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凪の亡霊 【コンテスト応募作品・一挙全話公開中!】  作者: 鷹司 怜


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【第四部 海鬼】  『第十四章 沈められた真実』


月明かりが海を照らしていた。


沖には無数の提灯が浮かんでいる。


波間に揺れる灯り。


その一つ一つが、帰れなかった者たちの記憶のようだった。


美咲は恒一を見つめる。


「隠したって……何を?」


声が震える。


恒一はしばらく答えなかった。


海を見る。


まるで三十年前の夜を見ているようだった。


そして静かに語り始めた。


「春香が死んだ日じゃ」


風が吹く。


遠くで祭りの太鼓が鳴る。


だがここだけ時間が止まったようだった。


「祭りの日の夕方、春香は港へ行った」


恒一の妹。


三十年前に亡くなった少女。


「島へ来た学者がおったんじゃ」


「学者?」


美咲が聞き返す。


恒一は頷く。


「海難事故の記録を調べとった」


その学者は古い資料を見つけたらしい。


昭和三十三年の海難事故。


公式記録では嵐による遭難。


だが実際は違った。


「違った?」


恒一は苦しそうに目を閉じる。


「救助船が出なかったんじゃ」


美咲は言葉を失う。


「どういうこと?」


「助けられた人がおった」


波の音が響く。


「でも島は助けなかった」


静寂。


海風だけが吹く。


「なぜ……」


恒一は拳を握る。


「自分たちの船を失いたくなかったからじゃ」


嵐の中。


救助へ向かえば船も危険だった。


島の男たちは迷った。


そして。


行かなかった。


結果、多くの人が海へ沈んだ。


助けを待ちながら。


帰ることを願いながら。


「そんな……」


美咲は呟く。


恒一は頷く。


「事故じゃなかった」


「見殺しじゃった」


月明かりが海を白く染める。


その言葉は重かった。


あまりにも。


「学者はそれを公表しようとした」


恒一は続ける。


「でも島の人間は嫌がった」


名誉。


世間体。


責任。


様々なものが絡んでいた。


そして学者が発見した証拠。


それが木箱だった。


遭難船から回収された記録。


乗客名簿。


救助要請。


全てが入っていた。


もし世間へ出れば真実が明らかになる。


だから。


「島の人たちは隠した」


美咲の声は掠れていた。


恒一は頷く。


「海へ沈めた」


沖を見る。


提灯が揺れている。


まるで怒りのように。


悲しみのように。


「春香は反対した」


恒一は続ける。


「返すべきじゃと言った」


その光景が目に浮かぶ。


若い春香。


正義感の強い少女。


真実を隠したくなかったのだろう。


「祭りの夜、春香は木箱を取り戻そうとした」


美咲は息を飲む。


「一人で?」


「そうじゃ」


恒一の声が震える。


「俺は止められんかった」


海が鳴る。


波が岩へぶつかる。


「そして春香は帰らんかった」


長い沈黙。


美咲は何も言えない。


恒一はずっと海を見ている。


三十年間。


何度も思い出してきたのだろう。


あの夜を。


止められなかった自分を。


「だから海鬼が……」


美咲が呟く。


恒一は首を横に振った。


「違う」


その目が沖を見据える。


「海鬼は復讐じゃない」


意外な言葉だった。


「じゃあ何?」


風が吹く。


提灯が揺れる。


そして恒一は答えた。


「忘れられた者たちの声じゃ」


その瞬間。


沖の灯りが一斉に揺れた。


まるで呼応するように。


「返してほしいだけなんじゃ」


帰れなかった人々。


見捨てられた人々。


海へ沈められた真実。


誰かに覚えていてほしい。


それだけだったのかもしれない。


その時。


白いワンピースの女が動いた。


ゆっくりと海へ歩き出す。


波の上を。


提灯の間を。


月明かりの中を。


美咲は叫ぶ。


「待って!」


女が振り返る。


その顔は自分ではなかった。


初めて見る顔だった。


若い少女。


優しい目。


どこか恒一に似ている。


美咲は理解する。


「春香さん……」


女は微笑んだ。


悲しそうに。


そして沖を指差す。


海の向こう。


暗い水面。


そこに何かが浮かび上がっていた。


黒い影。


木箱だった。


三十年間海底に沈んでいたはずの。


忘れられた真実。


返されることを待ち続けた証拠。


波が大きく揺れる。


提灯が一斉に輝く。


春香の姿が少しずつ薄れていく。


消える前に。


彼女は確かに言った。


「見つけて」


そして夜の海へ溶けるように消えた。


残されたのは波音だけ。


恒一は膝をつく。


顔を覆う。


三十年分の後悔が溢れるようだった。


美咲は沖を見る。


木箱はまだそこにある。


月明かりに照らされながら。


まるで誰かが待っているように。


真実が語られる日を。


忘れられた人々が、ようやく帰れる日を。



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