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凪の亡霊 【コンテスト応募作品・一挙全話公開中!】  作者: 鷹司 怜


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【凪の亡霊 特別編】  『真実を見つけた夏(二)』 春香視点長編


木箱の蓋は重かった。


長い年月、誰にも開けられていなかったのだろう。


埃が舞う。


古い木の匂いが鼻をつく。


祭りの準備中だった。


本当なら提灯を運んで終わりだった。


だが春香の手は止まらなかった。


箱の中には古い書類が入っていた。


黄ばんだ紙。


古い写真。


新聞の切り抜き。


録音テープ。


最初は何だか分からなかった。


だが一枚の写真を見た瞬間。


春香は息を飲んだ。


海だった。


荒れた海。


沈みかけた船。


救助船。


写真の裏にはこう書かれていた。


昭和三十三年七月

第七せと丸事故


聞いたことのない名前だった。


島育ちなのに。


なぜ知らないのだろう。


不思議だった。


次の書類を読む。


死亡者名簿。


行方不明者名簿。


調査報告書。


数字が並んでいる。


名前が並んでいる。


二十三名死亡。


五名行方不明。


春香は首を傾げた。


こんな事故。


聞いたことがない。


学校でも。


家でも。


祭りでも。


誰も話していない。


なぜ。


その疑問が胸に刺さった。


さらに資料を読む。


途中から内容が変わった。


事故原因。


整備不良の可能性。


隠蔽の疑い。


証言の食い違い。


春香の背筋が冷える。


これは事故の記録ではない。


島の秘密だ。


誰かが隠した秘密だ。


その時。


倉庫の外から声がした。


「春香?」


美咲だった。


春香は慌てて箱を閉じる。


だが遅かった。


美咲は箱を見る。


資料を見る。


そして言った。


「何それ」


春香は迷った。


話すべきか。


黙るべきか。


だが隠せなかった。


二人は親友だった。


全て話した。


事故のこと。


資料のこと。


誰も語らないこと。


美咲は黙って聞いていた。


読み終えた後。


小さく呟く。


「変やね」


その一言が全てだった。


変だった。


こんな事故があったのに。


なぜ島の誰も話さないのか。


なぜ記録が倉庫に眠っているのか。


なぜ木箱に隠されているのか。


疑問は増えるばかりだった。


その日の夕方。


春香は祖父に聞いてみた。


「第七せと丸って知っとる?」


祖父の箸が止まった。


ほんの一瞬。


だが確かに止まった。


「誰に聞いた」


低い声だった。


春香は驚いた。


今まで聞いたことのない声だった。


「神社の倉庫で……」


祖父は立ち上がった。


そして窓の外を見た。


長い沈黙。


やがて呟く。


「忘れた方がええ」


それだけだった。


春香は納得できなかった。


忘れた方がいい?


なぜ。


亡くなった人がいる。


名前がある。


人生があった。


なのに忘れる?


それは違う。


春香はそう思った。


夜。


部屋で資料を読み返した。


窓の外には海。


静かな瀬戸内海。


凪だった。


だが春香の心は荒れていた。


何かがおかしい。


この島は何かを隠している。


そして。


誰かが今も苦しんでいる。


そんな気がした。


机の上に録音テープがあった。


木箱の中に入っていたもの。


ラベルには何も書かれていない。


ただ一本だけ。


春香はそれを見つめた。


胸騒ぎがする。


聞くべきではないのかもしれない。


だが。


聞かなければならない気もした。


真実は。


たぶん。


この中にある。


春香はテープを握る。


その選択が。


自分の人生を大きく変えることになるとは。


まだ知らなかった。


窓の外で波の音が響いている。


静かな海だった。


だがその海の底には。


三十年間沈み続けた真実が眠っていた。


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