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村へ行くなら地下迷路をどうぞ  作者: 月 影丸
第2章 忘れたものを探して
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5話 第二妃のお披露目会

6の月14日目の夕刻前のこと。


とある馬車がリズニアの王都シェナヴィーゼの観光特区から出発した。その中には見目麗しい黒髪の少女とその母親ほどの年齢の黒髪の侍女が乗っていた。少女はやや黄色みのある肌に黒く大きな瞳を持ち、ストレートの黒髪をハーフアップにし、光沢のある深紅の美しいドレスを身に纏っていた。彼女は美しい形の唇を開き、侍女に尋ねた。

『ねぇ、ハンナ。王子は私のことを気に入ってくれるかしら?』

そういうと少女は妖艶な笑みを浮かべた。それは美しさの中にどこか冷たさを感じるものであった。彼女は細身でありながら出るところは出る魅力的な体つきをしており、その声は鈴が転がるような美しいものであった。

『リンファ様の魅力にかかれば彼もいちころでしょう』

ハンナと呼ばれた侍女は口元をきゅっと上げて答えた。

『混血なんて穢らわしいと思っていたけれど、彼になら抱かれてあげてもいいわ。婿にするには最良物件ですし。外見は多少残念だったとしても目を瞑るわ』

『姫様、はしたないですわよ。事実ですが』

『彼を手に入れれば、お父様もきっと私の即位を認めてくださるわ。シェルドント初の女王の誕生まであと少しね』

『応援しております』

『あ、例の手回しはできてるわね?』

『ええ。特別なものを用意させましたよ。現地の協力者が仕事をしてます。彼らには多額のチップを払ってますから、ちゃんと動きますわ』

『ありがとう。ふふ、舞踏会が楽しみだわ』

少女は心地よい声で小さく笑った。その瞳は冷たく輝いているようであった。




◇◆◇


夕刻少し手前になり、王宮の入り口付近には様々な馬車が列をなしていた。貴族や他国向けのお披露目会に参加すべく多くの国賓や貴族が集まったからである。比較的急な連絡だったにもかかわらず欠席は少なかったのは、リズニア国王がどれだけの影響力をもってるかということを示していた。



日も沈むころ、王宮の中心部にある会食用の大広間(大空の間)で晩餐会がスタートした。ここはこのような大きな晩餐会を催す際に使用される部屋で、500人を超える人数が一度に食事できる場所である。今回出席したのは定員ギリギリの480名ほどであった。本来であればリズニア王族はわかれて各国の王族や要人の隣で食事をするのであるが、アクセルとナディアとアベルは主役であったので真ん中のほうに三人で固められたのだった。国王とアベルは濃紺の燕尾服を、ナディアはターコイズブルーのイブニングドレスを見事に着こなしていた。ヨハナはワインレッドのイブニングドレスを纏い、ケイテとウィルバーとともに少し離れた席にて他国の王族と談笑していた。司会進行は王国議会長のフェリクス・ドロッセルが行っていた。余談ではあるが、これは彼が立候補して決まったようで、進行に慣れている彼は時折ジョークなども交えながら和やかに会を進めていった。乾杯の発声は宰相のジーク・イービスが行った。その後は進行の中でフェリクスがアクセルとナディアの馴れ初めなどを紹介した。招待客の中には頬を赤らめる者もいた。アベル自身も頬を赤らめていた。


"両親の馴れ初めなんて聞きたくない。しかもちらちらといろんな人に見られる。早く終わってくれ!"

彼は祈るような気持ちでこの地獄のような時間を過ごしたのであった。


ナディアとアクセル、アベルも一言ずつ挨拶をした。

台本もあったため、どうにかスムーズに話すことができ、アベルは少しほっとした。



晩餐会は無事お開きとなり、一同は各々舞踏会用の大広間(花の間)に移動することになった。そこで招待客もホスト側も夜遅くまでダンスにふけるのである。花の間は他の部屋に比べて音響や調光などにもこだわって作られている特別な場所なのであった。複数ある大きなシャンデリアにはたくさんのロウソクが使われ、ロマンチックな雰囲気を醸し出している。演奏はリズニア宮廷の音楽師たちの手によって行われる。この広間からはバルコニーに出ることもでき、そこからは宮廷の美しい裏庭を一望できるのである。原則は舞踏会後は各自の馬車で帰宅するのだが、他国の王族などには貴人の間の客間が割り当てられた。もちろん事情があって途中で帰ることも認められていたのだった。



◇◆◇


花の間にて舞踏会が始まった。アベルたち三人はすぐに踊ることはなく、大広間最奥の少し高くなっている部分で次々に来る招待客との挨拶に追われていた。このときの進行もフェリクスであった。彼は招待客の顔をほぼ覚えているようで、サクサクと挨拶を進めるのに一役買っていた。この度のお披露目会はナディアとアベルを広く知らしめることが目的とされたので、招待客の紹介は流れ作業のように淡々とすすめられたのである。そのときのアベルの受け答えや仕草はまさしく王子そのものであり、令嬢たちは次々に頬を赤らめた。それは冒頭の少女も同様で、しばらく頬を赤らめていたのだった。



様々な招待客と挨拶を交わしていくと、アベルたちの目の前に、黒い布で顔を覆った男が現れた。服装も黒の燕尾服の上から黒のローブのような物を羽織っており、表情は見えず、年齢すらよくわからない不気味さを醸し出していた。アベルは一瞬不審そうに見たが、アクセルが何でもないようにしていることから、これがその国の正装なのもしれないと思った。男は流暢なリズニア語でアクセル達に挨拶をした。

「トワナ国から参りました、議会長のディートヘルム・エスメラルダです。アクセル様、ナディア様、アベル様、この度は誠におめでとうございます。女王は体調不良のため本日の参加を辞退させていただきまして、大変申し訳ございません」

男が三人に頭を下げた。それに対してアクセルがとんでもない、と返した。

「こちらこそ急な呼びかけにもかかわらず参加していただきありがとうございます。女王陛下の回復を願っております」

アクセルがディートヘルムに頭を下げた。アベルとナディアはそれに合わせてお辞儀をした。

「大変申し上げにくいのですが、舞踏会には参加せずに帰路につかせていただきます。女王も心配ですし」

「わかりました。船でのお帰りでしょう?お気をつけてください。本日はありがとうございました」

アクセルとディートヘルムは固く握手を交わした。

アベルはしばらく彼を目で追っていた。彼は挨拶を終えると、少し離れたところで待機していた侍女らしき人と合流した。彼女もまた全身黒い服を着ており、黒いベールを被っていた。気にはなっていたけれど、次の挨拶があったのでアベルは彼らを目で追うのを止めた。

その後も長さが変わらない列をせかせかと捌いていくフェリクスの姿にアベルは感謝の念を持った。


フェリクスのおかげか、アベルが予想していたよりも早く招待客との挨拶を終えることができた。それはそれでダンスの時間が増えるということでもあるのだが、アベルにはそれよりも気になって仕方のないことが一つあったのだった。彼はその原因となった人物に声をかけるためホールを移動した。


ここから未婚女子たちのアベル争奪戦の幕が切って落とされたのだった。コードは突然動き出したアベルについていこうとしたが、少し出遅れてしまったために押し寄せた女性陣に行く手を阻まれてしまい、アベルに近づけなくなってしまった。




「ケリー!なんでお前がこんなところにいるんだ?!」

アベルは拙いなりに一生懸命に話しかけた。その相手は黒い燕尾服に身を包み、金に黒が混じった髪に灰色の瞳を持ち、褐色の肌をしていた。何よりもアベルが気になったのは、その顔がケリーと瓜二つだったところである。相手は一瞬怪訝そうな顔をしたがすぐに表情を戻して答えた。

「アベル王子。俺はケリーじゃない。さっきも父が挨拶したが、ウェルダ王国第一王子のロシュディーだ」

そういうとロシュディーは軽くお辞儀をした。アベルはその言葉を聞いてもなお、目の前の現象に理解が追いついていなかった。

『確かに声が違う。俺よりも背も高いし。本物の男だよな。それにしても似すぎている』

アベルは無意識にイズール語でつぶやいた。


「なんか、よくわからないが、お前面白いな」

ロシュディーは爽やかに笑った。その笑顔にはっとし、アベルは正気を取り戻した。ケリーが自分に笑いかけるわけがない、とここでようやく彼の脳が正しく判断できたのだ。

「あぁ、ロシュディー王子。済まなかった。人違いのようで、取り乱してしまった。知り合いにあまりにも似ていたもので」

アベルは通常の王子モードに戻り、軽く謝罪をした。

「ウェルダでこの髪や瞳はたくさんいるからな。気にするな」

「失礼だが、妹がいたりしないか?この年で16になる」

「いや、昔2つ違いの弟なら居たらしいんだが、死産でな。それに生きていたら17になるはずだ。妹は一緒に挨拶したあの子たちだけだ」

アベルはロシュディーと一緒にいた二人の妹たちを思い出した。彼女らはケリーとはかけ離れており、どちらかというと小柄で女性的なのであった。顔の造りは多少似てはいるもののロシュディーほどではない。

「そうか、すまない。悪いことを聞いたな」

「いや、昔の話だ。気にするな。というかそんなに似てるのか。今度紹介してくれよ」

「機会があればぜひ」

「そうだ、今度」

ロシュディーが続きを言いかけたとき、彼の従者と思われる初老の男が割り込んできた。

「王子。あちらでダンスをしてきてください。さ、早く」

「悪い、またな」

ロシュディーは言われるがまま話を中断し、ダンス会場へ促される。

「あぁ」

アベルは少し寂しそうに彼の背中を見ていた。そのとき、ロシュディーの従者が去り際につぶやいた。

「混血がうちの王子に近づかないでいただきたい。ウェルダはリズニアとは違い、血を重んじるので。失礼」

従者はそのままスタスタとロシュディーの方へ歩いていった。


「やっぱりそう簡単にはいかないよな」

アベルは魔族と人族の問題の根深さを再認識したのであった。




その後、アベルは押しかけた令嬢たちからの誘いを断りきれず、何曲か踊ることになった。アベルは令嬢たちの華やかに着飾った様子にも、香水の香りにも開いている胸元にも何も思うことなく淡々とダンスをこなしていく。令嬢たちが色目を使ってきているのもわかっていたが全て気づかないふりをし、卒なくこなしていった。


どの令嬢と踊っていても全くなびく気配がないアベル様子を見て、令嬢たちは次々に戦意を喪失していった。特にリズニアの女子たちは明後日からまた学校で彼に会える予定になっていたので無理に彼を追うことを止め、他に気になっていた貴族や他国の王族にシフトチェンジしていった。変に食い下がって印象を悪くしてしまうことを恐れたのだった。



アベルはさすがにダンスに疲れ、どさくさに紛れてバルコニーに退避し、夜風に当たることにした。アベルだけでなくその隣にいたコードもげっそりとしていた。

『何なんだ、あの女達は。濃い化粧も強烈な香水もうんざりだ』

『激しく同意です。アベル様に近づくために俺を懐柔しようとする令嬢までいましたからね。恐ろしい』

『すまない、コードまで巻き込んでしまって。でも、お前の好きそうな年上もいたじゃないか」

『ご冗談を。俺にだって選ぶ権利はあります。それにアベル様狙いなのは見え見えですからね』

『めずらしいな。今日の令嬢たちのレベルなら来る者拒まずなのに』

『ひどい言い方。事情があるんですよ。やっぱり着飾らない内からにじみ出るような美しさが大切ですね』

『本当に、同じ女でこうも違うなんて。彼女がいかに天使なのかがよくわかった』

『でも、その彼女がああいうドレスを着てたらアベル様の理性は崩壊するでしょうね』

『当たり前だ。もはや俺以外誰の目にも触れさせないようにするだろうな』

『順調にストーカー男が出来上がってきてますね。俺は飲み物を取ってきます。何がいいですか?』

『うるさい。甘くないやつで』

『承知しました』

コードはふふと笑うとダンス会場にいる給士のところへ向かった。



その様子を少し離れたところで見ていた深緑のドレスの令嬢は、隣りにいた燕尾服の青年に耳打ちした。青年はさっと立ち上がり、コードの後を追った。



それから少し経って、バルコニーから外を眺めていたアベルの耳に上品なヒールの音が聞こえてきた。

「アベル様、先程はありがとうございました」

後ろから突然話しかけて来たのは何人か前にダンスをした黒髪に黒い瞳をした容姿端麗な令嬢だった。深紅のドレスが黒髪によく映えていた。アベルは名前を思い出そうとして頭をフル回転させた。

「えっと、シェルドントの、、」

そこまで言いかけたとき、彼女が声を発した。

「リンファでございます。第三王女ですわ」

鈴が転がるかのような可憐な声は、普通の男であればすぐに虜になってしまうような魅力を持っていた。が、アベルにそれが通用するかというと別の話であった。

「あぁ、リンファ様。こちらこそありがとうございました」

「アベル様はダンスもお上手ですのね。イズールでも練習を?」

「ええ、まぁ」

「できればイズールのお話など、もう少し聞きたいですわ」

「今は疲れてしまって。またの機会にしていただけますか?」

リンファは心の中で地団駄を踏みながらもそれを表に出さず次の作戦に出た。

「では、飲み物を持ってまいりますわ」

「いや、今うちの従者が」

「ふふ、遠慮なさらず。少々お待ちを」

そういうとリンファは涼し気な笑みを浮かべ颯爽と歩いていった。アベルは彼女に聞こえないように小さくため息をついた。早く解放されたい、その思いだけが彼を動かしていたのだった。



一方で、リンファの内心では焦りと不安がうごめき始めていた。こんなに手応えがないのは一年ぶりなのであった。むしろその時以上に自分が邪険にされている感覚が焦りを生み出していたのだった。



リンファの内心など知るはずもなく、アベルはひたすらにコードの帰りを待ち望んでいた。しかし彼はなかなか戻ってこず、数分が数十分のようにも感じられた。もしかしたらまた令嬢たちに捕まったのかもしれない、と心配していたときだった。


「はい、どうぞ」

先に戻ってきたのはリンファのほうだった。彼女はアベルに薄ピンクの液体が入ったグラスを差し出した。

「桜のジュースだそうで。珍しいのでもってきてしまいましたわ」

リンファは渾身の笑顔をアベルに向けた。しかし、それでもアベルは顔色一つ変えなかった。

「ありがとうございます」

アベルがしょうがなくそれを受け取ろうとした時であった。



「シェルドントの姫君」

横から聞こえたその声にアベルは聞き覚えがあった。二人は声のする方を向いた。


「これは、ウェルダのロシュディー様」

リンファがロシュディーを見て淑やかにお辞儀をした。

「アベル様はまだ未成年ですよ。それは飲めないのでは」

ロシュディーは無表情でそう言った。

「あら、私としたことが」

リンファはふふふと笑みを浮かべ上品に返した。

「リンファ様。酒の力を使って既成事実をつくろうとしても無駄ですよ」

「嫌ですわ。そんな言い方」

「貴女ほどの美しいお方であれば引く手あまたでしょうに」

ロシュディーは貼り付けた笑顔で言った。

「あら、では貴方がお相手をしてくださるのかしら?」

リンファが可愛らしくロシュディーを見つめる。普通の男であればその表情にやられてしまうかもしれない、とアベルは思った。彼女はそういう魔性を秘めているように感じた。

「ご冗談を。私は今は王太子の立場、貴女の望むような婿にはなれませんので」

貼り付けた笑顔のままロシュディーはさらりと返す。

「そうでしたわね。では、ごきげんよう」

そういうとリンファはグラスを持ったままヒールを鳴らして颯爽と歩いていった。 



「ありがとう、ロシュディー殿。助かった」

二人は近くのテーブルに移動した。

「ロシュでいい。俺もアベルって呼んでいいか?」

ロシュディーは先程リンファに向けたのとは明らかに違う笑顔をアベルに向けた。

「あぁ。でも、いいのか?君の従者は俺のことを嫌っているぞ」

「誰に対してもああなんだ。俺に早く相手を見つけろってうるさくてうるさくて。ちょっと巻いてきたんだ」

「大変なんだな。王太子ってのは」

「お前ほどじゃないさ。というか、もっとガードを堅くしとかないと。お前は今、たくさんのハイエナに狙われた小ウサギみたいなもんだ」

子うさぎ、と聴いて一瞬あの白ウサギを思い出した。


あいつは元気にしてるだろうか、などと思いつつもロシュディーに返す。

「例えがエグいな」

「事実だろ。まぁ、お前がその気なら全然構わないんだがな」

「いや、困る。すごく困る」

「だよな?顔に書いてある。これはあれか、好きな人がいるんだな。図星か」

ロシュディーはからかうように、くくくと笑った。アベルは事実を言い当てられ頬を赤らめた。

「そうだ。他の令嬢にはまったく興味がない。というか、ロシュといい、リンファ様といい、なんでみんなリズニア語をしゃべれるんだ?」

アベルは疑問を口にした。

「リズニアが一番でかい国だからな。各国の王族は小さい頃から母国語とともにやらされるんだよ」

「なるほど。だからイズールの王族もリズニア語だけはかじってたのか」

「人族はずるい。魔法が使えない分、数とずる賢さで魔族を追いやった種族だろ。なんでもかんでも信じてると足元すくわれるぞ。俺も含めてな」

「お前は、なんか大丈夫な気がする。ケリーだし」

「だから、ケリーじゃない」

二人はクスクスと笑った。



『アベル様!すみません。所用ができてしまいまして、少し外します。できるだけ早く戻るようにしますが、え、ケリーさん?!』

コードはロシュディーを見て固まった。

「今、お前の従者、ケリーと言わなかったか?」

「あぁ。だから言ったろ?」

「失礼いたしました。あまりにも知人に似ていまして」

コードはなるべく丁寧なリズニア語で謝罪した。

「これは本当に会うしかないな」

「コード。こちら、ウェルダ国の王太子のロシュディーだ」

「大変失礼いたしました。従者のコードと申します。では、アベル様、くれぐれもお気をつけを。何かあれば近くに控えてる者にお願いします」

そういうとコードはそそくさとダンス会場の奥に消えていった。

「めずらしいな、コードが俺から離れるなんて」

「何かあったのか?あ、そうそう。妹の件だが、親父は女にだらしないから、俺の知らない腹違いの妹がいる可能性はないとはいいきれないんだ」

「そうか。まぁ、こちらの問題が解決したら連れて行くさ。あいつのことだからきっと面白がってついてくるぞ」

「それは楽しみだ。あと、さっきの女だけじゃなくて、例えばトワナとかにも気をつけたほうがいい」

「なぜだ?」

「あの国は得体が知れない。今回は議会長だけの参加だし、女王だけでなく侍女とかもいつもベールで顔すら見えない。何を考えてるんだか全くわからない。そもそも貴族という概念があるのかも謎だ。島国だから船を使わないと行けないから中々情報が入ってこないんだ」

「あぁ、あの黒ずくめの人達か。トワナ、ね」

アベルはその国名を聞き心が痛んだ。あの国で呪術なんて発達しなければ今頃は、、そう考えてしまったのだった。その苦しそうな表情を見たロシュディーはさり気なく話題を変えた。

「さぁ、主役はそろそろハイエナの巣に戻りな」

「げ」

「そうだ。これはアドバイスなんだが、できればさっきのリンファ様が渡そうとした飲み物を探し出して調べたほうがいい。あの姫君のことだから酒だけじゃなくて何か仕掛けてるかもしれない。あれは見た目は麗しいが中身は毒蛇みたいな女だ」

「ただのアルコールだろ?それに俺は飲む気もなかったし」

「あの女をなめちゃいけない。実は俺の兄が健在だった時は俺が狙われてたんだ。色仕掛けなんて当たり前だし、媚薬を仕掛けられたこともあるんだ」

「び、媚薬?!こわっ!」

「そのくせ、1年前に兄が亡くなった途端にぱたりとアプローチしてこなくなった。俺が王太子になったからだろう。おかげでせいせいしてるがな」

「そうだったのか。すまない、色々思い出させて」

「気にするな。兄と言っても腹違いであんまり仲がいいわけじゃなかったんだ。リンファ様に関しては、見た目は本当にタイプなんだが、中身としてはもっとさっぱりした人が好きなわけ。ああいうねちっこいのとか本当に苦手なんだ」

そういうとロシュディーは眉をひそめた。

「大変だったんだな。それにしても、毒蛇といい小ウサギといい、ロシュはエスパーなのか?」

「何のことだ?ウェルダでよく使う慣用句だが。げ、あいつが来た。またな、アベル」

「あぁ。じゃあな、ロシュ」

ロシュディーは自身の従者を見つけるとそれを避けるように足早に去っていった。



そうしてアベルは一人戦場に戻ったのだった。リンファを探し出して動向を探ろうとしたのだ。しかし、どこを探しても彼女は見当たらなかった。そうしている間にアベルはロシュディーの妹の一人ニスリーンに捕まってしまった。彼女の押しに負け、アベルは彼女と致し方なくダンスをすることになった。ニスリーンは顔の造りこそはケリーやロシュディーに似ているが背は低く比較的小柄な少女だった。性別の垣根を軽々と超えてしまうケリーにアベルは改めて恐怖を覚えたのだった。


"ライナがケリーに本気で惚れたりしないよな?!"


アベルはニスリーンと踊りながらもリンファを探すために周りを気にしていた。周りに気を取られすぎ、アベルはステップを間違えニスリーンの足を踏んでしまった。運悪くその場面をリズニアの令嬢を相手に踊るロシュディーに見られてしまい、アベルは少し頬を赤らめた。実はそのコロコロ変わるアベルの表情に心を撃ち抜かれたニスリーンがアベルのことを大変気に入ってしまったのだが、それをアベル自身が知るのはもう少し先のことなのであった。





◇◆◇


ディートヘルムは侍女とともに自身の馬車に乗り込んだ。彼は馬車が出発するとすぐに顔を覆っていた黒い布を外した。黒髪に暗い色の瞳をしたその姿は30代前半ほどであった。彼は器用に侍女の右手の黒いグローブを外すと甲にキスを落とした。侍女はそれを満更でもない様子で受け入れていた。

『早く貴女がほしいのですが』

そう言うとディートヘルムは侍女の隣に詰め寄り彼女の腰を抱き寄せた。

『ここでは嫌よ。そういう趣味はないの』

『ふふ、何を今更。貴女の嫌は嫌じゃないことを知ってますよ』

『あのね。もう三十路を越えたのだから、もう少し節度というものを』

彼は侍女のベールをすっと上げ、彼女が続きを言おうとしたのを唇で塞いだ。

『だめ。ねぇ、船まで待って』

彼女は抵抗するが男の力には敵わない。キスはさらに激しさを増した。ディートヘルムは一度唇を離すと妖艶に微笑んだ。

『もう待てません。大丈夫ですよ、心配なさらなくても船でもたくさん可愛がりますから』

『この変態。外から見られてしまうわ』

侍女は頬を上気させ、ディートヘルムを潤んだヘーゼルの瞳で見つめた。その容姿は二十代半ばほどで、少し褐色がかった肌をしていた。ディートヘルムは彼女の様子を見て満足そうに微笑んだ。

『ふふ、体と違って素直じゃないですね。では見られないようにいたしましょう』

そう言うとディートヘルムはなれた手つきで馬車のカーテンを閉めた。

先程よりさらに暗くなった馬車の中、侍女は観念し彼に身を委ねるのだった。



◇◆◇


アベルは無事にコードと合流できた。コードの表情は重く、ここではあれですから、とコードは花の間から少し離れた空き部屋にアベルを誘導した。

『今、隠密がシェルドントの第三姫君を追っています』

『え、コード知ってたのか?!隠密って?』

『隠密とは国王様の親衛隊諜報部の別名で、情報収集のエキスパート集団です。国王様直轄の諜報機関というところですね。アベル様には心配をかけたくないからと彼らの存在は国王様から口止めされていたのですがね。彼らはアベル様に接触した彼女に飲み物を渡した給仕と、俺のことを不自然に引き止めた給仕を捕縛しました。俺も隠密と給仕に簡単に事情を聞き戻って来たんです。このあと、姫君と彼女の侍女も捕縛する予定です』

『そんな、アルコールくらいでおおげさな』

『いいえ。俺が飲み物を渡した給仕を直接締めたところ、侍女の遣いという者に渡された粉を飲み物を混ぜたことを認めました』

『粉、、え?!お前、締めたって、まさか、あれをつかったのか?!』

『手段を選んでる暇はありませんでしたので』

コードはふふっと笑った。目は笑っていなかった。


『あれはダメだろ?!人族相手にならなおさらだ』

『アベル様の身が危険にさらされる可能性がある以上は手加減なんてできませんからね』

『うわ』

アベルは眉をひそめた。

コードの拷問技術は伊達ではない。

昔々、仲良くなる前のコードを知っているアベルは、締められた給士に激しく同情したのだった。


『とにかく。事態が落ち着くまでアベル様には自室に籠もってもらいます。俺もご一緒しますから』

『そんなおおげさな』

『おおげさではありません。国王様とナディア様には軽い体調不良だとお伝えしておきますので』




こうしてアベルたちは一度アベルの自室にて待機することになった。



そんなことが起こっているなど感じさせないかのように、夜は美しい音楽とともに更けていった。



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