騎士学園デビュー
「そこまで!」
そしてこれは試合終了の合図。
わずかに遅れて甲高い金属音が響く。チンピラ貴族が握っていた剣が地面へ転がった音だ。
「は?」
「え?」
周囲の困惑した声が遅れてやってくる。
まるで雷鳴のようだ。
それほどまでに一瞬の出来事だったのだ。何が起きたのかわからない。そんな戸惑いが野次馬たちの輪の中を波紋のように広がっていく。
「鬼神流・戦技『落果』」
周囲の疑問に答えるかのようにルヴェルが技名を口にする。
『落果』は相手の武器を落とすための技だ。
敵の武器の握り方や癖を見極め、どこに一撃を加えれば武器を弾き飛ばせるのかを判断する。
相手を無力化させるための技であり、こういった模擬戦や無闇に相手を斬れない状況で真価を発揮する。
「くっ……ありえない……!」
弾いた後は首元に刃を突きつけて終わり。
チンピラ貴族は悔しさに顔を歪めながらルヴェルのことを睨みつけていた。
「一瞬で間合いを詰めて『落果』を決めたのか!?」
「速すぎて何も見えなかったぞ……」
「『能無し』って話は嘘だったのか? スキルもなしにどうやって」
「……すごい」
「ルヴェルー! かっこいいよ〜!」
野次馬たちの解説――もとい感想が漏れる中、一人だけいつも通りの子がいたね。
誰なのか確認するまでもないのでスルーしておこう。
とりあえず僕たちの強さを知らしめることはできたかな?
この一戦が功を奏するかどうかは現時点ではなんとも言えない。
それでも、ルヴェルたちの学園生活にプラスに働いてくれると僕としても嬉しいし助かる。
邪魔なやつは僕が闇討ち……なんてことは極力したくないからね。
まあ、この様子だと彼女はルヴェルの学園生活を手助けしてくれるようだし、そこまで心配はいらないかな。
「まだだ!!」
なんて安心していたら目の前の問題がまだ終わってないぞと叫んできた。
嘘でしょ?
「俺はまだ負けてはいない!」
いやいや、その主張は無理があるって。
エルマリアは試合を止めたし、観衆だって決着はついたと思っている。
勝敗は火を見るよりも明らかだ。
潔く負けを認めなって。
「『手刃』!」
主人?
いや違うな。イントネーションが違う。
なんてどうでもいいこと考えていたら、ルヴェルの剣がチンピラ貴族の手によって弾き返された。
よく見ると彼の指の内側が包丁の刃のように鋭利な形状へと変化していた。
あれに掴まれたら人間の皮膚なんて簡単に切り裂かれてしまうだろう。
あれがチンピラ貴族のスキルか。
「俺はまだブラフの剣を弾かれただけだ! 本命はこっちだ!」
いや、そもそもこの試合はルヴェルの実技評価が気に食わないから難癖をつけてきたんだろ?
剣術勝負で白黒つけないと意味がない。
スキルにしたって使用は許可されているけど本当に使ったらなんのための試合なのかわからなくなる。
――って、正論をぶつけたところで止まらないんだろうなぁ。
「いいわ。あなたの悪あがきを認めましょう。両者、試合を続行しなさい」
エルマリアが試合の継続を許可した。
正論で諭しても説得は不可能だと彼女も判断したのだろう。
僕もその判断を支持するよ。
どうせここで試合を終えても消化不良で相手は納得しなかっただろうし、やるなら徹底的にだ。
「悪あが――覚えていろよ、ビターロック」
往生際が悪いのは事実なので言い返せないらしい。
もっとも、エルマリア本人はそんな恨み言なんて気にも留めていないようだけど。
「おい『能無し』! 何をしている! お前も剣を構えろ! 仕切り直しだ!!」
「……はあ」
ルヴェルは諦めたようにため息を吐くと、剣を鞘に収めてしまう。
「!? 逃げるつもりか! まだ勝負はついていないぞ!」
違う。
ルヴェルは逃げるために武器を仕舞ったわけじゃない。
相手と同じ土俵に立つためだ。
「っ! キサマぁ! それはなんの真似だ……!!」
怒気を孕んだ声に鬼の形相。
あれが鬼化のスキルだよ、と説明されたら納得してしまうぐらいのキレ具合。
ただ、怒る理由はわかる。
「なにってこれで戦うんだろ?」
ルヴェルが拳を構え、重心を落とす。
奇しくも同じ構え――というわけじゃないけど、格闘技で勝敗を決めようとしているのは明らかだった。
「どこまでも俺をコケにして……!」
言いたいこともわかる。
あっちはスキルを使って戦うのにこっちは丸腰も同然の徒手空拳で挑もうとしているんだ。
バカにされたと思うのも無理はない。
「いいだろう! 貴様のその生意気なツラをズタズタに切り刻んでやる!」
手刃の刃がルヴェルの顔に迫る。
本当に、言葉通り顔を狙ってきた。
僕はもう呆れを通り越して少し怖くなってしまった。
もちろん「きゃー! ルヴェルのかっこいいお顔がー!」みたいな恐怖ではない。
馬鹿正直に申告したところを攻撃してくるなんて、「どうぞカウンターを決めてください」と言っているようなものだからだ。
チンピラ貴族……おそろしい子……!
「終わりだ」
当然ながらルヴェルがそんな隙を見逃すはずもない。
易々と手刀をかわし、魔力の乗った拳が男の腹に吸い込まれる。
「ぐぼぁ――」
身体がくの字に曲がり白目をむいている。
ありゃダメだ。
一発KOでもう戦えないだろ。
「勝者、ルヴェル・バルディーク」
エルマリアの凜とした声が静寂を破る。
地面へ転がった男は起き上がることなく、ルヴェルは厳正な審判を務めたエルマリアへ静かに頭を下げた。
その瞬間、わっと歓声と悲鳴が同時に沸き上がった。
「マジかよ、本当に勝ちやがった」
「俺の小遣いが……」
「やっぱり速すぎて全然見えないんだけど。スキルがないなんて嘘なんじゃないか?」
「わたし今月ピンチなのに〜!」
「いいぞー! スカッとしたぞ!」
なんで悲鳴が上がるのか謎だったけど、賭けに負けたのね。
残念でした。
節穴な目を学園生活で鍛えられるといいね。
「……目立ちすぎてるな」
悪目立ちでないことを信じたいところだ。
わざと負けたところでなんの意味もないし勝つ以外の選択肢はなかった。
だから、この勝利自体は間違っていない。
とんだ学園デビューになってしまったけど、これが吉と出るか凶と出るか――
「ルヴェル〜! 大勝ちしたから放課後はこれで戦勝祝いだよ〜!」
僕たちの不安をよそに、能天気な声が近づいてくる。
これにはルヴェルも笑うしかない。
彼女と一緒ならどうとでもなる。
そうな気にさせる力が、その声にはあった。
(ある意味、僕たちよりもずっと強いのかも)
ゼナヴィアが合流し、硬貨がぎっしりと詰まった袋をじゃらじゃらと鳴らす。
満面の笑みを浮かべるゼナヴィア。
呆れながらもどこか嬉しそうなルヴェル。
後方保護者面の僕。
そして、そんな僕たちを遠巻きから眺め、静かな笑みで湛える一人の少女。
こうしてレナス聖騎士学園での新生活が幕を開けたのだった。




