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村へ行くなら地下迷路をどうぞ  作者: 月 影丸
第2章 忘れたものを探して
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5.5話 深紅と深緑と②

リンファ目線のお話です。

一番奥の個室から出てきたのは、少し癖のあるダークゴールドの髪をアップにし、緑の瞳をした大人っぽさが漂う美しい令嬢だった。緑の瞳はろうそくの光の当たり具合からか、少しオレンジ色も入っているように見えた。その不思議な瞳を私は以前どこかで見たことがある気がしたがどうにも思い出せなかった。彼女は深緑のボリュームの少ないタイトなドレスを身に着けており、スラリと伸びた腕に同じ色のオペラグローブを着けていた。

私は彼女から目が離せなかったが、床に飛び散ってしまった液体とグラスのことを思い出し、慌てて拾おうとした。


『拾ってはだめよ。お怪我をしていまいます』

その令嬢は流暢なシェルドント語で私に言った。その声は少し低く落ち着いていた。彼女はリズニアの貴族のようで、白い肌にはっきりとした目元が印象的な美人だった。自国の令嬢かと思ってしまった程の流暢すぎるシェルドント語に、私は警戒しないわけにはいかなかった。

『後でこちらで処理しますので。それにしても、貴女は気づかないでしょうね。彼がなびかない理由に』

その表情は哀れみを含んでおり、私の怒りに触れた。

『なんですって?!貴女リズニアのどこの田舎の令嬢かしら?声は低いし背は高すぎ。可愛げもないくせに私に意見しないでよ』

私は思ってないことも含め言ってしまった。本当は自分にないものばかりで羨ましかったのにもかかわらず。


『王子には人を見る目があるんですよ。毒蛇のような貴女にはなびかない』

その言葉に私の胸は締め付けられた気がした。

『私が、毒蛇?無礼にも程があるわ!私を誰だと思ってるの?』

私はわかっていた。影で毒蛇のような女だと言われていることに。ロシュディー様にも、学友にも、継母にも、弟にも。そんなことはわかっていた。毒でも持たないと戦えなかったのだから何が悪いと言うのだろう、私はそう思って今まで必死に生きてきたのだ。

目の前の令嬢は徐に口を開いた。


『シェルドント第三姫君リンファ様。残念ですが貴女の女王への野望はここまでです。貴女の侍女と協力者2名の身柄はこちらで確保しました』

無表情な彼女から発せられたその言葉は、私の作戦がすべて失敗に終わったことを告げていた。

『な、なんですって?』

私は言い訳すら言えなかった。もう逃げられない、そう感じさせるほどに、目の前の美麗な令嬢の存在が怖かった。

『リズニアを舐めるなってことですわ。貴女の処遇は我が国王様と貴女のお父様の間で決まるでしょう』

『そんな、、』

『ねぇ、貴女はなんで女王になりたかったのですか?』

『そんなこと、貴女には関係ない!』

『ええ。でも、人を人とも思わず、それを見失っている貴女に女王は務まりません』

私はその言葉に激昂した。貴女は私の何を知ってるというの?一貴族に過ぎない貴女には私にかかる重圧なんてわからないでしょう?!

『う、うるさい!何なのよ、貴女!ただの令嬢じゃないわね!』

私のその言葉に、令嬢は涼しく笑みを浮かべた。羨ましいほどに美しく、大人の色気のようなものが感じられた。

『御名答。でも、貴女は私の正体を知らないほうがいいと思いますよ。だって』

令嬢はそう言うと私にゆっくりと近づいてきた。私は下がろうに下がれない。彼女はオペラグローブをつけている左手で私の顎をくっとあげ、妖艶な笑みを浮かべた。

『貴女の魅力が伝わらない異性が他にもいることを知ってしまいますからね』

その声は先程までとは違う低い声だった。そして何よりもその瞳は、笑顔とは裏腹にどこまでも冷たいものだったのだ。私は自分が震えていることに気がついた。

『あなた、まさか!!』

『ふふ。さぁ、外に出ますよ。()の仲間が貴女のことを待ってますから』

それを聞いた私は更に青ざめた。こんなことになるなんて、と後悔しても時はすでに遅すぎたのだった。



私達を外で待ち構えていたのは全身濃紺の身軽そうな衣装に身を包んだ2名と燕尾服姿の男だった。濃紺の衣装の左胸のあたりには小さくリズニアの紋章が刺繍されているのが見えた。


令嬢は開けっ放しにしたドアの向こう、破片が散らばった床を指差し、濃紺のうちの大柄な男に声をかけた。

「隊長、すみません。落としてしまいました」

「しょうがない。怪我はないか?リンファ様も」

大柄な男は私にも声をかけた。私はわけもわからず、はいと返事をしてしまった。

「フォルカー、お前は姫君を塔へ。リットとエルマーは回収を頼む。素手では触るなよ」

燕尾服の男ともうひとりがはい、と返事をした。

「ったく、危ない橋渡りやがって。フォルカーといい、リットといい、今年の新人はぶっ飛んでるな。そしてお前は女装のプロだな、もはや」

大柄な男は少しだけ頬を赤らめて令嬢を見た。令嬢はクスクスと笑った。

「やったね、リット。カール隊長に褒められた」

令嬢は上機嫌に燕尾服の男に声をかけた。

「うん、そうだな」

リットと呼ばれた燕尾服の男はあまり感情の起伏を感じさせずに答えた。彼はハニーブラウンの短髪に鮮やかな黄緑色の瞳が目を引く美青年であった。

「まぁ、僕がこの部隊で一番華奢だしカワイイし、こういう役をするしかないよね。リットも良家の坊ちゃんだけあって燕尾服がよく似合うね」

「ありがとう。って、お前も良家の坊っちゃんのはずなんだけど?」

「そうだっけ?ねぇ、リット。ご褒美にキスしてくれてもいいんだよ?キレイでしょ、僕」

令嬢は腕を後ろで組むと上目遣いで燕尾服の男を見た。燕尾服の男はヒールを履いている令嬢よりも背が高いので言葉通りの上目遣いになるのである。なんと美しいのだろうか、と呑気に考えてしまった自分がいた。

「いや、そっちの趣味はないから」

「えー、そうなの?ショック。せっかくがんばったのに」

フォルカーと呼ばれた令嬢は唇をとがらせた。その姿はとても男だとは思えないのだが、声はたしかに男のものであり、脳が誤作動を起こしている気すらした。彼女、いや、彼は本当に男なのだろうか?

「こら、お前たち。悪ふざけをするな。任務中だ」

そう言ったのは残りのエルマーと呼ばれた男だった。暗いグレーの髪に切れ長の黒い瞳をしており、渋面を作っていた。それに対して令嬢はわざとらしく反応した。

「ちぇっ。先輩は昔から真面目すぎるんですよー」

頬をぷうと膨らませたその姿はそのへんにいる女よりもそれらしかった。

「隊長、こいつら鍛え直したほうがいいですよ」

「いや、先輩待ってください。俺は何も。鍛え直すのはフォルカーだけでお願いします」

エルマーという男に反論したのは燕尾服の男だった。それはひどく慌てているように見えた。彼は感情の起伏がないわけではなかったらしい。

「お前らは二人で1セットだろ。それに、リット。あそこに希望出すとは正気の沙汰とは思えない」

エルマーは少し青白くなった顔でリットを見た。

「俺、知り合いですし。あ、先輩もか」

「だから言ってるんだよ!自ら蟻地獄に飛び込むやつがいるか?!」

「あー、先輩わりと気に入られてましたもんね。羨ましい」

「そういうところだよ!」

「僕はあの人きらいー」

三人が口々に言ってたところでついに隊長と呼ばれている男が静かに口を開いた。その表情は冷え切っているように見えた。

「お前ら、任務中だ。しかも姫君の前でこんなくだらない会話を。リズニアの品位が問われるだろうが。任務後、王宮外周ランニング10周な。三人共だ」

「「「げ」」」

私はすっかり忘れ去られているような気すらしていた。

「えーっと、あの、貴方達は、一体?」

私は戦意をすっかり喪失し、四人のやり取りに冷静さを取り戻したのだった。

「リンファ様。僕たちは国王親衛隊、諜報部の"隠密"です。国王様直轄の諜報機関とでもご理解いただければと。国王様の命により、アベル様に危害を加えようとした罪で貴女を捕縛します」

そう言ったのはフォルカーと呼ばれた令嬢、いや、男だった。その声は先程までのふざけている口調ではなく、私は手洗い場での彼の冷たい瞳を思い出し縮こまってしまった。

「アベル様に手を出すということはリズニアを敵に回すってことですよ?そんなこともわからなかったんですか?」

フォルカーはため息をつきながら言った。

「あんな混血のことを守るの?穢らわしい魔族の血を引いてるのに?」

私のそれは本心ではなく負け惜しみだった。そうでも言わないと私のプライドは保たれなかったのだ。

「僕たちの部隊は特に、魔族についての知識もしっかりと学んでるのです。彼らは穢らわしくない。穢らわしいなんて言ってしまう貴女のほうがよっぽどです。さぁ、こちらへ」

「ちょっと待って。私、最初はお酒だなんて知らなかったのよ!」

「お条際が悪いですね」

そういうとフォルカーはまたため息をついた。それには苛立ちも含まれているようであった。彼は自身の頭から白い花をモチーフにした髪飾りを一つ取ると真ん中の黄色の宝石の部分を2度指でトントンと叩いた。するとそこから音が聞こえてきた。


『ロシュディー様め。もう少しで飲ませられたものを!』

『私に興味がないっていうの?こんなに美しいのに?』

『次は振り向かせてみせるわ。こんな薬の力を使わずにね。っ!!』


それは紛れもなく私自身の声であった。

「何よ、これ」

私は全身から血の気が引いていくのがわかった。私はその場に座り込んでしまった。

「"先生"の同志の方の試作品なんですけどね。風魔法を利用した魔道具です」

そう答えたのはリットと呼ばれた燕尾服の男だった。

「魔道具?人族が、魔法を利用しようというの?」

私はリットという男を見上げた。彼もまた私に興味など微塵もないような表情をしていた。フォルカーが私に手を差し出した。

「そういう時代がもうそこまで来てるんですよ。さぁ、お仲間のところへ行きますよ。もちろん階は違いますけどね。口裏合わせはさせませんよ」

「そんな」


彼は私の体をぐっと引き上げた。男にしては華奢な体からは想像ができないような力に、私の心臓はビクリと跳ねあがった。



こうして私は王宮の敷地内の外れにある塔で秘密裏に軟禁されることになった。




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