4話 第二妃とその息子
6の月7日目の昼間、王宮前の広場にはたくさんの国民が集まり賑わいを見せていた。ここは特別な日に限り一般の国民に開放され、リズニア国内からたくさんの国民が集まるのである。今回の皆のお目当ては先日国王と婚姻を結んだ魔族の王女ナディアとその息子アベルであった。二人の話や国王との馴れ初めは国中の話題となっており、あることない事が囁かれていた。
広場に集まっている国民は口々に噂話をしていた。
「そのアベル様ってのは、本当に国王様の子どもなのかね?魔族の女が他の男と作ったんじゃないかって噂もあるしね」
「魔族なんておっかないさね。リズニアはどうなっちまうんだろう」
「噂によると第二妃はとんでもない美人らしいぞ。侍女もいい感じの美熟女だそうだ」
「いやー、それが本当ならイズールにも行ってみたいな!美女に囲まれてみたい」
「おっかない!魔法をぶっ放すんだぞ?俺たちには手に負えないさ。さすが国王様。魔族の女すらも魅了しちまうなんてな」
「俺も二人目の奥さんもらいたいなぁ」
「おい、バカか?精霊教においてはご法度だ」
「ふ、俺は女神教徒だから関係ない、、、いや、関係あったな」
そんな中、王宮の特別バルコニーで動きがあった。待機していた演奏隊が楽器を構えたのだ。広場の後ろのほうから見ればバルコニーは片手で収まるほどのサイズにしか見えないのだが、その動きに国民は息をのんだ。徐々に静かになっていく広場。高まっていく緊張感と高揚感。
一部の上級の国民は、手にしたオペラグラスの中を静かに見つめた。
そしてファンファーレが鳴り響いた。国民は息を呑んだ。心なしかいつもの行事よりも音が大きかったことに驚いていた国民も多かった。
それから間もなくして宰相を先頭に、濃紺の正装に身を包んだ国王と赤いドレス姿の王妃ヨハナが現れた。それに続くように白く美しいドレスを身に纏った金髪の女性と国王と同じ濃紺の正装を着た金髪の少年が現れた。その瞬間、自然と拍手が湧き上がった。
前列の方で見ていた者や、オペラグラスで覗いていた者は拍手を忘れるほど驚いていた。
広場の真ん中ほどにいた身なりのいい夫婦は、夫がオペラグラスを覗き、妻は拍手を送っていた。夫の驚きように妻は声をかけた。
「貴方、王子様のお顔が見えたんですの?」
「あぁ、すごいぞ!あの息子は、間違いなく国王様の子だ。君も見てくれ」
夫はそういうと妻にオペラグラスを渡した。それを覗き込んだ妻もしばらくの間言葉を失った。
「すごいわ。あれはもはや生き写しね。髪の色が違うくらいで、若いときの国王様にそっくりじゃない!」
その夫婦はその後も興奮気味に交代しながらオペラグラスを覗きあっていた。
「これは、国王様が法律をいじってでも第二妃を迎えたかったわけだ」
「両手に花とはまさにこのこと。ヨハナ様も美しいが、ナディア様も素晴らしい」
「アベル様も国王様と同じ瞳の色なんですわね」
広場はそんな声で溢れ返った。
オペラグラスを持っていない者は、グラス越しに見た者の話を聞き、口々に噂をした。それはじわりじわりと広場全体に広まっていき、第二妃の美しさや息子が国王の若いときに瓜二つであることが伝わっていった。
宰相が一歩前に出て話し始めた。
その声は広場の奥まで響いた。そのことに広場に集まった国民は一瞬驚きざわついた。
これは宮廷の研究機関が開発した風魔法を利用した魔道具を使用していたのである。実は数ヶ月前には完成していたのだが、魔法を嫌う国民が多いので使う機会をずっとうかがっていたのだった。そんなことも宰相の口から簡潔に語られた。
次に国王がナディアとアベルの紹介を簡潔に行い、ナディアから話し始めた。
拙いリズニア語で一生懸命に伝えようとする姿が国民の心を打った。また、ナディアが言葉に詰まってしまったところを隣にいたヨハナが優しくフォローする姿を見て、国民のヨハナの好感度もうなぎのぼりだった。実はヨハナのことを心配する国民は多く、彼女の気持ちを考えて第二妃の受け入れに反対していた者も多かったのだ。しかし、実際には二人は上手くやっているように見え、反対派の人々は声を潜めることとなったのだ。
アベルの番になり、彼も拙いリズニア語で懸命に話した。外見だけでなくその声までも国王の若かりし頃に似ており、もはやアベルが国王の子どもなのかと疑う者はいないほどであった。
こうして、国民向けのお披露目会は無事終了したのである。
日帰りで帰れない距離の者も多くいたことと、この度のめでたさから、シェナヴィーゼの街はしばらくの間いつにも増して活気づくのであった。
◇◆◇
広場から去ろうとしている人々は興奮気味に口々に言った。
「魔族っていっても、わりと普通なんだな」
「そうね。もっと禍々しい感じかと思ってたわ。国王様は騙されたんじゃないかと思ってたけれど杞憂だったのね」
「噂によるとアベル様は魔法が使えないらしい」
「それであの瞳なら、もはや人族と変わらないじゃない」
「イズールではお二人共苦労されたんじゃないか?」
「間違いない。向こうも人族が嫌いだろうからな」
「リズニアの全国民が歓迎ってわけでもないのよね。ここにいるとそんなことを感じないけれど」
「貴族様たちは二手に別れてるらしいぞ。表立っては何もないように装っているらしいが。おお、怖い怖い」
そんな民たちの言葉を、広場の端にある木に寄りかかりながら聞いている一人の男がいた。歳は二十代半ば頃、毛先が黒くなっている長い金髪を一つに束ね、切れ長の薄青色の瞳をしたその男は一般市民の格好をしているが、その身のこなしやオーラは一般的なそれとは異なっていた。
「そりゃ、全員賛成してたらとっくに交易でもなんでもしてるさ。ね、相棒」
男はそういうと木の上を見上げた。
すると一羽のカラスが小さく鳴き、飛び立っていった。
「さぁ、物語の第二幕が始まる。王子様は果たして本当の王子様になれるのかい?」
男は冷たい笑みを浮かべた。それを見ているものは誰もいなかった。




