6話 従者の心遣い
リズニアの王都シェナヴィーゼ。それはリズニア最大の都市であり、政治だけでなく文化や流行、交易の中心の地でもある。華やかさの一方で、下町に入ったとたんに貧富の差を感じる場面が多くなる。人族の光と影が混在する、そんな場所である。
第二妃のお披露目会でリンファが起こしたアベルに対する殺人未遂事件は表沙汰になることはなく、内々に処理された。結局の所、彼女は侍女にそそのかされて毒が入っていると知らず、アベルに睡眠薬が入っている飲み物を渡そうとしただけだということがわかった。その侍女は取り調べの最中に服毒自殺をしてしまい真相は闇の中になってしまったのだった。
故意ではなかったとは言え、彼女がアベルに毒を飲ませてしまうところだったということもあり、リンファは真相が明らかになるまでリズニアの監視下に置かれることとなった。事件から2週間後あたりでアベルと同じ学園に留学という形で通うことになったのである。
さらにこの事件の中で大きな問題だったのは、使われた毒がラヴィーネ毒蛇から生成されたことであった。ラヴィーネ毒蛇は大山脈の一部にしか生息しておらず、その毒をシェルドントやリズニアで入手することは極めて困難なのであった。つまり、毒を用意したのは村に通じる人物である可能性が浮上した。真っ先に疑われたのは、リズニア国王殺害未遂で手配されているシュタイナーであった。そのことから、国内ではより一層の警備が配置されることとなった。シュタイナーが身近に絡んでいる可能性がある以上アベル自身も動きたかったのだが両親から今までにないほど強く反対され、その件に関してはじっとしていることしか選択肢はなかったのだった。
アベルはイズールのカトライア学園からリズニアのダリエ学園に転入という形になった。学園の規模はこちらのほうが大きく、カトライア学園に比べダリエ学園はとても華やかであった。
両者の大きな違いは、初等部の扱いであった。イズールではすべての階級の貴族の子どもたちは原則として初等部から学園に入る。一方でリズニアのダリエ学園は初等部に関しては、各領地の学校に通ったり家庭教師をつけるなどでも良く、初等部から通っているのはシェナヴィーゼに別邸を構えている上級貴族や宮廷で働く貴族の子どもたちが中心であった。ダリエでは初等部から学園に通えるということは名誉なことであると認識されているが、それと同時に幼いうちは親元に置いておきたいと考える者も少なくはなかった。そのため、初等部から通っているのは全体の3割に届くかどうかというところであった。
ともに王国立ではあるものの、国の規模の差によるものなのか繁栄による差なのかそれともアベル自身の心境の変化なのか、彼はこちらの学園のほうがキラキラしているように感じていた。
"ちょっと華やかすぎる。もっとシンプルなほうが好きなんだけど。どっちの国でも貴族はやっぱり貴族なんだな"
イズールでもリズニアでも、上位の貴族が下位の貴族や平民に威張り散らしていることに変わりはなかった。むしろリズニアはイズールよりも繁栄しており貧富の差が大きいためか、よりそれが顕著であった。
"俺の理想には遠く及ばない"
アベルは心の中でため息をついた。彼の理想を追求しようとするには身分制度を大きく変える必要があった。それは今の世界では考えられないようなことであり、夢のまた夢の話なのであった。
アベルは学園に来た初日から好機の目にさらされ、ゆく先々で質問攻めにあった。それは彼にとっても意外なことであった。
"もっと冷遇されるかと思っていたけど、、"
人族が魔族に苦手意識を持っていることに変わりはないが、その理由は魔法が使えることと、彼らの特徴である金色に近い瞳にあった。つまり、アベルは見た目も魔法が使えない点も人族と何ら変わりはないのである。そのような理由から彼は比較的リズニアで受け入れてもらいやすかったのであった。
ちなみにナディアに関しては見た目も能力も魔族そのものであるために恐れられている部分もあるが、国王の第二妃であり、ヨハナの目も光っているので表立って何かがあるわけではなかった。
さらには、国王とのラブロマンスは国中を駆け巡り、シェナヴィーゼの大劇場では二人をモチーフにした歌劇や書物などが制作され始めていた。アベルは両親から、"先日自分たちの元に有名な作家がインタビューに来て、根掘り葉掘り聞かれて恥ずかしかった"と聞いていた。それに対してアベルが頭を抱えたのは無理もない話であった。
6の月の17日目。アベルがリズニアで暮らし始めて2週間以上が経ち、こちらの王宮や学園の生活に少し慣れ始めた頃のことだった。
放課後になり、グレーの制服姿のアベルは学園内にある学生用の稽古場へ向かおうと足を早めた。その隣には黒い従者服姿のコードが歩いていた。途中の道にはたくさんの人がいた。それは帰宅する令嬢や令息を迎えに来た従者もいるからという理由だけではなかった。
「アベル様。あの、このあとよろしければ私が街の案内を」
「だめよ。私が先よ」
「アベル様は私が良いですよね?」
コードと合流したアベルを三人の上級貴族の娘たちが囲った。この三人のほかにもたくさんの女子がアベルに声をかけようと集まっていた。皆顔を赤らめもじもじとしていた。
「すみません。剣の稽古がありますので。失礼します」
アベルはそんな彼女らに目もくれずスタスタと歩いていった。その隣をコードがニヤニヤしながら歩いていた。
彼らが目指す稽古場はアベルのいる高等部専用である西校舎から徒歩で5分くらいの学園の北端のほうにある。それは順調に歩ければの話であった。毎日のように人に囲まれるため、5分の道のりは20分以上にもなった。
『モテ期到来ですね。やはり私の目に狂いはなかった。イズールでも本来はこうなるはずだったんですよ』
コードがアベルにイズール語で話しかけた。その声は喜びに満ちていた。
周りにはなおたくさんの人がおり、隙があろうものならアベルに話しかけようとする男女で溢れていた。アベルは王位継承権こそないものの王子であり、男女問わずお近づきになりたい者が後を絶たないのだ。ルックスも良く、さらに一際輝くターコイズブルーの瞳は王家代々のものであり、国民の憧れでもあった。
『うるさい。毎日付きまとわれてるこっちの身にもなれ』
一方のアベルはげっそりとしていた。
『意外でしたね。もっと女子に対する抗体がないかと思っていたんですが。あのリンファ様にもなびかなかったのは高く評価しますね』
『他に興味ないからな』
『ほう。思っていたよりも硬派でしたね。頭のネジがぶっとぶのは彼女の前だけでしたか』
コードは涼しく笑った。
一方でアベルはコードを睨みつけた。
『いくらでも言ってろ。こっちの気も知れずに、そうやって面白がってさ』
アベルは目を伏せた。
『そんなにこの状態を抜け出したいですか?』
しばらくの沈黙の後、主人の様子を見かねてコードが尋ねた。
『あぁ、できるものならな』
アベルは半ばやけくそに答えた。その返答に、コードは瞳を閉じた。
『わかりました。このコード、一肌脱ぎましょう』
コードは何かを決意したかのように瞳を開きそう言うと、突然歩くのをやめ、アベルを優しく抱きしめた。
その瞬間、周りの女子たちから悲鳴が上がった。
「すみません、アベル様は俺のものですので。誰にも渡しません」
コードは流暢なリズニア語でわざと周りに聞こえるように言った。
さらに周りは悲鳴を上げた。一部の声色には歓喜に満ちたものが含まれていた。
『お、お前!!!何するんだよ!』
アベルはコードから離れようとしたがコードがそれを許さなかった。コードはアベルに耳打ちをした。
『こうすれば女子は寄ってきませんよ』
その瞬間、アベルは青ざめた。
『そういう問題じゃないー!!』
アベルが何を叫んだのか、周りの人々は理解できなかった。
◇◆◇
「ねぇ、フランツ!大変よ、大変!」
学園内のとある場所にて。サラサラとした赤毛をポニーテールにした少女が薄茶色の短髪の少年の元に走ってきた。少女の明るい茶色の瞳は興奮に輝いており、頬が赤らんでいた。フランツと呼ばれた少年は鮮やかな黄緑色の瞳を歪めた。彼は知っているのだ。彼女が興奮して話題を持ってくるとき、自分が巻き添えを食らう確率が高いことを。
「リリー、一体何を騒いでるんだ。もう行かないと、稽古に遅れてしまう」
「あのね、あのね、アベル様がね!」
その名前を聞き、フランツは軽く舌打ちをした。その表情は先程よりもさらに険しいものとなった。
「お前もかよ。そりゃそうだよな。爽やかで背も高くてイケメンで強くて、リズニアの王子様だもんな」
「そんなことはどうでもいいのよ!彼ね、従者と出来てたのよ!!!」
「はぁ?」
リリーの予想外の言葉にフランツは思わず聞き返してしまった。
「この目で見たの!あのイケメン魔族従者がね、アベル様を抱きしめて"誰にも渡しません"って!!」
「そ、そうか。へぇ」
フランツは引き気味に答えた。
リリーはなおも興奮していた。
「もう、鼻血が出るかと思ったわ!」
「お前な。その趣味どうにかしてくれ。そしていつもお前の脳内で無駄にカップリングされる俺の身にもなれ!」
「ねぇ、フランツ?」
リリーが上目遣いでフランツを見つめる。その姿にフランツはドキリとしたものの、すぐに冷静になった。
「嫌だ。絶対に嫌だ!」
「まだ何も言ってないじゃない。ねぇ、フランツとアベル様の絡みが見たいだけなの」
「だと思ったよ!そんなこと婚約者に頼むなよ!」
「だって、フランツ可愛いし、アベル様と並んだら絶対イケると思うの」
「やめろ」
「今まではフランツとお義兄様がベストカップルだと思ってたんだけど、これは軽く超えるわ」
「やめろ。そして勝手に俺と兄さんをカップリングするんじゃない」
「あぁ、フランツがアベル様に照れたりしたら、私、悶え死ぬわ。従者も含めた三角関係!なんという危ない響き!」
リリーは瞳を輝かせた。
「勝手に悶え死ね!いや、死ぬな!俺はあんなやつに照れないし、絡みもしない!そして勝手に三角関係にするな!!」
「そんな毛嫌いしなくても。王子様、今は苛立ってるけど、悪い人には見えないよ?」
「気に入らないものは気に入らない!俺は行くぞ!」
そう投げ捨てるように言うと、フランツはリリーを置いて学園の北端の方へ向かった。
「絶対、相性いいと思うんだけどなー」
リリーは頬を膨らませ、ボソッと呟いたのだった。
◇◆◇
その日以来アベルは従者とできているなどという噂が立ち、アベルを待ち伏せる人だかりは嘘のように減った。そのかわり、二人のことを遠くから温かく見守ろうとする視線が多くなり、アベルはそれはそれでやりにくさを感じるのであった。




