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凪の亡霊  作者: 鷹司 怜


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【凪の亡霊 特別編】  『真実を見つけた夏(最終章)』


忘れないために

祭りの夜だった。


島は光に包まれていた。


提灯の灯り。


屋台の呼び声。


子どもたちの笑い声。


太鼓の音。


夏の匂い。


春香は人混みの中を歩いていた。


何度も知った顔とすれ違う。


皆楽しそうだった。


笑顔だった。


それが嬉しかった。


この島が好きだった。


小さくて。


不便で。


何もないと言われる島。


それでも。


生まれ育ったこの場所が好きだった。


だからこそ。


真実を残したかった。


傷付けるためではない。


責めるためでもない。


忘れないために。


それだけだった。


神社の裏へ向かう。


昼間整理していた資料がある。


木箱。


写真。


証言。


録音テープ。


全てをもう一度確認する。


ノートも完成していた。


事故の経緯。


関係者の証言。


海鬼伝承の始まり。


そして最後のページ。


春香はそこへ一文を書き加えた。


真実は人を苦しめることがある。

それでも忘れるよりは良いと思う。


ペンを置く。


静かな達成感があった。


その時。


外から祭りの歓声が聞こえた。


花火だった。


一発。


また一発。


夜空が明るくなる。


春香は笑った。


急に美咲の顔が見たくなった。


今頃。


遼介と話しているだろうか。


ちゃんと伝えられただろうか。


赤ちゃんのこと。


未来のこと。


幸せになってほしい。


心からそう思った。


神社を出る。


夜風が心地良い。


海の方へ歩く。


港は少し静かだった。


祭りの人々は神社周辺へ集まっている。


波の音だけが聞こえる。


凪だった。


鏡のような海。


その時だった。


沖の方に灯りが見えた。


春香は足を止める。


一つ。


二つ。


三つ。


揺れている。


まるで。


提灯のように。


春香は目を凝らした。


幻かもしれない。


見間違いかもしれない。


だが。


確かにそこにあった。


海の上の灯り。


不思議と怖くなかった。


むしろ。


懐かしい気がした。


そして思う。


海鬼。


本当は怪物なんかじゃない。


帰れなかった人たち。


忘れられたくなかった人たち。


その記憶。


それだけなのかもしれない。


春香は小さく頭を下げた。


「忘れんから」


誰へ向けた言葉か分からない。


事故で亡くなった人たちへ。


残された家族へ。


あるいは。


未来の誰かへ。


灯りが揺れる。


そして。


ゆっくり消えた。


波の音だけが残る。


祭りの歓声も遠くなる。


春香は空を見上げた。


満天の星。


美しい夜だった。


本当に。


美しい夜だった。


翌日。


春香が残した記録は木箱へ収められる。


写真も。


証言も。


ノートも。


全て。


そして時は流れる。


十年。


二十年。


三十年。


島は変わる。


人も変わる。


港も。


学校も。


少しずつ姿を変える。


だが。


木箱だけは残った。


静かに。


誰かを待ちながら。


そして三十年後。


一人の青年が島へ来る。


遼。


祖父・遼介が残した手紙を持って。


島へ行け。


たった四文字の言葉を頼りに。


青年は木箱を開く。


春香の記録を読む。


忘れられた人々の名前を知る。


海鬼の本当の意味を知る。


そして。


遼介と美咲の物語を知る。


全ては繋がる。


記憶は消えない。


人は去る。


時代も変わる。


それでも。


誰かが語り継ぐ限り。


想いは残る。


海は覚えている。


風も覚えている。


島も覚えている。


だから。


忘れない。


これからも。


ずっと。




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