5.5話 深紅と深緑と④
リンファ目線のお話です。
次の日の朝、私は鉄格子がはまった小さな小窓から入ってきた光で目が覚めた。朝の空気は引き締まっているように感じられた。
『おはようございます、姫君』
突然鉄格子の前に現れたのはフォルカーだった。足音もせずいきなり現れたので私は驚いた。
『おはよう。ってかいつからいたのよ?』
『姫君の寝起きの顔でも拝もうかと思って待ってたんです』
『趣味が悪いわ。ねぇ、顔色が良くない。ちゃんと寝たの?』
フォルカーの顔色はあまり良くなく、目元にはうっすらとクマが浮かんでいたのだ。
『夜通し働くことだってありますよ。お気にせず。貴女も目が腫れてしまっている。さあ、行きましょう』
そういうとフォルカーは足元に置いていた桶を持ち、鉄格子の鍵を開けた。桶の中にはタオルなども入っていた。
『行く、ってどこへ?』
『顔だけでも洗いにね。本当は湯浴みとかもさせてあげたかったんですが、それは許してもらえなくて』
『いいの?』
『何だかんだでお姫様ですからね。ほら、行きますよ』
『ちょっとまって。手縄はしなくていいの?』
そう、私の手首には手縄などがなかったのだ。
『そんなのしてたら顔を洗えないでしょう?まぁ、僕がゴシゴシ洗ってあげるってのもありなんですが』
そういうとフォルカーはいたずらっぽく笑った。
『そんなのなしよ。でも、私逃げるかもしれないわよ?』
『あはは、ムリムリ。僕のほうが足速いですし。言っておきますが、僕は男としては小柄なほうですがそのへんのやつよりは強いですからね?昨日はあんな格好しといて説得力にかけるかもしれませんが。ほら、あんまり時間がないんですからいきますよ』
『わかったわ。ありがとう』
私達は部屋を出た。
フォルカーが案内してくれたのは塔の一階部分にある洗面場だった。ここは本来警備の兵が使う場所であった。
私はフォルカーから桶の中身を受け取った。驚いたことにタオルだけでなく石鹸や保湿のためのオイルなどもあった。
フォルカーは少し待っててください、と言うと桶を持って外に出た。私は気になって出入り口から外を覗いた。外には近くに小さめな井戸があり彼はそこで水を汲んでいた。水を桶に注ぐとすぐにこちらに戻ってきた。
『わざわざ汲みに行かなくても。水瓶の水で十分なのに』
洗面場には水瓶があり、十分な水があったのだ。私が逃げ出すリスクを負ってまでわざわざ汲みに行く必要などないはずだった。
『いやいや、そんな野郎どもが使ってるような水を使わせるわけにいかないでしょう。姫君なんですからね』
行きますよ、そう言うと彼は桶を持ったまま洗面場へ向かった。
『過保護すぎるわ。私は捕縛されてる身なんだからそんなに気を使わないでよ』
『僕の気持ちの問題ですからね。さぁ、さくっと洗っちゃってくださいな』
私はありがたく水をつかわせてもらうことにした。汲みたての水はキラキラと透き通っており、ひんやりと冷たかった。石鹸はほのかに柑橘の香りがする爽やかなものだった。それは昨夜の毛布と同じ香りで、王宮全体で使われているものなのかもしれないと思った。
顔をすすぎタオルで拭いたあとに、オイルを使わせてもらうことにした。香りや色からしてオリーブ由来のものだと思われた。決して安いものではないはずなので申し訳ない気すらしてきてしまった。このフォルカーという男はどこまで過保護なのだろうか。それともこれまでもがリズニアの気遣いなのだろうか。後者だとすればなんと素晴らしい国なのだろうか。シェルドントも見習うべきところがたくさんあるなと呑気に考えてしまった。
私は顔を洗い終えるとフォルカーの元に戻った。
『ありがとう。いい香りの石鹸ね。でもなんでオイルまであるの?』
『女装の関係でよく化粧の練習をするので、オイルがないとヒリヒリしちゃうんです』
『そう。フォルカーは仕事熱心なのね。ごめんなさい、貴重なオリーブのオイルなのに』
『気にしないでください。リズニアの南端の方では比較的よく採れるんです。リットの実家のほうですね』
『羨ましい限りだわ。って、別にいらない情報ね。彼の出身家がわかってしまったわ。あの地は作物が豊かだものね』
『ふふ、詳しいのですね』
『それはそうよ。他国から婿をもらうのにちゃんと勉強しておかないと失礼でしょ?』
『はは、それは素晴らしい。え。あ、ちょっと、まさか!あの家から婿をとかも視野に入ってました?!』
その瞬間、自分で言っておきながらフォルカーは顔を青くした。年齢的には丁度いいよな、なんてブツブツ呟きながら。私はおかしくなって笑ってしまった。
『ちょっと、笑わないでくださいね。僕にとっては死活問題なんですから!』
『ごめんなさい。ふふ、たしかに視野には入っていなくはないけれどもね。"リズニアの御三家"なら申し分ないし。でも、貴方からリットさんを取ろうなんて考えてないわよ。そもそも私は母国で幽閉でしょうからね。これだけ問題を起こしてるのだもの』
『御三家、ね』
そう呟いたフォルカーの表情は少し曇ったように見えた。何か気になることでもあるのだろうか。するとフォルカーは私の顔をまじまじと見つめてきた。私はその真剣な顔にドキッとしてしまった。
『それにしても、化粧取ると』
彼の言いたいことはわかった。私は彼の言葉を途中で遮った。
『それ以上言わないで。わかってるわ』
『やっぱり僕はこっちのほうが好きですけどね。年相応な感じで。無理して背伸びしなくても人は歳を取るんだし』
彼はニコニコとしながら言った。悪気がなさそうなのが憎いところである。
『気にしてるのよ、童顔なのを。貴方は良いわよね、元が大人っぽくて美人だもの』
『人はないものねだりな生き物ですね。さぁ、そろそろ行きましょう。いいですか?絶対に嘘をつかないで、素直に謝り通してください。多分動揺すると思いますが、やってもないことは絶対に認めないでください』
『わかったけど、どうしたのよ?』
『言えないんです、すみません。でも僕は貴女を信じてるんです。それだけはわかっててほしい』
フォルカーは再び真面目な顔で言った。本当にコロコロと表情が変わる人だ。
『わかったわ』
昨日からフォルカーの様子がおかしいのは気になっていたけれど、一体何なのだろうか。このときの私には予想もつかなかったのだった。
私が通されたのは王宮内の広い簡素な部屋だった。この簡素というのは私の知る他の部屋と比べてということである。真ん中には大きな机があり、リズニア国王陛下、アベル様、私の父であるタイランが並んで着席していた。お父様は心労のためかさらに老け込んでしまったかのように見えた。黒髪に混じる白髪が増えてしまったからかいつにも増して黒い瞳の周りが少しくぼんでしまっているからか、実年齢よりもだいぶ老けて見えた。そうさせてしまったのは私だと思うと心がえぐられそうであった。三人の表情は重く、特に国王様のターコイズブルーの瞳が冷え切っているように感じ、私は身震いした。
3人の奥には昨日の隠密の面々とアベル様の従者の姿もあった。その黒髪の従者に関しては国王様といい勝負で私のことを睨みつけており、視線で殺されるのではないかと感じるほどであった。
私は国王様に促されるまま、三人が腰掛けているテーブルから少し離れたところにポツンと設置された椅子に腰掛けた。
フォルカーは昨夜隊長と呼ばれていた大柄な男に耳打ちをすると部屋から出ていった。私は少しだけ心細くなった気がした。
「リズニア語で大丈夫だね、リンファ殿」
国王様の声はひどく冷たかった。私はその声に恐れながらはい、と答えた。
「君は、アベルに何をしようとした?」
私は息を整えると素直に話そうと口を開いた。
「私は、アベル様に酒と少量の睡眠薬を飲ませようとしました。そのために王宮の給仕二人を金で動かしました」
「何のために?」
「彼に私を襲わせ、既成事実を作ろうとしました。彼をどうしても婿として迎え入れたかったのです」
「その話に偽りはないな?」
「はい。大変申し訳ありませんでした。そんな卑怯な手を使わずに、正々堂々とぶつかればよかったと反省しています」
私は深々と頭を下げた。ここは素直に謝り続けるしかないのだ。
「ち、父上。彼女はそう言ってます。やはり何かの間違いです」
そういったのはアベル様だった。その言葉の意味が私には理解できなかった。国王様はアベル様の言葉を無視し、私に質問をぶつけた。
「あの飲み物は誰が用意した?」
「侍女のハンナです。飲み物の手配も、給士二人を抱え込むのも彼女に任せていました」
「ふむ。では、この計画を持ちかけたのは誰だ?」
その問いに私は回想した。あれはたしか、、、
「持ちかけた、というよりハンナと話しているときに自然とそういう話になりました」
「それはいつごろの話だい?」
「リズニアから招待を頂いた直後なので、3週間ほど前です」
「なるほど。カール、侍女からの取り調べとの相違は?」
アクセルは後ろを振り返り声をかけた。その問いかけに隊長と呼ばれていた男が反応し、一歩前に出た。
「はっ。侍女はすべてリンファ様からの指示だったと言っていました。リンファ様が"リズニアが魔族を受け入れたことを許せない"と言っていたと」
私はその言葉に耳を疑い、隊長の方を見た。隊長は話を続けた。
「リンファ様に毒を盛るように言われ、そのとおりにしたと」
「えっ?!」
私は思わず声を上げた。
その様子に反応したのは国王様だった。
「ほう、その様子だと初めて聞いたと?」
「私は毒を入れるなど指示していません!それに魔族を受け入れたことを許せないとも言っておりません!」
それに反論したのは隊長だった。
「しかし、リンファ様は私達に捕まったとき、魔族に対して大変否定的なことを言っておられます」
「それは事実ですが、ハンナの話は事実ではありません。魔族に対して否定的であるのは多くの人族に当てはまることです。アベル様には申し訳ありませんが」
「君の言い分はわかった。しかし、現実に飲み物には毒が入っていたんだ。もし万が一アベルがあれを一口でも飲んでいたら死に至るほどのね」
私は頭が真っ白になりそうだった。ハンナが裏切ったという事実が受け入れられなかったのもあった。それと同時に私がフォルカーに抱いていた不自然さが全て解消されていくのがわかった。毒物がついていたから彼はドレスを脱げだの触ってないかなどを聞いてくれていたのだ。
「そんな。私は、私は、、」
「父上。彼女は本当のことを言ってると思います」
そう言葉を発したのはアベル様だった。彼は被害者のはずなのに、なぜ私をかばうのだろうか。
「アベル。お前は殺されかけたんだぞ?なぜ庇うようなことをするのだ」
「直感です。イズールで鍛えられたので精度は高いかと」
その言葉に私は唖然とした。もちろん顔には出さないようにしてはいたけれど。直感で人を信じるなど、お人好しもいいところである。
「ツッコミどころ満載だな」
国王様は鼻で笑った。
「嘘をつくと人間は瞳が揺れるものです。彼女にそれがない」
よかった、直感だけで判断していたわけではなかった、と何故か安心してしまった自分がいた。
「女を侮るなよ。息をするように嘘をつく類の者もいる」
「それはわかってます。でも、彼女がそれとは限りません」
ここでドアがノックされた。国王様が許可を出すと、そこに現れたのはフォルカーだった。私はその姿を見て少し安堵した。
フォルカーは一礼すると口を開いた。
「陛下、例のお方を連れてまいりました」
「ご苦労。入っていただきなさい」
国王様のその言葉に、フォルカーが室内に入った。そしてそれに続いたのはあろうことか、ロシュディー様だった。
私は大きく顔を引きつらせた。よりにもよってロシュディー様だなんて、と私は心の中でフォルカーを恨んだ。とはいえ、私にもあの場にロシュディー様がいたのだから仕方のないことだ、ということはわかっていた。
「フォルカー、よく説得したな」
「昨夜それはもう何度も頭を下げましたとも。帰国の日程までずらしてもらいましたし」
"何が、僕を信じてほしいよ!私を追い詰めようとしてるじゃない!"
私はフォルカーを睨みつけた。フォルカーはこちらを見てあたふたしていた。後から聞いた話、フォルカーは目で落ち着けと合図を送っていたらしいけれど、このときの私にそれは伝わらなかった。私はフォルカーに裏切られたという気持ちから自暴自棄になりかけていた。
ロシュディー様は昨日とはうってかわり、ウェルダ特有の白くて足首まで丈のある民族衣装を身に着けていた。ロシュディー様は国王様たちに一礼した。
「リズニアの問題に巻き込んでしまって申し訳ない。後ほど父上にも謝罪を入れる」
「どうぞお構いなく。友人のためですから」
そう言うとロシュディー様は少しだけ口角を上げてアベル様の方を見た。
アベル様は友人という言葉を聞き少し口元をゆるめていたが、すぐに表情を戻した。二人はあろうことか友人になっていたのだ。きっと二人で私の悪口大会でも開いていたに違いない。そう思えば思うほど心が重くなっていった。
ロシュディー様はカール隊長に促され、私の左側の少し離れたところに着席した。
「ロシュディー殿。君は何を見た?」
国王様が聞いた。それに対してロシュディー様は臆することなく口を開いた。
「リンファ様が給仕からピンクの液体の入った飲み物を受け取ったのを見ました。その様子が少し不自然に思えたので彼女を尾行しました。すると、リンファ様がアベル様にその飲み物を渡そうとしていたので止めに入ったのです」
「なるほど。ちなみに何が不自然だった?」
「給仕の動きです。しきりにリンファ様のほうを確認していたことと、その飲み物を他の招待客が欲していましたが、予約の品なのでと断っていたんです」
「では、君はリンファ殿や給仕が毒を入れるのは見ていないんだね?」
「毒ですって?!なんのことですか?」
国王様の言葉にロシュディー様も驚いていた。
「アベルの受け取ろうとした飲み物には毒が入っていたんだ」
「睡眠薬や媚薬の類ではなく?」
「毒だ。しかもこの辺りで入手できるようなものではない、ね」
それを聞くとロシュディー様は少し考えてから口を開いた。私は覚悟を決めた。彼は私が怪しいと言うだろうと。そうなったらもう黒にしかなり得ない。世界とはそのようにできているのだ。
「陛下。恐れ多くも申し上げますと、リンファ様は白だと思います。言い方は悪いですが、彼女がアベル様のような超最良物件を殺す意味がありません。彼女の婿を取りたいという執念は身を持ってわかっております」
私は思わず、え?!といいながらロシュディー様の方を見た。
ロシュディー様は事実だろ?と私に言った。それを見て国王様は呆気にとられた。
「すごい言い方だな。いや、事実だが。その言い方だとロシュディー殿も言い寄られたことが?」
「ええ、僕が王太子になる前に。それに、我らウェルダやシェルドントがリズニアに喧嘩を売るメリットはもはやありません。国力差がありますからね」
ロシュディー様は淡々と言った。それに対して、国王様が言った。
「二国が、協力していたとすると?」
「そもそもその仮定がありえませんが、それならば可能性は、、いや、ないでしょうね。リズニアのバックにはイズールがついた。これではどうしようもない。それに、ウェルダとしてはシェルドントとリズニアが仲違いしてくれたほうが利益がありますし。武器や爆薬を買ってもらえるでしょう?でも僕はリンファ様の擁護をします。陛下ならばその意味がわかりましょう」
ロシュディー様はニヤリと笑みを浮かべた。この人はそういう男なのだ。二手も三手も先を読んで布石を打つのが得意なのである。その意見を聞いて国王様は少し考える素振りを見せた。
「なるほど」
「そもそも、自分で言っておいてなんですが、戦争や排除をしようという発想自体が古いんです。イズールとの国交が始まった今、どのように国を発展させていこうかを考えなければいけない。魔法という今まで人族が目を瞑ってきた概念と向き合う時が来たんです。戦争なんかしてるエネルギーがあればもっと違うことに回したほうが有意義ですね」
「ロシュ、お前、、」
アベル様は目を見開いていた。それは私も同じだった。自分とさほど歳が変わらない青年がそこまで考えていることに驚いたのである。
「ロシュディー、様」
私は名前を呼ばずにはいられなかった。命を救ってもらったようなものなのだから。
「勘違いしないでくれ。君のことは気に入らないが、シェルドントの事情は少しだけ聞いた。君の行動は今は少しだけ理解できる」
私はそれを聞きフォルカーの方を見た。すると彼は両手を合わせて口パクで"すみません"と伝えてきた。それは他言しないと言っていた部分に対するものだったようだ。私は心の中でフォルカーに何度もお礼を言った。
「すみません。その説はご迷惑おかけしました」
私はロシュディー様に深々と頭を下げた。
「君たちの話はわかった。もう一度、侍女やうちの給仕たちに話を聞かないといけないな。しかし、リンファ殿。忘れてはいけない。もし仮に君が何も知らなかったとしても、アベルに万が一のことがあったらとんでもないことになっていたんだ。世の中には知らなかったでは済まないこともあるんだ」
私はその言葉にはっとした。そうだ。私は危うく殺人犯になるところだったのだ。それは知らないでは済まされる問題ではない。私が顔を青くしていると、そこに口を挟んだのは今まで黙り込んでいた私の父だった。
「アクセル殿、娘の行動はすべては私のためにしようとしていたことなのです。罰は私が受けましょう」
「お父様?!何をおっしゃるのです?!私がやらかしたことです。お父様は何も関係ありません!」
私は声を荒げた。そんなことをお父様に言わせてはいけないのだ。
「関係ないわけないだろう。私が後妻のいいなりになってしまっていたのが原因なんだ。後妻との間に唯一の男子が誕生して、彼女が前妻との間の三人の娘たちを無理やり他国や自国の貴族に嫁がせようとして」
「お父様。こんなところで話してはいけません。他国につけ込まれるようなことをしては」
「でも、お前の身には代えられない。それに今のリズニアは漬け込むようなことはしない。チャールズの代から絶対の信頼を置いてるんだ」
「でも」
「陛下、リンファ殿。我々リズニアは口外しないことを約束しよう。ロシュディー殿もお願いできるか」
「わかりました」
国王様の問いかけにロシュディー様も頷いた。
「ありがとうございます、アクセル殿、ロシュディー殿。そしてリンファ、すまない。私がもっとお前を守ってやらねばならなかったのにな」
お父様は私に頭を下げた。私はお父様に顔を上げるように伝えた。
「お父様。私はあの粗暴な弟がお父様の子とは思えないのです。このままではシェルドントはあの女と弟に乗っ取られてしまう。この場にあの女がいなくて本当によかった」
「二人を悪く言わないでおくれ」
そこで国王様がシェルドントの事情は少々理解できた、と言った。
「お二人は一度休まれるといい。侍女達にもう一度話を聞いてからだ」
国王様はそう私達に言った。
「ありがとうございます」
「はい。すみません、ご迷惑おかけしました」
私達親子は国王様に深々とお辞儀をした。
「フォルカー。タイラン陛下とロシュディー殿、リンファ殿を貴人の間へ」
「待ってください。私は塔で結構です」
「これ以上客人を塔に閉じ込めるのはリズニアとしてできない。貴人の間の一室で軟禁状態にはなるがな」
「ご配慮、ありがとうございます」
こうして私は貴人の間に一人軟禁されることとなった。
最初にお父様が自室へ戻った。同室にいた弟はまだ寝ているようで、扉を開けたら大きないびきが聞こえてきていた。私は恥ずかしさと情けなさで頭を抱えた。
次にロシュディー様の部屋へ向かった。ウェルダの国王様を始め王族は今朝方出発したらしく、ロシュディー様と数名の付き人のみが王宮に残っているとのことだった。
「ロシュディー様、お手数をおかけしました」
私は深々と頭を下げた。彼のおかげで命拾いしたことに間違いはないのだ。
「別に。まぁ、いい口実ができた。実はもう少しリズニアに滞在したかったんだ。午後時間もできたことだし視察してくるさ。色々と学ぶべきものがあるからね」
「でも」
私は申し訳無さでいっぱいだった。
「はは。それくらいしおらしくしてる君なら嫁に来てもらってもいいんだけどね。すっぴんも可愛らしいし」
ロシュディー様はいたずらっぽく笑った。私はすっぴんだったことに今更ながら気が付き頬を赤らめた。
「嫁にはいきません!」
私は顔を隠しながら言った。
「だろうな。おっと、紺づくめの君も睨まないでくれよ。ふーん、そういうこと。へぇ」
ロシュディー様はニヤリといたずらな笑みを浮かべ隣りにいたフォルカーを肘でつついた。
「ロシュディー様。そろそろ自室に戻られたほうがいいかと。あの従者の方が首を長くしてお待ちですよ、きっと」
そう言ったフォルカーの目は心なしか冷たかった。他国の王子にそんな目を向けてはいけないのでは、と私がどぎまぎしてしまったほどだった。
「はは。フォルカーだっけ。なかなか面白いね。どう?ウェルダで俺の護衛でもやらないか?同い年みたいだしさ、気が合いそうだ」
「大変名誉なことですが結構です。ウェルダ語はあまりできないですし」
「あぁ、君のとこの領土はシェルドント寄りだもんな」
「っ、なぜそれを?」
「うちの従者は情報通でね。君が夜中に頼み込みに来たときに気づいたそうだよ。その緑にオレンジが交じる瞳はシュヴァン家のものだろう?ね、シュヴァン家の問題児君」
ロシュディー様はわざとらしく口角を上げた。
シュヴァンと聞き私は納得した。彼の不思議な瞳は他で見たことがあったのだ。それは父方の叔父の奥方がシュヴァン家の出身であり、何度か顔を合わせていたからであった。でも、それだけだっただろうか。どちらにせよ、そんなことを思い出せないほど私の心には余裕がなくなっていたのだ。
「げ」
フォルカーは顔を引きつらせた。
「フォルカー、悪いことは言わない。やめといたほうがいい。彼女の見た目や声に騙されてはいけない」
ロシュディー様はフォルカーの左肩に手をおいた。フォルカーはその手をやんわりと振り払った。
「その言葉そのままお返ししますよ。かわいそうに、貴方の心の目は節穴なのでしょうね。そもそも貴方が第二王子のままならこんなことにはならなかったんですよ。まぁ、僕にとっては今のほうが都合がいいですが」
フォルカーは憐れみを含むような表情を作って言った。
「しょうがないだろ、兄が亡くなったんだから。ってか、お前相当毒されてるな!」
「毒されてなんてません。自分で正しく判断した結果ですから!」
「えっと、あの」
「「君は黙っててくれ!」」
私は二人の言葉に圧倒された。
「はい」
私はしばらく二人がどうしようもなく不毛な言い争いをしているのを隣で聞いていた。何とも恥ずかしく今すぐ消えてなくなりたいと願うほどであった。
そうしていると後ろから足音が聞こえてきた。それはハニーブラウンの短髪に黄緑色の瞳をした男性、リットさんだった。彼は素早くフォルカーに詰め寄り、耳を引っ張っていった。二人は私達から少し離れたところで言い争いを始めた。
「バカか?!ウェルダの王子と喧嘩するやつがいるか?!」
「リット、痛い!だってさ、あの人ひどいんだよ!」
「知るか。お前はさっさと任務を遂行しろ」
「ちぇっ。リットのバカ」
「いくらでも言え。後でちゃんと聞いてやるから」
そうリットに言われたフォルカーは少し離れたところから見てもわかるほどに赤くなっていた。それを見たロシュディー様はふーんといいながらニヤリと笑った。
「なんだ、そういうことか。あいつ、それならそうと早く訂正してくれればよかったのに」
「だから私が訂正しようとしたんですよ。そしたら黙ってろなんていうから」
「そうか。すまなかったな」
「いえ。私は特に」
私達は無言になった。紺色の二人の言い争いをしばらく聞き、二人でため息をついたころ、ロシュディー様が徐に口を開いた。
「君の内面をもっと見てれば結果は変わったんだろうか?」
彼はこちらを真剣な眼差しで見つめてきた。私は視線を落とし思っていることを伝えた。
「わかりません。私ももっと素直になればよかったんです。素直に相談を持ちかけていればよかったのかもしれないです」
「なぁ、もう俺に興味はないのか?」
「興味も何も、そんな気持ち、ずっと忘れていたので。国益しか考えていなかった結果がこれですからね」
私は自嘲するように笑った。
「すごいよな。国を守ろうとする姫君は違うね。ちょっと興味が湧いてきた」
「何言ってるんですの?」
「あぁ、あのとき君の誘いに素直に乗っておけばよかったな。結構我慢してたんだ。なんせ見た目はすごくタイプなんだ。声も、このすっぴんも含めてね」
そう言うとロシュディー様は私の顎をくっと上げた。その行動に私は一瞬ドキリとしたけれど、軽く睨み返した。
「あら、そうだったんですの。全然興味ないです感を出しておきながら、今更何を言ってるんですか」
「あぁ、その目もいいな。なぁ、ウェルダに来ないか?シェルドントはあのいびきのうるさい弟に任せてさ」
「うるさい、絶対嫌」
私はロシュディー様から顔を背けた。
「ふふ、君は毒蛇ではなくて獰猛な虎だったか。手懐けるのも楽しそうだ。あ、こうなったらウェルダとシェルドントを統合してしまうのもありだな」
「ないわよ!私達の祖先がどれだけ戦争を繰り返してきたとお忘れで?王族同士の結びつきだけならまだしも、統合なんて」
「もうそんな時代じゃないさ。あのリズニアとイズールですら和解したんだ。な、そうだろ?」
そういうと、ロシュディー様がぐっと私の腰を引き寄せた。
私は離れようにも彼の力には敵わなかった。ゆっくりとロシュディー様の顔が近づいてきた。私は助けを求めようと彼の方を見た。そうすると、言い争っている彼らのさらに奥に2つの人影が見えた。
「なんだ、このカオスな状況は?!」
そうツッコミを入れたのはアベル様だった。その隣では黒髪の従者も目を丸くしていた。
それはそうだ。隠密の二人は言い争いをしているし、その奥ではロシュディー様が仲の悪かったはずの私にキスをしようとしているのだから。
「で、どうなってるんだよ、ロシュ」
事態の収拾を図ったアベル様がロシュディー様に尋ねた。
「どうもなにも、リンファ様に興味が湧いた。獰猛な虎を手なづけたいなと」
「お前な!よりにもよって他国の王宮の廊下でキスしようとするんじゃない!」
「なんだ、お前もリンファ様に興味が?」
「ない!いや、すまない、リンファ様。貴女は魅力的ではあると思いますが、心に決めた人がいますので」
「はい、存じておりました。本当に申し訳ありません。そして私を信じて頂いてありがとうございました。今も助けて頂いてありがとうございます」
私はアベル様に深々と頭を下げた。それに対してロシュディー様はひどいなぁと言った。
「アベル様、ロシュディー様とご歓談しててください。僕がリンファ様を送りますので」
フォルカーがそう言うと私とロシュディー様の間に割り込んできた。
「あ、抜け駆けするな!お前はそこの男と一緒に通常任務に戻れよ。俺が送り届けるさ」
ロシュディー様はフォルカーを押しのけた。二人はこれを何度も繰り返した。
「貴方には絶対任せられません。姫君が傷物になるでしょうが」
「傷物ってな。俺だって同意なしでは流石に」
「いやいや、さっき無理やりキスしようとしてましたよね?!」
「そんなこと言ってると姫君にお前の秘密をバラすぞ?俺の従者から聞いたんだ」
「やめてください。本当に手段を選ばない男ですね?!」
その様子に呆れ返ったアベル様はため息をついた。
「コード!リンファ様をお部屋に」
「はっ。さ、リンファ様。こちらへ」
コードと呼ばれたアベル様の従者がスマートに私をエスコートしてくれた。
「アベル?!」
「アベル様?!」
二人は一斉にアベル様の方を見た。
「お前ら、まだ解決してないんだからな?というか、フォルカーさん。他国の王子と喧嘩する隠密なんて前代未聞だろう?隊長に」
「「すみませんでした。それはやめてください。お願いします」」
フォルカーとリットさんが同時に謝ったのを見届けて私とコードさんは部屋に向かった。
コードさんはまだ私への警戒を解いていないようで、私に対して相変わらず冷たい視線を向けていた。部屋につくとコードさんは私に言った。
「一体、どんな手を使ったんです?ウェルダの王子や隠密まで手玉に取って」
「誤解です。私は何も」
「魔性の女、ですか。本当に恐ろしいものですね。アベル様に通用しなくてよかった。まさか、本当にウェルダとシェルドントで共謀したのでは?もしくは全てはアベル様に近づくためのものだった、とか」
「ありえません。それに私は誰ともお付き合いいたしません。自国で幽閉になるでしょうから」
「そう、ですか」
私のその言葉にコードさんは少し表情を曇らせた。
「さぁ、早くお帰りください。アベル様がお待ちでしょう」
私は無理やり作った笑顔で言った。
「わかりました。では、失礼いたします」
こうしてコードさんは一礼すると部屋から出ていった。
私はベッドに倒れ込み、深くため息をついた。
そう、私は幽閉になる。ここで死罪を免れたとしても。
国教である精霊教の修道院に入り、一生恋愛や結婚などすることもなく生きていくのだ。それもいいかもしれない。国が崩れていく行く末を修道院の中からぼんやりとみつめる。なんと簡素で寂しい人生なのだろう。
私は静かに瞳を閉じた。




