第7話「守るって、何だ」
第7話「守るって、何だ」
二月になった。
寒さがいちばんきつい時期だ。息が白い。地面が固い。変身しても、耳が冷たい。リボンが風で暴れる。前から思っていたが、このデザインを考えたやつは冬のことを考えていない。
「ニル」
「はい」
「衣装、変えられるか」
「変えられません」
「耳当てくらいつけられないのか」
「コンセプトがあるので」
「コンセプトより耳だ」
「まあまあ」
また誤魔化された。こいつは本当に信用できない。俺は耳を押さえながら路地を歩いた。
その日はふぶきと三回目の共闘だった。
今月だけで三回目だ。エリアがかぶっている、というより、最近敵の出る場所が集まってきている気がする。ニルに聞いたら「そういう時期があります」と言った。詳しく聞いたら「まあまあ」と言った。
敵は強かった。
今月に入ってから、少しずつ手応えが変わってきていた。動きが速い。数が多い。今日は三体同時だった。
ふぶきが二体引きつけて、俺が一体を片付けた。それからふぶきの方に回った。二対二になった。息が上がった。それでも七分で終わった。
「きつくなってきたね」とふぶきが言った。
「そうだな」
「最近多いし、強い」
「ニルに聞いたら誤魔化された」
「うちのパートナーも同じ。のらりくらいしてる」
「マスコット系は全部そうなのか」
「そうかもね」
二人でため息をついた。息が白かった。
公園の前まで来たとき、コウタがいた。
ベンチではなく、入口のところに立っていた。スケッチブックを抱えて、こちらを見ていた。
「晶」
「コウタ。今日は早いな」
「おばあちゃんちに来たら、もう終わってた」
「見てたのか」
「うん。三体いた」
「危ないから近づくなって言っただろ」
「離れて見てた」
俺はため息をついた。こいつはいつもそうだ。離れて見ている。それ以上は近づかない。ただ、見ている。
コウタがふぶきを見た。
ふぶきもコウタを見た。
「友達?」とふぶきが聞いた。
「違う」と俺は言った。
「違くない」とコウタが言った。
俺とコウタが同時に言った。少し間があった。
ふぶきが笑った。
「こんにちは。水瀬ふぶきっていいます」
コウタが少し考えて、「コウタ」と言った。それから、ふぶきをじっと見た。
「かっこいい」
「ありがとう」
「晶もかっこいい」
「知ってる」とふぶきが言った。
「知ってるな」と俺は言った。
コウタが満足そうに頷いた。こいつの基準はよくわからない。
「絵、描いてるの?」とふぶきがスケッチブックを見て言った。
コウタが頷いて、スケッチブックを開いた。魔法少女の絵だった。半年前よりうまくなっていた。フリルの線がちゃんとフリルになっていた。
ふぶきが目を細めた。
「上手」
「練習した」
「誰の絵?」
「晶」
ふぶきが俺を見た。俺は前を向いた。
「かっこいいから手元に置きたいんだって」と俺は言った。「そいつの言葉な」
「素直でいいね」とふぶきが言った。
「うん」とコウタが言った。「ふぶきさんの絵も描いていい?」
「いいよ。嬉しい」
コウタがにこっとした。それからスケッチブックを閉じて、「帰る」と言った。
「またね」とふぶきが言った。
「またね」とコウタが言って、公園の方に走っていった。
二人になった。
「かわいい子だね」とふぶきが言った。
「まあ」
「友達じゃないって言ってたけど」
「違うだろ。ガキだぞ」
「関係ない気がする」
俺は返事をしなかった。
川の方から風が来た。ふぶきがコートの襟を立てた。変身が解けていた。俺も制服に戻っていた。
「ふぶき」
「うん」
「守りたいから戦ってる、って言ってたよな」
「うん」
「守りたいのって、誰だ」
ふぶきが少し黙った。
「……弟」とふぶきは言った。「小三の」
「そうか」
「魔法少女になったとき、最初に思ったのがそれだった。弟のいる街を守れるなら、やろうって」
「なりたくてなったのか」
「そう。私は自分で選んだ」
俺とは違う。そう思った。でも責める気にはなれなかった。むしろ、すっきりしている、と思った。理由がちゃんとある。それで動いている。
「弟、知ってるのか。お前が魔法少女だって」
「知らない。知らせてない」
「なんで」
「心配させたくないから」
ふぶきが少し笑った。今日は少し違う笑い方だった。少しだけ、疲れた感じがした。
「そわそわしてるって言ったじゃないですか、って顔してる」
「してない」
「してる。まあ、そう。守りたいくせに、心配させたくない。矛盾してるのはわかってる」
「矛盾してない」と俺は言った。
ふぶきが俺を見た。
「守りたいってのは、無事でいてほしいってことだろ。それで心配させたくないなら、矛盾してない。同じことだ」
ふぶきがしばらく黙った。
「……晶、たまにそういうこと言うね」
「そういうことって何だ」
「ちゃんと考えて、ちゃんと返すやつ」
「普通だろ」
「普通じゃないよ」
ふぶきの声が少し柔らかかった。俺は川の方を向いた。
守りたいものがある。だから戦う。
俺には、それがあるか。
コウタの顔が浮かんだ。先週のふぶきの顔も浮かんだ。半年前に、仕方なく飛び込んだあの夜も浮かんだ。
わからない、とはもう思わなかった。
ただ、うまく言葉にできなかった。
「晶は」とふぶきが言った。「守りたいもの、ある?」
俺は少し考えた。
「……あると思う」
「思う?」
「まだ言葉にできてない」
「そっか」
ふぶきは急かさなかった。ただ頷いた。
「言えるようになったら教えて」
「教えない」
「じゃあ言えるようになったら、自分で気づいて」
「それ前も言ったろ」
「大事なことだから」
ふぶきが笑った。今度はいつもの笑い方だった。疲れた感じはもうなかった。
俺は少し間を置いた。
「……お前の弟、元気か」
「元気。うるさいくらい」
「そうか」
「なんで聞いたの」
「別に」と俺は言った。「聞いてみただけだ」
ふぶきがまた笑った。
「ありがとう」
「礼はいらない」
「言いたいから言う」
またそれだ。こいつは本当に変なやつだ。でも、今日も嫌じゃなかった。
「またね、晶」
「まあ」と俺は言った。
また、まあ、だ。
でも今日は、それでよかった気がした。
帰り道、ニルが静かだった。
珍しい。こいつは黙っていることが少ない。今日は珍しく、商店街を抜けるまで何も言わなかった。
「ニル」
「はい」
「何も言わないな」
「晶さん、考えてるかなと思って」
「考えてない」
「そうですか」
「……守るって、何だと思う」
ニルが少し間を置いた。
「晶さんが考えてるんじゃないですか」
「お前の考えを聞いてる」
「俺には守るものがないので、わかりません」
「そうか」
「晶さんには、あるんですか」
俺は少し考えた。
「……たぶん」
「それでいいと思いますよ」とニルが言った。
「なんで」
「たぶん、がちゃんとあるのは、なんとなく、よりずっといいので」
俺は返事をしなかった。
夜の住宅街を歩いた。街灯の光が白かった。
たぶん、がある。
それで、今は、十分な気がした。
第8話へつづく




