3話 リズニア王宮
アベルとコードがリズニアに到着したのは、ナディアたちが到着してから約12日後、6の月1日目の朝のことであった。概ね予定通りであった。この間でアベルはイズールに向かい、ロスタベルク卿の影武者に謝罪したり荷物を整理したりしていた。ナディアも一度イズールへ戻り国民に報告するという案もあったが、人族への反発が大きいイズールの地ではナディアの身に何が起こるかわからないということで彼女は直接リズニアに向かったのであった。
アベルが馬車でリズニアの王宮に到着した。レンガ造りの華美な外観、赤がベースとなっている建物内の装飾。それらはイズールのものとは大きく異なっていた。というのもイズールは内装などは青をベースとしており、建物は全体的にシンプルな造りとなっているのである。それはイズールの国自体にさほど余裕がなかったことを表してもいた。
アベルたちが到着すると、出迎えたのは国王の執事であるライモンドであった。アベルは彼から湯浴みなどを済ませるよう言われ、使用人たちの手によってあっという間に身支度を整えさせられた。アベルは白を基調としたフロックコート一式を着させられた。タイとウェストコートの一部にはターコイズブルーのラインが入っており、スラックスの丈までぴったりであった。
"あいつ、まさか俺のために新調したりしてないよな。いや、新調するには時間がないか。そもそも計測とかしてないし、、"
アベルは顔を引きつらせた。それほどまでに自分が今着ている服がしっくり来ているのであった。
そして彼は大広間に通された。そこには貴族らしき数十人が集結しており、立食会が開かれていた。小さい子供から祖父母の代の方々までいた。
アベルが到着すると、一同はさっと静かになり拍手が起こった。アクセルがアベルに気が付き、笑顔で手招きした。
アクセルの両隣には母ナディアと王妃ヨハナがいた。アクセルは国事用の紺色のフロックコートに白いウェストコート、上と同じ紺色のスラックスを身につけており、国王らしさが引き立っていた。ナディアは青を基調とした、ヨハナは赤を基調としたアフタヌーンドレスを身にまとっていた。
コードやエマも正装に着替え、他の従者たちとともに部屋の端に待機していた。
「やっぱり似合うな。俺が若いときに着てたものなんだが、ここまでぴったりだと嬉しくなるな。近いうちにお前用のものを仕立てよう」
アクセルはアベルの姿を見て顔をほころばせた。
「いきなりだったからびっくりしました。あと、新しいものなんていりません。これで十分です」
アベルはぎこちない表情で言った。どう接していいかわからないことと、慣れないリズニア語で会話しようとしていることに原因があった。
「そんなわけには、って!お、リズニア語も話せるか。ならこのまま挨拶もできるかい?」
「わかりました」
アベルがそう答えると、アクセルはアベルを連れ少し段になっているところまで移動し、貴族達に向かって話し始めた。その内容からここにいるのはアクセルの親戚、つまり王族であることがわかった。
彼らは前日までに各領地から集まり、アベルの到着を待ち構えていたのだという。
アベルも一言挨拶を済ませると、そのまま立食会が再開された。
アベルはアクセルの近くにいるようにし、難しいリズニア語のときは彼に通訳をしてもらった。
王族たちはアベルに興味深々で、代わる代わる質問をしてきた。アベルはそれに愛想よく丁寧に答えていく。親戚だからということもあり、あまり堅苦しい感じではなかったのがアベルにとって救いどころであった。
「いやー、アベルくんは若いときのアクセルにそっくりだな。ナディア様に似た金髪であるのもまた王子らしさがぐっと引き立つ」
そう話しかけてきたのはアクセルの叔父であるワルドーだった。茶髪にアベルに似たターコイズブルーの瞳をした、爽やかな笑顔を浮かべたその顔はアクセルの将来を思わせるようであった。その隣には黒髪に鮮やかな黄緑色の瞳を持つ夫人が立っていた。アクセルの説明によると、ワルドーは公爵位をもち、リズニア王都の隣の地を治めているとのことだった。
「ありがとうございます」
「ワルドー叔父さん、アベルはあんまり俺に似てるって言われたくないんだ。そのへんにしてくれないか」
「そうだったのか、まぁ無理もないか。失礼したね」
ワルドーは申し訳無さそうに笑った。
「いいえ。今では嬉しくもあるんです。親との大切な繋がりですから」
アベルがぎこちなくも笑うと、ワルドーは瞳に涙を貯めそうな勢いでアクセルの背中をバシバシと叩いた。
「アクセルよ、いい息子じゃないか!!これなら週末のナディア様のお披露目会でも注目の的だな」
「え、なんですか、それは?」
アベルは目を丸くした。そんな話は聞いていなかった。
「アクセル、まだ説明してなかったのか」
「このあと伝えようと思ってたんですよ。アベル、今週末と来週末にナディアと君のお披露目会をするんだ。今週末は昼間に国民向けに中央バルコニーで、来週末はこの国の貴族と他国の王族も招いて大広間でな。イズールは国内が落ち着かないからと欠席の連絡が入っているが。ちなみに来週末の次の日は休暇日となる。祝日の振り替えってところだな」
「そんな。え、まさか議会まで動かしたのか?」
その、アベルの問いにアクセルは笑みを浮かべるだけであった。アベルは少しため息をついた。
「アベルくんならリズニアの令嬢だけでなく他国の姫君たちからのアプローチがすごそうだな」
ワルドーはニヤニヤしながら言った。
「僕は」
「叔父さん。彼には許嫁がいますので」
「そうであったか。ははは、またお披露目会で話そうな!」
そう爽やかにいうとワルドーと夫人は寄り添いながら二人から離れていった。
『すまない、叔父さんは悪い人じゃないんだが』
『わかってる。でも、いいのか?そんな、許嫁だなんて』
アベルはほんのりと頬を赤らめて尋ねた。
『そんなもんだろ?それにそう言って虫除けしても寄ってくるやつは寄ってくる。たとえお前に王位継承権がなくてもな。他国の姫様などからとってみたら婿にするには最良だろうよ。イズールとリズニア両国とのつながりを手に入れられるのだから。何と言っても俺に似てイケメンだ』
『最悪だ。全部どこかの野郎のせいだ。それにお前の遺伝子どれだけ強いんだよ。今日だって誰に会ってもソックリとしか言われないじゃないか』
アベルは頭を抱えた。
そう、どの親戚と挨拶しても"やだ、生き写しだわ!"とか"懐かしいな、アクセルの若いころに瓜二つじゃないか!"としか言われなかったのだ。
『ひどい。まぁ事実だけどな。すまないが、あと少し協力してくれ』
『わかってる。主役は母さんだ。母さんの顔に泥を塗るわけにいかないだろ』
『ありがとう。結婚式はできなかったけど、せめてこれだけはな』
『とりあえず、誰からアプローチされたとしてもすべて断るからな。まぁ、混血なんて好まないだろうけど』
アベルの言葉にアクセルは一瞬ぎょっとした。
『お前、自分で混血とか普通に言うなよ。そして他国を甘く見るな。使えるものは使おうとしてくるんだよ。どんな手でお前を誘惑してくるかわからないからな?』
『最悪。国が絡むとこれだから嫌なんだ。イズールはその点気楽でよかった。誰も俺に近寄らないし』
『とにかく、コードくんから離れないようにな。あ、ダンスは大丈夫か?無理そうなら断っても』
『あっちで練習させられてるから多分大丈夫。だめなら具合が悪いとか言って夜風にあたってるさ』
『わかった。よろしくな』
また二人の元に別の王族が来た。アベルは貼り付けた笑顔で対応し続けた。ここでアベルがわかったことは、アクセルの母にあたる王大后もすでに他界していることと、今日は来れなかったがアクセルには姉がおりウェルダの王族に嫁いでること、弟は小さいうちに亡くなっていたことなどであった。
すると、少し離れたところにいたナディアから悲鳴が上がった。
「ちょっと、やめてください」
ナディアは酒に酔った大柄な男に右腕を掴まれていた。男はアクセルよりやや年上に見え、茶髪に緑の瞳をしており、無精髭が生えている。
「やめろ、グスタフ。何事だ」
すかさずアクセルが止に入り、男の手首を掴みナディアをかばった。アベルも母をかばうように前に出た。
「俺は魔族なんて認めねぇ。このガキなんて混血じゃねえか。穢らわしい。皆だって本音ではそう思ってるよな?!」
グスタフと呼ばれたその男はアベルのことを睨みつけた後、周りにそう呼びかけた。周りの王族はそれに対し少々冷ややかな視線を送った。
「酒の飲み過ぎだ。昔から悪酔いするとこれだ」
アクセルはグスタフを窘めた。
「うるせぇ、アクセル。誇り高きリズニアの血を穢しやがって」
そういうとグスタフは近くのテーブルを蹴った。すると、近くにいた十歳にも満たないような少女が震え上がった。それはアクセルとヨハナの娘ケイテであったのだ。
ヨハナはさっと娘を抱きかかえ、アクセルに渡すとグスタフの近くにいき、思いっきり頬をひっぱたいた。
「いい加減になさって。ケイテも怖がってますわ。アクセルのはとこだからって言っていいことと悪いことがあります」
「いってぇ、、ヨハナ様、貴女も憎いでしょう、この女が!」
グスタフはそういうとナディアのことを顎で指した。
「だから何ですの?」
「え?」
グスタフは予想もしないヨハナの言葉に目を丸くした。
「彼女がいなければアクセルは多分死んでいたんです。彼女は二度もアクセルのことを救ってるのですよ。アクセルが今いなくなれば国は大混乱。内戦が勃発し、他国から攻められることになってた可能性もあります。魔族だから混血だから何ですの?命の恩人に関係ないでしょう。さぁ、お引き取りくださいまし」
ヨハナは大柄なグスタフ相手に臆することなく反論した。それに対してグスタフは大きく舌打ちをしてヨハナを睨みつけた。
「酔が冷めちまったじゃねえか。帰るぞ」
そういうとグスタフは踵を返した。暗いブロンドの髪をした妻はアクセルたちにビクビクとしながら一礼すると従者とともに連れて会場を出ていった。
しんと静まりかえった会場にグスタフたちの足音だけが響いていた。
二人がいなくなったところでアクセルが先程挨拶したところに向かった。アベルとナディアもアクセルとアイコンタクトをしてその両隣に移動した。
「皆さんも、いろいろ思うところはあると思います。でも私はナディアを愛しています。それは17年前から何も変わっていない。魔族だとか人族だとかは関係なく一人の女性として愛しているのです。もちろんヨハナのことも愛しています。今回様々な反対を押し切ってまでも第二妃を娶る決断をしたことは間違いではないと確信しています。そして、アベルは」
そういうとアクセルはアベルの肩に優しく手を置いた。
「彼は次の世代を担う若者です。両方の血を引く彼だからこそできることが必ずあるはずなのです。私は彼が生まれてきてくれたことに、今ここにいてくれることに感謝している。どうか、温かく見守っていただきたい」
「父、さん」
そういうとアベルはアクセルを抱擁した。
その瞬間、一同から大きな拍手が沸き起こった。
こうしてナディアとアベルは無事大多数のリズニア王族に受け入れられたのであった。
そのあと、グスタフの父親であるニクラスとその妻が息子に変わりナディア達に謝罪した。
「二クラス様、ヴァネッサ様。どうか頭を上げてください。私は大丈夫ですから」
ナディアは拙いリズニア語で二人に伝えたが、二クラス達は顔を上げようとしなかった。
「あの子は昔から人一倍魔族のことを毛嫌いしてまして。アベル様に対しても、こ、こ、混血などと。誠に申し訳ありません」
「僕も大丈夫ですから」
アベルの言葉にアクセルも補足した。
「彼らもこう言ってますので。グスタフはもういい大人です。自分の言動には自分で責任をとらないといけません」
「わかりました。申し訳ありません。今度改めて謝罪に行かせますので」
そういうと二人は深々と頭を下げたのだった。
◇◆◇
馬車に乗り込んだグスタフは、夫人の頬をひっぱたいた。夫人は灰青色の瞳に涙を浮かべながら叩かれた頬を静かに押さえた。
「ったく、おもしろくねぇ!そもそも、お祖父様が王位を継げていれば今頃親父が国王で俺が次期国王だったんだ。くそ!アクセルめ。いつか絶対に痛い目に合わせてやる」
グスタフの緑色の瞳はギラギラと光っていた。それを夫人は辛そうにただ眺めることしかできなかった。
◇◆◇
アベルは王宮の召使い達によって自室に案内された。それにはコードも同行していた。アベルは想像していたよりも装飾品が少なく意外に落ち着けそうな部屋で安心したのだった。
大きな窓からは中庭で美しい花々が咲き誇っているのが見えた。
『アベル様は何を着ても似合いますね』
そう言いながらコードがアベルからフロックコートを手際よく脱がせる。アベルはタイを少し緩め、椅子に腰掛けた。
『ちょっと派手すぎないか?村の服のほうがしっくりくるんだけどな』
『ふふ。あれも似合ってましたけどね。記憶が戻ったらライナにこの立派な姿を見せたいものですね。きっと惚れ直しちゃいますね』
『いや、直すも何も、惚れてないと思うし、、』
アベルは少し目を伏せた。その様子にコードは目を見開いた。
『うわ、ここまでアレだとは』
『アレって?』
『何でもないですよ。あ、そうそう、例のものを執事のライモンドさんに頼んで用意してもらいましたよ』
そういうとコードは自身の仕事用のカバンから1冊の分厚い本を取り出しアベルに渡した。
『ありがとう。今日会った王族の領土や家系図を確認しておかないと』
アベルが受け取った本はリズニアの歴史書だった。アベルは自分の荷物の中からゲルデに貰った辞書を取り出し、中に挟まっていたターコイズブルーの栞を手に取った。それをしばらく眺め、歴史書に挟み直した。
『ふふ、大切にされてますね』
『当たり前だろ。なくしたら発狂するかもしれない』
『それはそれで見てみたいですけどね。おっと、睨まないでください。冗談ですよ。それにしても本当に勉強熱心ですね。馬車の中でも辞書で単語を引いてましたし』
『早くこっちに慣れないといけないしな。リズニアは領土がけっこう細かく分かれてるからややこしいみたいだ。王族が直接治めてる地と他の貴族が治めてる地が意外に入り組んでて。王族の人数も多いしイズールとは違う部分が多いな』
『やはり大きい国は違いますね。リズニアの人口はイズールの5倍だそうですし。他国もあるということを考えると、いかに魔族が少ないかというのがよくわかりますね』
『王族曰く、リズニア国民は明るく朗らかだそうだ。それが本当なら、イズールにもそうなってもらいたいものだ』
『アベル様はイズールの国を恨んでないんですか?』
『国民は悪くない。悪いのは、そうだな。この世界そのものだから今はどうしようもないんだ』
『貴方はどこまでお人好しなんだか。今はってことは、そのうちどうにかしたいって考えてるんですよね?』
『まぁな。まずはこっちでたくさん勉強して、それからだ。ライナに見合う男になりたい。彼女はもちろん、コンバーターやインバーターも安全に暮らせる世の中にしたいんだ』
『すべてはそこに行き着くわけですよね。凄まじい執念です』
『うるさいな。俺だって一歩間違えればストーカーだってことくらいわかってる。そういうお前は執着なさそうだよな』
『さぁ、どうでしょうね?』
コードはふふ、と笑った。
アベル達がふと外を見ると、大きな窓からはオレンジ色の光が入ってきていた。
『夕焼けを見ると彼女を思い出す』
『まぁ、貴方の場合は何をしてても彼女を思い出しそうですよね』
『否定できない』
二人は笑った。
こうしてアベルの新しい生活が幕を開けたのであった。




