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第1話「契約、してません」

はじめまして、あるいはいつもありがとうございます。


今回は俺っ子の魔法少女になりたくなかった子が、

なんだかんだ巻き込まれていく話です。


ゆるく読んでもらえたら嬉しいです。


 第1話「契約、してません」


 放課後の廊下は、うるさい。


 部活に向かうやつらが走って、笑って、呼び合って、それで廊下が埋まる。俺――神代晶は、その流れに逆らうみたいにして昇降口まで歩いた。急いでいるわけじゃない。ただ、用がないだけだ。


 帰宅部というのは、要するにそういうことだ。放課後になったら帰る。シンプルでいい。


 靴を履き替えて、外に出たら、五月の風が来た。悪くない。俺はイヤホンを片耳に差して、いつもの道を歩き始めた。


 コンビニで肉まんを一個買って、食べながら帰る。それが木曜日のルーティンだ。特に意味はない。木曜日の肉まんがうまいわけでもない。ただ、なんとなく続いている。


 帰り道は商店街を抜けて、住宅街に入って、公園の脇を通る。


 その公園の脇で、変なのに声をかけられた。


-----


 「やあやあ。ちょっといいですか」


 街灯の根元から声がした。


 俺は立ち止まった。見ると、白い何かがいた。猫より小さい。耳が長い。ウサギとも違う。なんか微妙なシルエットで、目だけがぎらっと光っていた。


 「なんだ」


 「あ、話聞いてくれる人だ。助かります」


 白い何かは、ふわっと飛んで、街灯の上に乗った。目線が合った。


 「お嬢さん、魔法少女に興味はありますか」


 お嬢さん、ときた。


 「ない」


 「即答」


 「当たり前だろ」


 俺はそのまま歩こうとした。


 「あ、ちょっと待ってください。ほんとにちょっとだけ。三十秒でいいです」


 「いらない」


 「二十秒」


 「だから」


 「俺っ子の中学生が帰宅部で毎週木曜にコンビニで肉まん買って帰る、その時間を有効活用しませんか」


 俺は立ち止まった。


 「……なんで知ってんだ」


 「いやあ」と白い何かは言った。「いろいろと」


 これは怪しい。というか確実に怪しい。でも俺は一歩戻って、そいつをちゃんと見た。白くて、目が大きくて、なんかにやにやした顔をしている。


 「名前は」


 「ニルです」


 「何者だ」


 「魔法少女のパートナー的存在です。わかりやすく言うと」


 「全然わかりやすくない」


 「まあまあ」とニルは言った。「話だけでも聞きません?」


 俺は腕を組んだ。


 「手短に」


 「やった。じゃあ」


 ニルが光った。気づいたら、胸ポケットに何かが飛び込んでいた。


 体が、熱くなった。


 「あ、契約完了です。ありがとうございます」


 「してない」


 「いやあ、話を聞くってことはつまり」


 「してないって言ってんだろ!」


-----


 それから先は、できればなかったことにしたい。


 ふわふわのフリルがついたスカートで、俺は路地裏に立っていた。頭にリボン。手袋が白い。細いステッキを、なぜか持っている。


 「似合いますよ」


 肩の上に乗ったニルが言った。


 「黙れ」


 「いや、ほんとに。客観的に見て」


 「黙れって言ったろ」


 「でも晶さん、脚きれいだし」


 「次しゃべったら投げる」


 ニルは黙った。賢い判断だ。


 変身した経緯は未だに納得していない。ニルいわく「緊急時の自動起動です」ということだが、緊急でも何でもなかった。路地に入ったら急に変身が始まっただけだ。後でちゃんと問い詰める。


 問題は、今それどころじゃないことだ。


 路地の奥に、何かがいた。


 人の形はしているが、輪郭がぐにゃぐにゃと歪んでいる。目がない。口だけがある。口が、でかい。


 「あれが敵です。やっつけてください」


 「戦い方を知らない」


 「大丈夫です。体が勝手に動きます」


 「そんな説明で」


 「契約の時に流し込んであるので」


 俺は一瞬、ニルを見た。


 「ちゃんと説明しろよ、順番に」


 「だって説明したら絶対断るじゃないですか」


 こいつは信用できない。確信した。


 でも今は、そいつより目の前のやつだ。


 俺はステッキを握って、走った。


-----


 戦い方は、本当に体が知っていた。


 敵の動きが見えた。どこに踏み込めばいいか、ステッキをどう使えばいいか、なぜかわかった。


 三秒で終わった。


 「つよ」とニルが言った。


 「うるさい」


 敵が消えた跡を見て、俺は息を整えた。フリルが揺れた。こんな格好で戦いたくない、とは思ったが、思っても変わらないので黙っておいた。


-----


 路地の奥に、男の子がいた。


 小学生くらいだ。六歳か七歳。膝を抱えて、壁に背を当てて、半泣きでそこにいた。逃げなかったのか、逃げられなかったのか。


 俺を見て、ぱちっと目を開いた。


 なんか言うかと思ったら、しばらく黙っていた。それからゆっくり立ち上がって、俺に向かって頭を下げた。


 「……ありがとう」


 小さい声だった。ちゃんとした声だった。


 俺は少し間を置いた。


 「別に」と言った。「仕事みたいなもんだろ、これ」


 男の子は、俺をじっと見た。


 なんか考えているみたいだった。それからうん、と頷いた。


 「そっか」


 それだけ言って、男の子は路地を出ていった。


-----


 変身が解けて、俺は制服に戻っていた。


 ニルが肩に乗ったまま、「どうでした、初戦」と聞いた。


 「最悪」


 「そうですか」


 「衣装がダサい」


 「個性的だと思いますけど」


 「フリルが揺れるたびにテンション下がる」


 ニルは、まあまあ、と言った。話を流すのがうまいやつだ。


 俺は商店街の方に歩き出した。肉まんはもう食べてしまった。腹は減っていない。でも、なんか、口の中が空っぽな感じがした。


 「ねえ」と俺は言った。


 「はい」


 「あの子供、大丈夫だったか」


 「ちゃんと帰りましたよ。さっき確認しました」


 「そうか」


 「気になるんですか」


 「別に」と俺は言った。「確認しただけだ」


 ニルは何も言わなかった。


 信用できないくせに、変なタイミングで黙るやつだ。


 俺は夜の住宅街を歩いた。フリルはもうない。イヤホンも外れてどこかに行った。


 なんで契約したんだ、と思った。


 してないけど。


-----


第2話へつづく

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。


まだ始まったばかりですが、

この子がどう変わっていくのかを書いていく話です。


よければ、続きも読んでもらえたら嬉しいです。


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