最終話「俺がやってるだけだ」
第4話、最終話です。
ここまでの流れが、ひとつ形になる回になります。
あまり大きなことは起きませんが、
そのぶん大事なところを書いています。
ゆるく読んでもらえたら嬉しいです。
最終話「俺がやってるだけだ」
左腕は、三日で治った。
魔法少女の体は丈夫らしい。ニルが「回復も早いんですよ」と得意げに言ったので、「だったら最初から言え」と言ったら「言いそびれました」と言った。こいつは本当に信用できない。
木曜日が来た。
コンビニで肉まんを買って、商店街を抜けた。梅雨が明けかけていて、夕方の空が少しだけ橙色になっていた。
公園の脇を通ったとき、ベンチにコウタがいた。
また来ていた。スケッチブックを膝に置いて、でも今日は描いていなかった。ただ座っていた。
「コウタ」
「あ、晶お姉ちゃん」
「お姉ちゃんじゃない。腕、見せろ」
先週転んだとき、膝だけじゃなく手も擦れていた。コウタは素直に両手を出した。もう傷はなかった。かさぶたも取れていた。
「治ってる」
「うん。晶お姉ちゃんの腕は?」
「治った」
「よかった」
コウタは本当によかった、という顔をした。そういう顔が、こいつは上手い。計算じゃないから余計に上手い。
「今日も来るの?」とコウタが聞いた。
「何が」
「敵」
「さあ」と俺は言った。「ニル、どうだ」
「反応、薄いですね。今日は出ないかもしれません」
「そうか」
「じゃあ一緒に帰ろ」とコウタが言った。
「祖母の家まで」
「うん」
俺はため息をついた。断る理由が、なかった。
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コウタと並んで歩いた。コウタの歩幅は小さい。俺は少しペースを落とした。
「晶お姉ちゃん」
「お姉ちゃんじゃない」
「どうして魔法少女になったの」
「なりたくてなったわけじゃない」
「でも続けてるじゃん」
俺は少し黙った。
「……仕方なく、だけど」
コウタはうん、と頷いた。否定しなかった。でも、もう一回聞いた。
「ほんとに?」
「ほんとに」
「先週、助けに来てくれたじゃん」
「……それは」
「仕方なく?」
俺はまた黙った。
今度は、うまく答えが出なかった。仕方なく、と言おうとした。言えなかった。喉のところで、言葉が止まった。
コウタは急かさなかった。ただ隣を歩いていた。
「……わからん」
俺は言った。
「そっか」とコウタは言った。「わかったら教えて」
「教えない」
「なんで」
「子供に話すことじゃない」
「ケチ」
「うるさい」
コウタがくすっと笑った。俺は前を向いたまま、少しだけ口の端が上がった。
ニルが胸ポケットで息を潜めていた。賢い判断だ。
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祖母の家の前でコウタと別れて、俺は来た道を引き返した。
空が暗くなってきていた。橙が紺に溶けていく時間。街灯がぽつぽつと灯り始めた。
「晶さん」
ニルが顔を出した。
「反応、出ました」
「どこだ」
「……さっきのとこです。コウタくんの祖母の家の近く」
俺は立ち止まった。
「コウタは」
「家に入ったのを確認してます。でも、近い」
「わかった」
俺は走った。
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敵は、祖母の家から二本先の路地にいた。
でかくはなかった。先週のやつより小さい。でも動きが速かった。ぴりぴりした気配がした。
変身して、構えた。
先手を取った。
速かった。先週より動けた。左腕もちゃんと動いた。ステッキを叩きつけて、踏み込んで、また叩きつけた。
二分かからずに終わった。
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路地を出たところで、コウタがいた。
「……なんで出てきた」
「音がしたから」
「家にいろって言っただろ」
「言ってない」
「これから言う。家にいろ」
コウタは俺を見ていた。変身したままの俺を。フリルを、リボンを、ステッキを、順番に見て、それから顔を見た。
「怪我してない?」
「してない」
「ほんとに?」
「してないって言ってんだろ」
コウタは少し息を吐いた。安心した息だった。
それから、いつもの顔になった。目がきらきらした。
「やっぱり魔法少女だ!かっこいい!」
「……違ぇよ」
俺は言った。
少し間があった。夜の路地が静かだった。どこかで虫が鳴いていた。
「――俺がやってるだけだ」
コウタが、ん?という顔をした。
首を傾けて、俺を見た。
意味がわかったかどうか、わからない。
でも、うん、と頷いた。
「そっか」と言った。「晶お姉ちゃんがやってるんだ」
「お姉ちゃんじゃない」
「うん。晶が、やってるんだ」
今度は「お姉ちゃん」がなかった。
ただ、晶、と言った。
俺は何も言わなかった。言えなかった。でも、変な感じがした。胸のところが、少し軽くなった感じがした。
「帰れ」と俺は言った。
「うん」とコウタは言った。「またね、晶」
またね、と言って、今度はちゃんと家に帰った。
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一人になった。
変身が解けて、制服に戻った。路地に街灯の光が落ちていた。夜が、静かだった。
ニルが胸ポケットから顔を出した。
何か言いたそうだった。
でも何も言わなかった。今日は最後まで黙っていた。
俺は路地を出て、夜の住宅街を歩いた。商店街の方へ。いつもの帰り道へ。
仕方なく、という言葉が、頭の中にあった。
でも今日は、それだけじゃなかった。
もう一個、言葉があった。
うまく名前をつけられない。でも確かにそこにあった。胸のところに。軽くなった場所に。
誰も見ていない路地の角で、俺は立ち止まった。
街灯の光の外。一人の場所。
俺は、変身した。
フリルが広がった。リボンが締まった。手袋が白くなった。
理由は、わからない。
ただ、したかった。
それだけだ。
俺は夜の中に立っていた。誰も見ていない。誰にも言わない。
ただ、立っていた。
それで、よかった。
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終わり
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
仕方なく、で始まったはずのことが、
少しだけ違うものになったところで終わりです。
大きく変わったわけではありませんが、
それでも確かに変わっています。
ここまで付き合っていただき、本当にありがとうございました。




