第6話「お前はなんで笑うんだ」
第6話「お前はなんで笑うんだ」
ニルの言った通り、月に二、三回は会った。
エリアがかぶっているせいか、敵が出る場所が似ている。川沿いか、商店街の裏か、公園の近くか。そういう場所に、ふぶきもいる。
会うたびに一緒に戦って、終わったら少し話して、それで別れる。毎回そうだった。
慣れてきた。
それが多いのか少ないのか、と思っていたが、気づいたら「また来た」くらいの感じになっていた。悪くない、という意味だ。別に嬉しいとかじゃない。
「また来たって顔してますね」とニルが言った。
「してない」
「してますよ。いつもの無表情と少し違う」
「同じだ」
「違います。口の端が〇・五ミリ上がってます」
「計るな」
ニルはふうん、と言った。また信じてなさそうな声で。
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その日は公園の近くだった。
敵は一体。小さくて、速い。ふぶきが先に見つけていた。俺が来たとき、すでに追いかけ回していた。
「手伝う」
「助かる」
短いやり取りで、俺は逆側から回り込んだ。挟んで、三分で終わった。
「うまいね」とふぶきが言った。
「そっちが追い込んだおかげだ」
「チームワークってやつ」
「大げさだろ」
「そう?」
ふぶきは笑った。またあの笑い方だ。嫌じゃない笑い方。からかってもいない。ただ、素直に笑っている。
俺はそれをちょっと見て、それから公園の方を向いた。
ベンチがあった。誰もいない。冬の公園は寒くて、人が来ない。
「座っていく?」とふぶきが言った。
「寒いぞ」
「変身中は寒くない」
「……そうか」
そういえばそうだった。変身中は寒くない。半年経って初めて気づいた。ニルに言ったら絶対「言いましたよ」と言う。だから言わない。
二人でベンチに座った。
向こうが槍を消した。俺もステッキを出したままにしていたのを気づいて、しまった。
「学校どこ」とふぶきが聞いた。
「北中」
「あー、川挟んで向こうか。私は南中」
「そうか。学年は」
「二年。晶は?」
「二年」
「同い年か」とふぶきが言った。「なんか、もっと年上かと思ってた」
「なんでだ」
「落ち着いてるから」
「お前も落ち着いてる」
「私は逆で、実は全然落ち着いてない」
俺はふぶきを見た。
「どういう意味だ」
「なんか、戦ってるときって集中するから落ち着いて見えるだけで。普段はわりとそわそわしてる」
「そわそわ」
「うん。心配性というか。余計なこと考えるというか」
想像がつかなかった。背筋がまっすぐで、槍の動きに無駄がなくて、話し方が落ち着いている。そのふぶきが、そわそわしている。
「見えないな」と俺は言った。
「隠してるわけじゃないんだけどね」とふぶきは言った。「戦ってるときだけ、余計なこと考えなくていいから楽なんだ」
「……それで守りたいから戦ってる、か」
「あ、繋がった?」
「少し」
ふぶきがまた笑った。今日は何回笑うんだ、こいつは。
俺はそれを見て、少し引っかかった。
「なんで笑うんだ」
「え?」
「よく笑う。なんで」
ふぶきが少し考えた。
「楽しいから、かな」
「今が?」
「うん。こうして話してると」
俺は少し間を置いた。
「俺と話して楽しいのか」
「楽しいよ。晶って、短いけどちゃんと答えるから」
「短いのは語彙がないだけだ」
「それも含めて話しやすい」
なんか、真顔で言われた。こいつは変なやつだ。そう思った。
でも嫌じゃなかった。
俺は公園の外を見た。街灯が灯り始めていた。木が風で揺れていた。
「お前、友達多そうだな」
「普通だよ。なんで」
「笑うのが自然だから」
ふぶきが少し黙った。
「晶は笑わないの?」
「笑う」
「そうじゃなくて。こういうとき」
こういうとき、というのが何を指すか、なんとなくわかった。誰かと話しているとき、とか。そういうことだと思った。
「……わからん」と俺は言った。「あんまり、こういうことしないから」
「誰かと話す?」
「ベンチに並んで座るとか」
ふぶきがまたちょっと笑った。
「それ笑えてるじゃん」
「え」
「今、少し笑ってた」
俺は口に手を当てた。笑っていたか?わからない。でも、ふぶきがそう言うなら、そうなのかもしれない。
「……気づかなかった」
「うん。だから自然なんだと思う」
「なんの話だ」
「晶の話」
俺は返事をしなかった。
ベンチが冷たくなってきた気がした。変身が解けかけている。
「そろそろ帰る」と俺は言った。
「うん。今日もありがとう」
「礼はいらない」
「言いたいから言う」
またそういうことを言う。真顔で。こいつは本当に変なやつだ。
俺は立ち上がった。変身が解けた。コートの中が一気に寒くなった。
「またね、晶」
「まあ」と俺は言った。
またまあ、だ。語彙がない。でも今日は、それが少しだけ悔しかった。
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一人で帰った。
ニルが胸ポケットから顔を出した。
「楽しそうでしたね」
「してない」
「してましたよ。ベンチで笑ってたじゃないですか」
「笑ってない」
「笑ってました。俺の精度は〇・五ミリですよ」
「うるさい」
ニルは「まあまあ」と言った。
俺は夜の道を歩いた。息が白かった。手袋のない手が冷たかった。
話しやすい、とふぶきは言った。
俺は話しやすい、と言われることが今まであっただろうか。たぶん、なかった。話しにくい、もなかった。ただ、そういうことを言われたことがなかった。
変なやつだな、とまた思った。
でも、次会ったとき、もう少しうまく返せるようにしたい、とも思った。
なんで、かはわからない。
「ねえ、ニル」
「はい」
「お前、俺が笑ってるかどうかわかるのか、本当に」
「わかりますよ。ずっと見てますから」
「気持ち悪い」
「パートナーですから」
「その単語、まだ好きじゃない」
ニルは黙った。
俺は夜の住宅街を歩いた。商店街の方へ。いつもの帰り道へ。
楽しいから笑う、とふぶきは言った。
そういう理由で笑えるのか。シンプルだな、と思った。
それから少し経って、シンプルなのがいいな、とも思った。
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*第7話へつづく*




