表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

第3話「めんどくせぇ」

第3話です。


今回は、ちょっとだけ面倒くさいことが起きます。


本人は相変わらずやる気ないですが、

それで済まなくなってきた回です。


ゆるく読んでもらえたら嬉しいです。


 第3話「めんどくせぇ」


 五月が終わって、六月になった。


 雨の日は敵が出ない、とニルが言った。本当かどうかは知らない。でも梅雨に入ってから確かに何もない週が続いて、俺は少しだけ楽になった。


 楽になった分、余計なことを考えた。


 守りたいから、戦ってる。


 あの水色のやつの声が、まだ頭のどこかにあった。消えない。消そうとすると余計に鮮明になる。厄介だ。


 俺は仕方なく戦っている。それは今も変わらない。変わっていないはずだ。


 「晶さん、最近ぼんやりしてますね」


 下校中、ニルが胸ポケットから顔を出した。


 「してない」


 「してますよ。今日、廊下で後輩にぶつかってたじゃないですか」


 「見てたのか」


 「一応、常時モニタリングしてます」


 「気持ち悪いな」


 「パートナーですから」


 「その単語、好きじゃない」


 ニルは「まあまあ」と言った。また誤魔化した。


 コンビニに寄って、肉まんを買った。レジの店員が「今日は蒸しますね」と言った。「そうですね」と答えた。梅雨の晴れ間は、湿気が重い。


 商店街を抜けて、住宅街に入った。公園の脇を通りかかったとき、ベンチにコウタがいた。


 一人で、スケッチブックを広げていた。


 「晶お姉ちゃん」


 「お姉ちゃんじゃない」


 俺は立ち止まった。止まるつもりはなかったが、足が止まった。


 「何描いてんだ」


 「魔法少女」


 コウタがスケッチブックを向けた。クレヨンで描いた絵だった。フリルがついていた。ステッキを持っていた。顔がでかくて、手足が細い。でも、なんか、勢いがあった。


 「……俺か」


 「うん」


 「ひどい出来だな」


 「まだ練習中」


 コウタは全然傷ついていなかった。また描き始めた。真剣な顔で。舌が少し出ている。


 俺はしばらくそれを見ていた。


 「コウタ」


 「なに」


 「なんで描くんだ」


 コウタは手を止めて、少し考えた。


 「かっこいいから、手元に置きたい」


 「……そういうもんか」


 「晶お姉ちゃんは、何か手元に置きたいものある?」


 「ない」


 即答したら、コウタが「そっか」と言った。それ以上聞かなかった。


 「帰れ」と俺は言った。


 「うん。またね」


 コウタはスケッチブックを抱えて立ち上がった。公園を出ていく後ろ姿が、小さかった。


 ニルが胸ポケットから顔を出した。


 「かわいいですね」


 「うるさい」


 「晶さん、笑ってましたよ」


 「してない」


 「してました」


 「してない、と言っている」


 ニルはふうん、と言った。また信じてなさそうな声で。


-----


 その日の夜、敵が出た。


 ニルが「反応あります」と言ったのは、帰宅してすぐのことだった。場所を聞いたら、住宅街の外れ、幹線道路の脇だと言った。


 いつもと違う場所だった。


 俺は制服のまま走った。


-----


 着いたとき、コウタがいた。


 公園の帰りだったのか。スケッチブックを胸に抱えて、幹線道路沿いの歩道で立ち止まっていた。


 その前に、敵がいた。


 今日のやつはでかかった。今まで見た中で一番でかい。形がおかしかった。人じゃない。もっと歪んでいる。地面を這うみたいに動いている。


 コウタは逃げていなかった。足がすくんでいるのか、ただ立っていた。


 俺は、遠くからそれを見た。


 変身前だった。まだ、ただの通行人だ。


 頭の中で、一瞬、計算した。


 水色のやつのエリアがここに近い。足が速い。気づけば来るかもしれない。俺が変身しなくても、誰かが来るかもしれない。あるいはコウタが自分で逃げ出すかもしれない。足がすくんでいるだけで、動けないわけじゃないかもしれない。


 俺がやらなくても、いい。


 そう思った。


 コウタが、転んだ。


 スケッチブックが地面に落ちた。立ち上がろうとして、また転んだ。膝が震えているのが、ここからでも見えた。手が、ぐっと地面を掴んでいた。


 「――チッ」


 俺は舌打ちして、走り出していた。


 「めんどくせぇ」


-----


 変身したのは、走りながらだった。


 光が弾けて、フリルが展開して、リボンが締まった。全部どうでもいい。


 コウタの前に割り込んで、ステッキを構えた。


 「後ろ、離れろ」


 「……晶お姉ちゃん」


 「お姉ちゃんじゃない。いいから離れろ」


 コウタは立ち上がって、でも離れなかった。俺のスカートの端を、ぎゅっと掴んだ。


 まあいい。それでいい。逃げなかったのはコウタだけじゃなく、俺も同じだ。


 敵が動いた。


 でかい。速い。ステッキ一本でやれる相手じゃないかもしれない。


 でも、やるしかない。


 俺は踏み込んだ。


-----


 正直、きつかった。


 敵の腕みたいなものが来て、俺は体を張って受けた。左腕に走った衝撃が、肩まで抜けた。痛い。フリルが破れた音がした。どうでもいい。


 コウタを背中に置いたまま、動いた。下がらなかった。ステッキを叩きつけて、また叩きつけて、三度目で敵が揺らいだ。


 そこに全部を乗せた。


 敵が、消えた。


 夜の歩道が、静かになった。


 俺は息を整えた。左腕がじんじんしていた。フリルの裾がほつれていた。どうでもいい、と思ったが、少し悔しかった。


 後ろで、コウタが小さく息をついた。


 スケッチブックを、まだ持っていた。


 落としたのに、拾っていた。


 なんか、それが、変なところで刺さった。


-----


 「大丈夫か」と俺は聞いた。


 「うん」とコウタは言った。「晶お姉ちゃんは?」


 「お姉ちゃんじゃない。大丈夫だ」


 「腕、痛そう」


 「大丈夫だって言ってんだろ」


 コウタは俺の左腕を見た。それから顔を上げて、俺を見た。


 何か言いたそうだった。でも言わなかった。


 ただ、もう一回、「ありがとう」と言った。


 最初に会ったときと同じ声だった。小さくて、ちゃんとした声。


 俺は何も言わなかった。


 「帰れ」と言うのも、なんか、違う気がした。


 「……家、どっちだ」


 「あっち」


 「送る」


 コウタが少し目を丸くした。それから、うん、と頷いた。


 二人で夜の住宅街を歩いた。ニルは黙っていた。今日は珍しく、最後まで黙っていた。


-----


 コウタを祖母の家まで送って、俺は一人で帰った。


 変身が解けていた。制服に戻っていた。左腕がまだ痛かった。


 空が、少し明るかった。雲の切れ間から、星が一個だけ見えた。


 守りたいから、戦ってる。


 あの声が、また来た。


 俺は立ち止まって、空を見た。


 仕方なく、と思った。でも今日は、その言葉がいつもよりうまく飲み込めなかった。


 チッ、と俺は思った。


 めんどくせぇ。


-----


最終話へつづく

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


仕方なく、で済ませていたはずのことが、

少しずつそうじゃなくなってきました。


本人はまだ認めていませんが、

行動のほうはわりと正直です。


このままどう転がるのか、というところまでいきます。


よければ、最後まで付き合ってもらえたら嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ