第3話「めんどくせぇ」
第3話です。
今回は、ちょっとだけ面倒くさいことが起きます。
本人は相変わらずやる気ないですが、
それで済まなくなってきた回です。
ゆるく読んでもらえたら嬉しいです。
第3話「めんどくせぇ」
五月が終わって、六月になった。
雨の日は敵が出ない、とニルが言った。本当かどうかは知らない。でも梅雨に入ってから確かに何もない週が続いて、俺は少しだけ楽になった。
楽になった分、余計なことを考えた。
守りたいから、戦ってる。
あの水色のやつの声が、まだ頭のどこかにあった。消えない。消そうとすると余計に鮮明になる。厄介だ。
俺は仕方なく戦っている。それは今も変わらない。変わっていないはずだ。
「晶さん、最近ぼんやりしてますね」
下校中、ニルが胸ポケットから顔を出した。
「してない」
「してますよ。今日、廊下で後輩にぶつかってたじゃないですか」
「見てたのか」
「一応、常時モニタリングしてます」
「気持ち悪いな」
「パートナーですから」
「その単語、好きじゃない」
ニルは「まあまあ」と言った。また誤魔化した。
コンビニに寄って、肉まんを買った。レジの店員が「今日は蒸しますね」と言った。「そうですね」と答えた。梅雨の晴れ間は、湿気が重い。
商店街を抜けて、住宅街に入った。公園の脇を通りかかったとき、ベンチにコウタがいた。
一人で、スケッチブックを広げていた。
「晶お姉ちゃん」
「お姉ちゃんじゃない」
俺は立ち止まった。止まるつもりはなかったが、足が止まった。
「何描いてんだ」
「魔法少女」
コウタがスケッチブックを向けた。クレヨンで描いた絵だった。フリルがついていた。ステッキを持っていた。顔がでかくて、手足が細い。でも、なんか、勢いがあった。
「……俺か」
「うん」
「ひどい出来だな」
「まだ練習中」
コウタは全然傷ついていなかった。また描き始めた。真剣な顔で。舌が少し出ている。
俺はしばらくそれを見ていた。
「コウタ」
「なに」
「なんで描くんだ」
コウタは手を止めて、少し考えた。
「かっこいいから、手元に置きたい」
「……そういうもんか」
「晶お姉ちゃんは、何か手元に置きたいものある?」
「ない」
即答したら、コウタが「そっか」と言った。それ以上聞かなかった。
「帰れ」と俺は言った。
「うん。またね」
コウタはスケッチブックを抱えて立ち上がった。公園を出ていく後ろ姿が、小さかった。
ニルが胸ポケットから顔を出した。
「かわいいですね」
「うるさい」
「晶さん、笑ってましたよ」
「してない」
「してました」
「してない、と言っている」
ニルはふうん、と言った。また信じてなさそうな声で。
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その日の夜、敵が出た。
ニルが「反応あります」と言ったのは、帰宅してすぐのことだった。場所を聞いたら、住宅街の外れ、幹線道路の脇だと言った。
いつもと違う場所だった。
俺は制服のまま走った。
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着いたとき、コウタがいた。
公園の帰りだったのか。スケッチブックを胸に抱えて、幹線道路沿いの歩道で立ち止まっていた。
その前に、敵がいた。
今日のやつはでかかった。今まで見た中で一番でかい。形がおかしかった。人じゃない。もっと歪んでいる。地面を這うみたいに動いている。
コウタは逃げていなかった。足がすくんでいるのか、ただ立っていた。
俺は、遠くからそれを見た。
変身前だった。まだ、ただの通行人だ。
頭の中で、一瞬、計算した。
水色のやつのエリアがここに近い。足が速い。気づけば来るかもしれない。俺が変身しなくても、誰かが来るかもしれない。あるいはコウタが自分で逃げ出すかもしれない。足がすくんでいるだけで、動けないわけじゃないかもしれない。
俺がやらなくても、いい。
そう思った。
コウタが、転んだ。
スケッチブックが地面に落ちた。立ち上がろうとして、また転んだ。膝が震えているのが、ここからでも見えた。手が、ぐっと地面を掴んでいた。
「――チッ」
俺は舌打ちして、走り出していた。
「めんどくせぇ」
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変身したのは、走りながらだった。
光が弾けて、フリルが展開して、リボンが締まった。全部どうでもいい。
コウタの前に割り込んで、ステッキを構えた。
「後ろ、離れろ」
「……晶お姉ちゃん」
「お姉ちゃんじゃない。いいから離れろ」
コウタは立ち上がって、でも離れなかった。俺のスカートの端を、ぎゅっと掴んだ。
まあいい。それでいい。逃げなかったのはコウタだけじゃなく、俺も同じだ。
敵が動いた。
でかい。速い。ステッキ一本でやれる相手じゃないかもしれない。
でも、やるしかない。
俺は踏み込んだ。
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正直、きつかった。
敵の腕みたいなものが来て、俺は体を張って受けた。左腕に走った衝撃が、肩まで抜けた。痛い。フリルが破れた音がした。どうでもいい。
コウタを背中に置いたまま、動いた。下がらなかった。ステッキを叩きつけて、また叩きつけて、三度目で敵が揺らいだ。
そこに全部を乗せた。
敵が、消えた。
夜の歩道が、静かになった。
俺は息を整えた。左腕がじんじんしていた。フリルの裾がほつれていた。どうでもいい、と思ったが、少し悔しかった。
後ろで、コウタが小さく息をついた。
スケッチブックを、まだ持っていた。
落としたのに、拾っていた。
なんか、それが、変なところで刺さった。
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「大丈夫か」と俺は聞いた。
「うん」とコウタは言った。「晶お姉ちゃんは?」
「お姉ちゃんじゃない。大丈夫だ」
「腕、痛そう」
「大丈夫だって言ってんだろ」
コウタは俺の左腕を見た。それから顔を上げて、俺を見た。
何か言いたそうだった。でも言わなかった。
ただ、もう一回、「ありがとう」と言った。
最初に会ったときと同じ声だった。小さくて、ちゃんとした声。
俺は何も言わなかった。
「帰れ」と言うのも、なんか、違う気がした。
「……家、どっちだ」
「あっち」
「送る」
コウタが少し目を丸くした。それから、うん、と頷いた。
二人で夜の住宅街を歩いた。ニルは黙っていた。今日は珍しく、最後まで黙っていた。
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コウタを祖母の家まで送って、俺は一人で帰った。
変身が解けていた。制服に戻っていた。左腕がまだ痛かった。
空が、少し明るかった。雲の切れ間から、星が一個だけ見えた。
守りたいから、戦ってる。
あの声が、また来た。
俺は立ち止まって、空を見た。
仕方なく、と思った。でも今日は、その言葉がいつもよりうまく飲み込めなかった。
チッ、と俺は思った。
めんどくせぇ。
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最終話へつづく
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
仕方なく、で済ませていたはずのことが、
少しずつそうじゃなくなってきました。
本人はまだ認めていませんが、
行動のほうはわりと正直です。
このままどう転がるのか、というところまでいきます。
よければ、最後まで付き合ってもらえたら嬉しいです。




