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【JR西じゆうに大賞応募】凪の亡霊 ー 凪の向こうに眠る海鬼の記憶  作者: 鷹司 怜


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【凪の亡霊 特別編】  『三十年の沈黙(一)』 恒一視点長編 あの日から


人は忘れる。


そう思っていた。


時間が経てば。


傷は薄れる。


悲しみも消える。


後悔も遠くなる。


若い頃はそう信じていた。


だが違った。


三十年経っても。


忘れられない日はある。


恒一にとって。


それは昭和三十三年七月の海だった。


十五歳だった。


まだ子どもだった。


第七せと丸が沈んだ日。


恒一は港にいた。


学校帰りだった。


空が急に暗くなったのを覚えている。


風が強くなった。


海が荒れ始めた。


嫌な予感がした。


そして。


サイレンが鳴った。


島中が騒ぎになった。


船が帰ってこない。


遭難したらしい。


そんな声が飛び交う。


恒一も港へ走った。


大人たちも集まっていた。


泣いている人。


祈っている人。


海を見続ける人。


あの日の港は地獄だった。


やがて救助船が戻る。


助かった人。


助からなかった人。


そして。


帰れなかった人。


全てが入り混じっていた。


恒一は今でも覚えている。


村上清一の母親を。


岸壁で泣き崩れていた。


名前を呼び続けていた。


声が枯れるまで。


何時間も。


何日も。


何か月も。


その姿が忘れられない。


事故から数年後。


恒一は漁師になった。


父と同じ道だった。


海で生きる。


海で働く。


海に感謝する。


それが当たり前だった。


だが海を見るたびに思い出した。


事故の日を。


帰れなかった人たちを。


そして。


大人になってから知った。


事故の真実を。


整備不良。


報告漏れ。


隠された資料。


消された証言。


最初に聞いた時。


怒りで震えた。


亡くなった人がいる。


家族を失った人がいる。


なのに。


なぜ隠す。


なぜ黙る。


そう思った。


だが。


島の大人たちの話を聞くうちに。


怒りだけでは済まなくなった。


彼らも苦しんでいた。


事故を起こしたかったわけではない。


隠したかったわけでもない。


ただ。


島を守りたかった。


その結果。


間違えた。


ただそれだけだった。


だから余計に苦しかった。


誰か一人を悪者にできない。


誰も救われない。


そんな現実だった。


やがて恒一も大人になる。


結婚する。


子どもが生まれる。


仕事に追われる。


人生は進んでいく。


それでも。


事故だけは過去にならなかった。


毎年七月になると思い出す。


毎年祭りが来ると思い出す。


毎年凪の海を見ると思い出す。


海鬼の噂が流れるたびに思い出す。


忘れられなかった。


だから。


春香が木箱を見つけた時。


怖かった。


怒ったのではない。


恐れたのだ。


三十年間押さえ込んできたものが。


再び動き出すことを。


そして。


自分が向き合わなければならなくなることを。


逃げ続けてきた三十年と。


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