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第5話「名前、聞いてなかった」

最終回したんですが、盆の間だけ続き作ります。とはいえ、もう一つの作品が今はメインなので軽めですけど。

第5話「名前、聞いてなかった」

 

 一月になっても、敵は出る。

 当たり前だ。向こうに季節は関係ない。ただ、冬の路地で変身するのはきつい。フリルがあっても寒いものは寒い。リボンが風で暴れる。手袋だけが白くて、指先だけが温かい。それが逆に腹立たしい。

 「寒いですね」とニルが言った。

 「お前は寒くないだろ」

 「寒さはわかります。共感です」

 「いらない」

 白い息が出た。俺はコートの上から変身した姿を見下ろした。フリルが風で持ち上がった。最悪だ。

 半年が経った。

 十月に始まって、今は一月。六回くらい試験があって、冬休みが終わって、三学期が始まった。日常はだいたい変わっていない。コンビニの肉まんは今も木曜日に買っている。コウタは今も木曜日にいる。俺は今も毎週変身して、三十秒から五分の間に片付けて、帰る。

 変わったことといえば、衣装への怒りが少し薄れたことと、ニルが胸ポケットから出るタイミングを覚えたことだ。それだけだ。

 「あ、いますよ」

 ニルが言った。

 「敵か」

 「違います。水色の子」

 俺は立ち止まった。


 川沿いの道だった。

 夕方で、空が暗くなりかけていた。オレンジが残っていて、川面がぼんやり光っていた。そこに水色のコスチュームがあった。槍を持って、橋の手前に立っている。

 敵もいた。川岸の方に。俺たちより先に気づいていたらしい。

 向こうが振り返った。

 「あ」と言った。

 「あ」と俺も言った。

 半年ぶりだった。

 顔を覚えていた。髪を高く結んでいる。背筋がまっすぐ。目が落ち着いている。あのときと変わっていない。

 「久しぶり」と向こうが言った。

 「まあ」と俺は言った。

 気の利いたことが出なかった。半年ぶりに再会した相手に言う言葉を、俺は持っていなかった。

 向こうはそれを気にした様子もなく、敵の方を向いた。

 「一緒にやる?」

 「邪魔しなければ」

 「こっちも同じ」

 それだけで十分だった。


 今日の敵は二体いた。

 片方を俺が、もう片方を向こうが引き受けた。自然にそうなった。言葉は要らなかった。半年前もそうだったし、今日もそうだった。

 五分かからなかった。

 終わって、俺たちは川沿いの道に並んで立った。息が白かった。

 「寒いね」と向こうが言った。

 「まあ」と俺は言った。

 またまあ、と言った。語彙がない。

 向こうがこちらを見た。

 「ねえ、名前聞いてもいい?」

 「……聞いてなかったな、そういえば」

 「うん。私も聞かなかった」

 俺は少し間を置いた。

 「神代晶」

 「水瀬ふぶき」

 ふぶき。吹雪。冬の名前だ。水色のコスチュームと、やけに合っている。そんなことを思った。

 「晶、か」とふぶきが言った。「いい名前」

 「べつに」

 「そういう名前が好き。短くて、芯がある感じ」

 なんか恥ずかしいことを言われた。俺は川の方を向いた。

 「ふぶきはふぶきで変わった名前だろ」

 「おばあちゃんがつけてくれた。気に入ってる」

 「そっか」

 川が流れていた。風が来た。フリルが揺れた。

 「半年ぶりだね」とふぶきが言った。

 「そうだな」

 「強くなった?」

 「さあ」

 「私は少しなった」

 「そうか」

 「晶はどう」

 また聞かれた。俺は少し考えた。

 「……慣れた、くらいか」

 「慣れたか強くなったかって、違う?」

 「違う」と俺は言った。「慣れるのは、受け入れてないけどそうなること。強くなるのは、ちゃんと向き合ってそうなること」

 言ってから、少し驚いた。

 そんなことを考えていたのか、俺は。

 ふぶきが、ちょっとだけ目を丸くした。それからふっと笑った。

 「なんか、思ってたより難しいこと考えてるね」

 「うるさい」

 「褒めてる」

 「どこが」

 「いや、ほんとに」

 ふぶきは笑ったままだった。嫌な笑い方じゃなかった。からかってるわけでもない。ただ、なんか、素直な笑い方だった。

 俺は川を見た。

 「お前は向き合ってるのか。ちゃんと」

 「うん」とふぶきは言った。「そのつもり」

 「守りたいから戦ってる、か」

 「覚えてたんだ」

 「……まあ」

 半年間、頭のどこかにあった。飲み込もうとして飲み込めなかったやつだ。今はそれが刺さっていない。ただ、まだある。

 「晶は今も、仕方なく?」

 俺はふぶきを見た。

 「……違う、と思う」

 「思う?」

 「まだうまく言えない」

 「そっか」

 ふぶきは否定しなかった。肯定もしなかった。ただ、そっか、と言った。コウタと同じ言い方だった。

 なんか、そういうやつなんだな、と思った。急かさない。待てるやつ。

 「また会うと思う」とふぶきが言った。

 「たぶんな」

 「そのとき、答え出てたら教えて」

 「教えない」

 「なんで」

 「そういうのは自分の中だけでいい」

 ふぶきがまた笑った。

 「じゃあせめて、答え出たら自分で気づいてね」

 「うるさい」

 「またね、晶」

 またね、と言って、ふぶきは川沿いの道を歩いていった。槍はもう消えていた。水色のコスチュームが、夕暮れの中に溶けていった。


 一人になった。

 ニルが胸ポケットから顔を出した。

 「いい人じゃないですか」

 「うるさい」

 「晶さん、話してましたね。ちゃんと」

 「そんなに話してない」

 「いつもより全然してました」

 俺は返事をしなかった。

 変身が解けて、制服に戻った。コートを着直した。川の風が来た。寒かった。

 水瀬ふぶき。

 名前がわかった。それだけだ。ただの名前だ。

 なのに、なんか、すっきりした。

 半年間、名前を知らなかったやつの名前がわかった。それだけのことなのに、妙にすっきりした。

 「ねえ、ニル」

 「はい」

 「あいつ、エリアどのくらいかぶってる」

 「けっこう被ってますよ。月に二、三回は会うんじゃないですか」

 「そうか」

 「気になりますか」

 「別に」と俺は言った。「把握しとくだけだ」

 ニルは、ふうん、と言った。

 信じてなさそうな声で。

 俺は夜の川沿いを歩いた。フリルはもうない。息が白かった。

 月に二、三回。

 それが多いのか少ないのか、まだわからない。


第6話へつづく

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