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凪の亡霊  作者: 鷹司 怜


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【凪の亡霊 特別編】  『真実を見つけた夏(五)』


祭りまであと三日。


島は慌ただしかった。


提灯が飾られ。


出店の準備が進み。


港には観光客向けの案内板が立てられる。


いつもの祭り前。


だが春香にとっては違った。


昼は祭りの準備。


夜は資料整理。


毎日が慌ただしく過ぎていく。


美咲も手伝ってくれていた。


二人は神社の倉庫に集まり。


木箱の資料を一つずつ整理していた。


名前。


写真。


証言。


新聞記事。


忘れられた人々を。


もう一度並べ直す作業だった。


「この人、若いね」


美咲が一枚の写真を手に取る。


事故で亡くなった青年。


二十四歳。


まだ未来があった。


結婚する予定だったと記録に残っている。


春香は写真を見る。


不思議だった。


初めて見る顔なのに。


どこか身近に感じる。


三十年。


長いようで短い。


誰かが覚えていなければ。


人は本当に消えてしまう。


そんな気がした。


夕方。


作業を終えた頃だった。


美咲が急に言った。


「春香」


声が少し真面目だった。


春香は振り向く。


「何?」


美咲は少し迷っていた。


言うべきか悩んでいる顔。


そして。


小さく笑った。


「驚かんでね」


その前置きで驚く。


嫌な話ではない。


むしろ。


良い話をする時の顔だった。


「私ね」


美咲は息を吸う。


そして言った。


「赤ちゃんがおる」


時間が止まった。


数秒。


理解できなかった。


理解した瞬間。


春香は立ち上がった。


「ほんま!?」


美咲が笑う。


「ほんま」


春香は泣きそうになった。


親友の幸せが嬉しかった。


心から。


島の誰よりも。


「遼介さん知っとるん?」


「まだ」


「何で!」


「言うタイミングなくて」


春香は頭を抱えた。


昔からそうだった。


大事なことほど後回しにする。


優しいくせに。


肝心なところで不器用だった。


二人は笑った。


神社の倉庫に笑い声が響く。


その瞬間だけは。


事故も。


真実も。


秘密も。


全部忘れていた。


未来の話をした。


生まれたらどうする。


男の子だったら。


女の子だったら。


名前は。


どんな親になるのか。


夢みたいな話。


でも確かな話。


春香は思った。


絶対に幸せになってほしい。


誰よりも。


本当に。


その夜。


帰宅した春香は机に向かった。


資料を整理する。


録音テープを聞き返す。


ノートへまとめる。


事故の経緯。


隠蔽の理由。


関係者の証言。


全てを書き残す。


ふと時計を見る。


午前一時。


窓の外には海が見える。


静かな凪。


そして不思議な気持ちになる。


もし。


もし何かあったら。


そんな考えが浮かぶ。


理由は分からない。


ただ胸騒ぎがした。


春香は新しいノートを開いた。


表紙にタイトルを書く。


「第七せと丸事故記録」


そして最初のページに書く。


この記録は誰かを責めるためではない。


忘れられた人を忘れないために残す。


ペンが止まる。


しばらく考える。


そしてもう一行書いた。


もし私に何かあったら。


この記録を見つけた人へ託します。


自分でも笑ってしまった。


大げさだ。


まるで遺書みたいだ。


だが消さなかった。


なぜか。


消してはいけない気がした。


窓の外で風が吹く。


海が揺れる。


祭りまであと二日。


誰も知らない。


美咲の未来も。


春香の未来も。


もうすぐ大きく動き始めることを。


そして。


三十年後の遼へ繋がる物語が。


静かに終わりへ向かい始めていることを



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