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【JR西じゆうに大賞応募】凪の亡霊 ー 凪の向こうに眠る海鬼の記憶  作者: 鷹司 怜


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【凪の亡霊 特別編】  『三十年の沈黙(二)』 恒一視点長編 木箱を運んだ夜


事故から五年が過ぎていた。


恒一は二十歳になっていた。


漁師として働き始めていた頃だった。


ある夜。


父に呼ばれた。


「手伝え」


短い言葉だった。


港近くの集会所。


そこには数人の大人たちがいた。


皆。


事故を知る人間だった。


誰も笑っていない。


誰も目を合わせない。


部屋の中央には大きな木箱が置かれていた。


恒一は見覚えがあった。


事故資料。


写真。


調査報告書。


証言記録。


全てが入っている。


事故の真実そのものだった。


父が言う。


「神社へ運ぶ」


恒一は理解した。


隠すのだ。


永久に。


誰にも見つからない場所へ。


怒りが込み上げた。


「何でじゃ」


思わず声が出た。


部屋の空気が固まる。


父は答えない。


代わりに年配の男が言った。


「島を守るためじゃ」


恒一は拳を握る。


その言葉を聞きたくなかった。


守る。


便利な言葉だった。


何でも正当化できる。


亡くなった人たちも。


待ち続けた家族も。


その言葉一つで押し込められてしまう。


納得できなかった。


だが。


二十歳の若者一人で変えられることはなかった。


夜。


木箱を荷台へ載せる。


重かった。


中身の重さではない。


罪悪感の重さだった。


神社までの道は暗かった。


月明かりだけ。


誰も話さない。


荷車の音だけが響く。


ギィ。


ギィ。


ギィ。


まるで。


木箱そのものが泣いているようだった。


神社の倉庫へ着く。


古い建物だった。


湿気の匂い。


木の匂い。


長く忘れられた物たちの匂い。


そこへ木箱を置く。


父が手を合わせた。


他の大人たちも続く。


恒一だけができなかった。


祈る資格がない気がした。


真実を閉じ込める側に立っている。


そんな自分が嫌だった。


帰り道。


父が初めて口を開いた。


「恒一」


「何じゃ」


「お前は怒っとるな」


恒一は答えなかった。


父は続ける。


「それでええ」


予想外の言葉だった。


「え?」


父は海を見た。


暗い海だった。


「忘れるな」


その声は弱かった。


老人の声だった。


「わしらみたいになるな」


恒一は足を止めた。


父は振り返らない。


その背中は小さかった。


事故以来。


ずっと苦しんでいたのだろう。


誰にも言えず。


誰にも許されず。


三十年近く。


その夜。


恒一は眠れなかった。


海が見える窓を開ける。


凪だった。


静かな海。


事故があったとは思えないほど。


穏やかな海。


だが。


その静けさが怖かった。


忘れてはいけないことほど。


静かに沈んでいく。


人の記憶も。


後悔も。


真実も。


海の底へ。


その時。


恒一は心に決めた。


いつか。


誰かが真実を探しに来たら。


その時は逃げない。


全部話そう。


知っていることを。


隠したことを。


後悔したことを。


全部。


だが。


その「いつか」は。


思ったよりずっと遠かった。


十年。


二十年。


三十年。


そして。


春香が木箱を見つける日まで。


恒一は沈黙を続けることになる。


つづく



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