ハーフエルフの同級生
落ち着いた物腰で、どこか艶のある声。
ルヴェルたちが振り返るとすぐに声の主を見つけることができた。なぜなら人垣となっていた他の生徒たちが彼女に道をあけ渡すように割れていたからだ。
「エル、フ?」
ルヴェルが呟く。
そう、エルフだ。
人族より耳が長く長命で色白。
僕たちの視線の先にはそんなエルフな女生徒が佇んでいた。
制服からしてルヴェルたちの同級生なのだろう。
だが、
「違うわ。勉強不足なのね、貴方」
彼女は否定しながらルヴェルに歩み寄ると、プラチナパープルの髪をかき分けその長めの耳を強調するように見せつけてきた。
「わたくしはハーフエルフよ。よくご覧なさい。人族のあなたたちより長くてエルフより短いの。間違えないでくれるかしら?」
「わかった。悪かった。だからもう離れてくれ」
距離の近い彼女にたじたじって感じか。
ちなみにハーフエルフはその名の通り人族とエルフのハーフだ。耳の長さと比例するように寿命が人より長くエルフよりは短い。
なんで知ってるかって?
前に聞いたことがあるからさ。
「エルマリア・ビターロック。何をしにきた」
チンピラ貴族が噛み付く。
「ご挨拶ね。騒がしいからわたくしが直々に治めに来ただけよ。貴族としてね」
「俺も貴族なんだが?」
「あら? そうだったの? 見にくくてわからなかったわ」
白々しいというかめっちゃ煽ってる!
そのくせ制服の胸元に引っ掛けた眼鏡をかける様子はない。
貴族同士ってのはわかったけど仲は良くないみたいだね。
チンピラ貴族たちは喚きこそしないものの、顔を歪ませて怒りを露わにしている。
でもエルマリアは興味がないのか彼らを無視して僕たちに向き直った。
「ルヴェル」
「どうして俺の名を――」
「貴方、あれと決闘しなさい」
「……もとよりそのつもりだ」
ルヴェルから見たエルマリアはしゃしゃり出てきた部外者でしかなく、指図される筋合いはないのだろう。
ちょっと不満そうだ。
エルマリアはそんな感情の機微を見逃さない。
「わたくしがビターロック家の名において審判を務めましょう。公平に期すことを我が主に誓うわ」
ほう、そういうことか。
ルヴェルの相手は腐っても貴族。下手に戦えば試合後にいちゃもんをつけられる可能性だってある。むしろ絶対面倒なことになるだろう。
そこで同じ貴族という立場であるエルマリアの登場だ。貴族社会の上下関係なんて詳しくは知らないけどほぼ確実にビターロック家が格上なのだろう。
彼女の提案に異議を唱えるものは誰もいない。
試合後にもこの状況が期待できるというわけだ。
「……任せた」
ルヴェルも思い至ったのか彼女の提案に乗るようだ。
「ゼナヴィアも彼の主としてそれでいいかしら?」
「わ、あたしの名前まで」
「貴女たちは目立つのよ。良くも悪くも、ね」
「なんでだろう?」
ゼナヴィアが隣のルヴェルを見上げて首を傾げていた。
なぜだろうね。
ゼナヴィアという領主の娘とスキル無しの平民男という組み合わせが物珍しいからかもしれない。肩書だけ見れば不釣り合いだし、末っ子とはいえ領主の娘が連れて歩くような従者騎士ではないのかも。
「どうせろくでもない理由に決まってる。それよりも……俺の相手は誰だ」
「この俺が直々に相手をしてやるよ」
チンピラ貴族に向き直ると三人組の中央にいた男が一歩前に出た。ルヴェルとずっと言い争っていた男だ。
雰囲気から察するにたぶん他の取り巻き二人より立場が上。爵位とかよくわからんが本人あるいは親が階級的に上なのかも。
今も「さすがです」「あんな不正入学庶民敵じゃないっス」と持ち上げられている。
「ん〜? あたしの従者騎士を舐めてるの? なんならこっちはさむむっ!?」
そうだね~季節の変わり目なのかまだ肌寒いよねーさむむ〜……って冗談は置いといて、ゼナヴィアがエルマリアによって口を塞がれたためもごもごしている。
ドヤったり目を丸くしたりと表情が忙しい彼女だが今は不思議そうにエルマリアを見つめていた。
「この娘はわたくしがちゃんと見張っておいてあげるから、貴方は自分の試合に集中しなさい」
「……よろしく頼む」
「ふも!?」
なんで!?
みたいに驚いてますけどお嬢さん。
あなた、さっき『なんならこっちは3人が相手でもいい』とか言うつもりだったんでしょ?
それにいち早く気づいたエルマリアが阻止して、意図を理解したルヴェルが同意しただけだよ。
じゃなかったら従者騎士としてエルマリアの行動は防がないとダメだったし、立場上ね。
……ま、正直なところエルマリアの動きを今のルヴェルが目で追えていたかどうかは怪しいところだ。
防がなかった――ではなく防げなかったから反応が遅れたのかもしれない。
平常心を心掛けているようだけどルヴェルの動揺が伝わってくる。もしかしたら自分の身体能力で捉えられない相手が学園の、しかも同級生にいるとは思わなかったのかもしれないな。
はっはっは、驕りは駄目だよ〜ルヴェルくん。
「さっさと用意しろ『能無し』。ギャラリーも増えてきた。ここでお前に地面を舐めさせ身の程知らずだと叩き込んでやる」
こっちはこっちで驕り高ぶっているね〜。
チンピラ貴族に関しては相手が二人だろうが三人だろうがルヴェルには関係ない。あの程度なら五人に増えたところで負けることはないだろう。
じゃあ三人倒しちゃえよと思わなくもない。
僕が表に出てたらなんとなくとりあえずで倒していたかもしれない。
でもそれは多分ダメなのだろう。
仮にもスキルがない『能無し』と馬鹿にされているルヴェルが喧嘩をふっかけられた側といえど、貴族の同級生を一対三で圧勝――なんてことになったら、不正を疑われるかもしれないし余計に目立つに決まっている。
今も周囲では「おい、どっちにかける?」「クズノー家のぼんぼんに100」「俺も貴族様に50」「私は80」「おいおいこれじゃ賭けになんねーぞ」と話が広がっている。
なんだかんだ実力はあるのか、これで一対三で叩きのめしてしまった日には無駄に注目を集めること間違いなしだ。
裏人格の僕としてもあまりルヴェルが注目されるような状況は好ましくない。
叶わない願いだと諦めてはいるけど悪目立ちだけはなんとか避けたいところだ。
「あたしは200でお願い」
「「「おお〜!」」」
ゼナヴィアさん!?
いつの間に野次に混じってたの?
しかも賭けに参加するんかい! いいけどさ! 僕もルヴェルに賭けたいよ!
「信頼されているのね」
「綺麗な言葉で片付けてくれて感謝する」
エルマリアに揶揄われ、ルヴェルが頭を抱える。
野次馬たちはゼナヴィアの参戦によって賭けが成立したことで大きな賑わいを見せていた。傍観していた他の学園生たちも賭けに参加するようだ。口々に数字と共に硬貨を懐から出している。
新入生だけでなく在校生も混じっているので規模が大きい。
手慣れているのか元締めみたいな生徒までいる。
様子を見る限りチンピラ貴族が圧倒的に人気なようだけど、みんな見る目がない。
僕があの場にいたらルヴェルに全財産ベットしてもいいぐらい簡単な賭けなのに……残念だ。
「試合は一本勝負。相手を戦闘不能にするか降参を宣言させる、もしくはわたしくが戦闘の続行は不可能だと判断したら試合終了よ。それで問題はないわね?」
「ああ」
「ここでやるのか?」
チンピラ貴族が頷き、ルヴェルが疑問を口にする。
騎士学園なのだから決闘場のような場所はあるだろうしギャラリーも多い。
自由に戦うなら場所を移したほうがいいと思うのは当然だ。
「些細な揉め事でいちいち場所を申請していたら日が暮れてしまうわ。試合の結果次第ではこれが貴方の日常になるってわかっているのかしら?」
「……」
エルマリアの説明に納得できたのか静かにルヴェルが頷く。それを見届けた彼女は一瞬だけ目を細め周囲に指示を出す。
カリスマがなせる業か、あっという間にテニスコート2つぶん程のスペースが確保されルヴェルとチンピラ貴族を野次馬が取り囲む。
「安心していいぞ。お前はどうせ俺にボロ負けして戦う価値すらない『能無し』だと再確認されるだけだ。道端の石ころなんて誰も気に留めない」
「石ころに話しかける趣味があるなんて変わってるな」
売り言葉に買い言葉って感じだけどルヴェルに軍配が上がったかな。
矛盾点を指摘されて顔が真っ赤になってる。
今にも人を殺しそうだ。
「故意に致命傷を与えたり相手を死亡させるのは言うまでもなく禁止よ。もちろんそうなる前にわたくしが止めに入るつもりだけどその時点で反則負け、学園にも処罰を求めるように働きかけるわ」
エルマリアが釘を刺すようにルールの説明を追加する。
目撃者となる観衆がこんなにもいる中でそこまで馬鹿なことをするのだろうか?
念の為に、ならわかるけどほとんど名指しのようなものだ。彼女、こっち見て言ってないし。
「……言われなくてもわかっている」
本当に大丈夫なのだろうかこのチンピラ貴族は。
ちなみにルヴェルのことは心配していない。
目の前の男に遅れを取るとは微塵も思ってないし、手加減もできる。
己の力に振り回されて勢い余って……なんて展開にはならない。
「ルヴェルー! 頑張ってー!」
ゼナヴィアの声援が飛ぶ。
必死さはこれっぽっちもない。なんというか部活動の試合の応援にきた家族――みたいな明るさだ。手まで振ってるし。
溌剌でいいとは思うけどね。
「武器はなんでもあり、スキルの使用もあり。両者、騎士として己の剣を構えなさい」
エルマリアの言葉に従いルヴェルが帯刀していた剣を、チンピラ貴族がレイピアのような長細い剣を構えた。
ちなみにルヴェルが握っている剣は彼の母であるセレナからの誕生日プレゼントだ。
あの頃は抱えて持つのもやっとだったのにこんなに大きくなって……ほろり。
「始め!」
なんて僕がふざけ――感傷に浸っている間にエルマリアが腕を振り下ろした。
試合開始の合図だ。




