた。早く一戦交えて彼らの剣技を――」
「もう、話を聞いているようで聞いてないんだから」
しょうがないな〜と呆れ気味だが、ゼナヴィアはどこか嬉しそうだった。
ルヴェルが獣人美少女姉妹そのものに興味を示さなかったことに安堵しているようにも見える。
剣のことしか頭にないのも考えものだと思うんだけど、それは別にいいのだろうか?
「あ、そろそろ入れるよ」
そんなこんなで順番が回ってきた。
さて、どんなパンが売ってるのかな。
ゼナヴィアがベタ褒めするから僕も気になってはいたんだ。
この世界のパンは現代日本ほど種類が豊富ではない。
栄養価が高く保存に優れたライ麦パンのようなものが主食になっている。
もし僕のお眼鏡にかなうパンがあるのなら食べてみたい。
美味しそうならお忍びで買いに来てもいいな。
その時はうちの姉妹にも差し入れしてあげよう。
「「いらっしゃいませ!」」
噂の獣人美少女姉妹が笑顔で迎えて――
って、ん!?
「にゃっ!?」
「あるじさ――」
小柄な猫獣人が自分より背の高い猫獣人の口を慌てて塞いだ。
……なるほどね。
僕が保証するよ。
確かに彼女たちは獣人美少女姉妹だ。
姉は小さい頃からずっと愛らしいままだし、妹は身体も成長して大人らしくもなった。
二人とも目に入れても痛くないくらい可愛いし、ふりふりのスカートにエプロン姿がとてもよく似合っている。
看板娘として評判になるのも頷ける。
だけど――どうしてこんなところにいるんだい?
キキョウ。
そして、リシア。




