第2話「懐くな」
第2話です。
今回は、ちょっとだけ人との距離が近づく回です。
本人はあまり認めていませんが、
少しずつ面倒なことになっていきます。
ゆるく読んでもらえたら嬉しいです。
第2話「懐くな」
木曜日がくるたびに、気が重くなった。
別に学校が嫌いなわけじゃない。木曜日のコンビニ肉まんが嫌いになったわけでもない。ただ、木曜日の夕方になると、胸ポケットのあたりがそわそわする。
「今日もありますよ、たぶん」
学校からの帰り道、ニルが胸ポケットから顔を出して言った。
「たぶんって何だ」
「敵の出現はある程度予測できるんですけど、完全じゃないので」
「いい加減だな」
「魔法ってそういうもんです」
俺はため息をついた。先週も同じ会話をした気がする。先週も同じ道を歩いて、同じ路地で変身して、同じフリルを着た。慣れていない。慣れるつもりもない。
コンビニに寄って肉まんを買った。会計のとき、ニルが胸ポケットに引っ込んだ。一応、人目は気にするらしい。
「偉いな、隠れるんだ」
「晶さんが困るでしょう」
「そういう気遣いができるなら、最初から契約を強行するな」
「あれは緊急措置でした」
「どこが」
「まあまあ」
こいつの「まあまあ」は何かを誤魔化すときの口癖だ。二週間で学習した。
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その日の敵は、商店街の裏路地に出た。
変身して、ステッキを構えて、三十秒で片付けた。先週より早かった。体が慣れてきている。それが少し、嫌だった。
「上達してますよ」とニルが言った。
「うるさい」
戦闘後の路地を出ようとして、俺は立ち止まった。
男の子がいた。
先週の、あの子だった。
膝に泥がついている。走ってきたのか、転んだのか。でも顔は怖くない。むしろ、ぱっと明るくなった。
「いた!」
「……」
「かっこいい!」
「やめろ、そういうの」
「なんで?かっこいいじゃん」
俺はため息をついた。
「かっこよくない。フリルついてんだぞ、これ」
男の子は俺のスカートを見た。ふむ、という顔をした。
「フリルもかっこいい」
「なんで」
「なんかひらひらしてる。かっこいい」
「それは理由じゃない」
俺は腕を組んだ。男の子は特に動じなかった。じっとこちらを見ている。目が大きい。茶色くて、まっすぐで、なんか押しつけがましくない目だ。
「名前」と俺は言った。
「コウタ」
「何年生」
「一年生」
「家、ここらへんか」
「おばあちゃんちが近い。毎週木曜に来る」
それで合点がいった。こいつが毎週ここにいる理由。俺が毎週ここで戦う理由。タイミングが悪すぎる。
「危ないから、近づくな」
「でも見たい」
「見てどうする」
「かっこいいから」
「だから、かっこよくないって」
コウタはまた俺のスカートを見た。ひらひらを確認している。それから顔を上げて、「かっこいいよ」と言った。
こいつは話が通じない。そう思った。
追い払えばよかった。でも俺は「もう来るな」とも言わなかった。なんでかは、うまく説明できない。ただ、コウタが俺の話をちゃんと聞くやつだったからかもしれない。否定しない。茶化さない。フリルを見て「かっこいい」と言う。頭がいいのか悪いのかわからないが、変なプレッシャーがない。
それが、なんか、悪くなかった。
「帰れ」と俺は言った。
「うん」とコウタは言った。「またね」
またね、と言って帰った。
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「懐かれましたね」
変身が解けた後、ニルが言った。
「うるさい」
「意外と面倒見いいですよね、晶さん」
「どこが」
「追い払わなかったじゃないですか」
「……別に」と俺は言った。「追い払うほどでもなかっただけだ」
ニルは黙った。また変なタイミングで黙るやつだ。
俺は夜の商店街を歩いた。肉まんはもう冷めていた。
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翌週も、コウタはいた。
翌々週も、いた。
毎回「かっこいい!」と言って、毎回俺が「やめろ」と言った。コウタは全然やめなかった。ただ、それ以上でもそれ以下でもなかった。べたべたしてくるわけじゃない。ただ、いる。見てる。「かっこいい」と言う。それだけだ。
三週目に、コウタが聞いた。
「魔法少女って、大変?」
俺は少し考えた。
「まあ」
「何が大変?」
「衣装」
コウタはしばらく考えた。ちゃんと考えていた。
「そっか」
それだけ言った。余計なことは言わなかった。
なんか、変なやつだ。でも嫌いじゃない。俺はそう思って、また「帰れ」と言った。コウタは「うん」と言って帰った。
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もう一人の魔法少女に会ったのは、四週目だった。
その日は場所が違った。いつもの裏路地じゃなく、川沿いの道に敵が出た。変身して走ったら、すでに誰かがいた。
水色のコスチュームだった。
スカートに金の縁取り。髪を高く結んでいる。背筋がまっすぐで、ステッキじゃなくて細い槍みたいなのを持っている。
俺のより、明らかにデザインがいい。
それだけで少し腹が立った。
向こうがこちらを見た。警戒していない。ただ、確認するみたいに見た。
「あなたも、ここの担当?」
落ち着いた声だった。
「さあ」と俺は言った。「担当とか、よくわかんね」
「そっか」
それだけ言って、向こうは敵の方を向いた。
一緒に戦った。息は合った。言葉はいらなかった。向こうは速くて正確で、無駄な動きがない。俺は力任せに見えるかもしれないが、ちゃんと考えて動いている。お互いの動きが邪魔にならなかった。
五分かからずに終わった。
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終わってから、向こうが聞いた。
「なんで戦ってるの?」
唐突だった。でも嫌な感じはしなかった。ただ、純粋に聞いている声だった。
俺は少し考えた。
「契約。仕方なくだけど?」
「そっか」
否定も肯定もしなかった。少し間を置いて、こう言った。
「私は違うよ。守りたいから、戦ってる」
「……そっか」
それだけ言った。
別にすごいことは言っていない。正義とか使命とか、そういう話だろ。よく聞くやつだ。俺には関係ない。
なのに、なんか、引っかかった。
喉の奥に、小さい何かが刺さった感じがした。飲み込もうとしても、飲み込みきれない。
向こうは「またね」と言って行ってしまった。コウタと同じ言い方だった。
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帰り道、ニルが聞いた。
「どうでした?あの子」
「別に」
「引っかかってるじゃないですか」
「引っかかってない」
「顔に出てますよ」
「出てない」
ニルはふうん、と言った。信じてなさそうな声で。
俺は川沿いの道を歩いた。水の音がした。風が来た。五月の夜は、少し肌寒い。
守りたいから、戦ってる。
頭の中で、その声がまだ鳴っていた。
俺は仕方なく戦っている。それは本当だ。契約したくなかった。フリルも嫌いだ。ステッキも持ちたくない。
ただ、一個だけ、うまく処理できないことがあった。
コウタが毎週来る。コウタが「かっこいい」と言う。コウタの「そっか」が変なところで刺さる。
仕方なく戦っているやつが、それでいいのか。
「ねえ、ニル」
「はい」
「あいつ、名前なんていった」
「水色の子ですか?聞いてませんでした」
「そうか」
「気になりますか」
「別に」と俺は言った。「次会ったら聞けばいい」
ニルはまた黙った。
俺は夜の道を歩いた。フリルはもうない。胸ポケットがそわそわしている。
来週の木曜日が、少しだけ、怖かった。
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第3話へつづく
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
少しずつですが、
関係と考え方の両方に変化が出てきました。
まだ本人は「仕方なく」と言い張っていますが、
そのズレがこの先どうなるのか、という話です。
よければ、続きも読んでもらえたら嬉しいです。




