SS.1-4 娘の相手、孫の父
その後村長から聞いた話に俺は驚きを隠せなかった。
シュタイナーが怪我をさせたという銀髪の少女がアベルの命の恩人だったこと。彼女は回復魔法のようなものが使えること。アベルはその少女と恋仲だったこと。そして、シュタイナーの力によって彼女がアベルのことを忘れてしまったこと。シュタイナーはリズニア国王の命を狙っていたこと。
孫息子のことを思うと心が痛かった。
俺も好きになった人に何度もアプローチをしてようやく結婚してもらえた経緯がある。その相手に自分のことを忘れられてしまったらと考えると何も言えなくなる。
そっとしておいてやることしかできないと俺は悟った。
そうこうしている間に会談の時間となってしまった。会談は村役場にある会議室で行われることになった。
参加するのはイズール側は俺、ナディア、アベル。リズニア側は国王と王妃、村からはヘルムート村長とロドルフ校長とのことだった。進行役は村長秘書のソフィーである。
今回の会談のメインはナディアとアベルの処遇である。リズニア国に嫁ぐのかそうではないのか、嫁ぐとしたらその身分はどうなるのか。そのあたりが焦点になりそうである。考えるだけで胃が痛くなる話だ。ナディアの相手がよりによってリズニアの国王だなんて、とんだスキャンダルである。両国にとって風評被害は免れないことが予想される。
『はぁ、、』
『陛下。胃薬をお持ちしましょうか』
スティーブが声をかけてくれた。今はそれがとてもありがたかった。
『いや、大丈夫だ。いくらあっても足りんだろうからな』
『それにしても、まさか、ナディア様のお相手がリズニアの国王とは』
『頭も痛くなりそうだ。引退するかな』
『それもいいかもしれませんね。レナード殿下もいますし。陛下が引退なされれば私もついてまいります』
『それは心強いな。畑でもやるかな。家庭菜園とやらに憧れていたんだ』
『お手伝いいたします』
俺達は笑った。
◇◆◇
会議室に全員が集まった。
重苦しさが室内に漂う。
コの字で配置された席の向かい側に座っているのがリズニア国王だった。歳はナディアより少し年上に見える赤髪の男だった。ターコイズブルーの瞳はアベルのものと等しかった。たしかにアベルを大人にすればああなるかもしれないとも思った。
ソフィーがそれぞれの紹介をしていく。手際の良さに感心した。
言語はイズール語で行われることになった。王妃には村役場の者が通訳としてつくことになった。
『はじめに、私の方からよろしいでしょうか』
リズニア国王が意見した。ソフィーがそれを認めた。
『陛下、謝罪を受け入れて頂けますでしょうか』
『謝罪など必要ないであろう?』
『いいえ。ケジメは必要です。全ては私の至らなさが起こしたことです。ナディアさんにも、アベルにも大変な苦労をかけてしまいました。申し訳ございませんでした』
そういうと国王は起立して我々に深々と頭を下げた。
もっと人族は態度が大きいものだと思っていたので俺は戸惑ってしまった。
『今さら、謝罪など』
『そして、今更になってしまいましたが、ナディアさんを僕にくださいませんでしょうか』
『やらん。娘も、孫も。そなたにはもう王妃がおるではないか』
『それでも、僕は諦められません。ヨハナのことももちろん大切です。しかし、ナディアさんもまた大切な人です。もちろんアベルも』
『ふん。都合の良いことを。ナディアとアベルがそなたの国でひどい扱いを受けるのは認められん。人族と魔族は相容れない』
その言葉に向こうは言葉をつまらせた。
所詮その程度の男なのだ、俺はそう思った。
そこで口を挟んだのはナディアだった。
『アクセル。もういいんです。私は、貴方にもう一度会えたのでもう十分です。元気に生きていてくださればそれでいいのです。お父様、私はイズールに戻ります。ですが、アベルには選ぶ権利を与えていただきたいのです』
『母さん、何を』
『アベル。貴方はイズールだけにどまるべきではないわ。もっと広い視野で、新しい価値観で生きてほしい』
『お父様も。それならばいいでしょう?私はイズールに戻って貴方のおそばにいます』
『ナディア』
俺は言葉に詰まった。
その気丈な姿は、妻にそっくりだった。
いつからそんなに強くなったのだろう。
いや、違う。
ナディアは昔から強い子だった。
いつまでも目を反らしていたのは、俺だった。
『母さん、あんなにずっとあいつのこと、父さんのこと想ってきたじゃないか』
『いいのよ。どこにいたって関係ないもの。そもそも、もう会えないと思ってたのに、会えただけで幸せだわ』
そういってナディアは寂しそうに微笑んだ。それを見て俺の心は締め付けられた。
娘にこんな顔をさせたかったわけではなかったのだ。
それを聞いて立ち上がったのはリズニアの王妃だった。
「いい加減になさって。アクセルは貴女にそばにいてほしいと言ってるの。私も覚悟を決めたんですから、もっと粘りなさい」
『えっ』
『王妃、様?』
ナディアとアベルは目をまん丸くしていた。
俺達は固まった。おおよその意味は理解できたが、その言葉が王妃から出るとは思ってもいなかったのである。急いで通訳がイズール語に翻訳し、やはり言っているニュアンス等が間違っていないことを再確認した。
「ヨハナ?君は、、」
「だから、認めるって言ってるのです。第二妃という立場でよろしいならば。そもそも、貴女たちがうまく行ってたら私はここにいられなかったのです。それだけでも私は十分幸せです。それに貴女にはアクセルを救ってもらった恩がある。ガリオン様、もしもナディア様やアベル様が嫌がらせを受けるようなことがあれば、私が全力で相手を叩きのめしますわ。それくらいの度量がなければ王妃は務まりませんからね」
王妃が言ったことを通訳が俺たちに伝えた。まさか、王妃からそんな言葉が出るとは思っておらず、俺はすぐには言い返せなかった。
『ヨハナ、さん』
「貴女のことはまだ好きにはなれませんが、抜け殻になってるアクセルを見るのはもうごめんですわ。見るに耐えられませんもの」
王妃はそういうと頬を少し赤らめ、アクセルからそっぽを向いた。
「すまない。本当にありがとう」
リズニア国王は王妃に頭を下げた。
『どうか、ナディアさんを僕にください。陛下』
やつの真剣な眼差しに俺は戸惑っていた。
『ガリオンで良い』
『えっ』
『その代わり、お前のこともアクセルと呼ぶ。これからたくさん関わることになるだろうからな』
『それでは』
『俺はナディアたちが幸せになることを一番に望んでいる。ナディアとアベルがそれぞれ選びなさい。自分の道を』
『お父様』
『お祖父様』
『ナディア、君はずっとそうやって自分の気持ちを押さえて来たのだろう?もう素直になってもいいんだ。愛する人が生きているのだから』
その言葉に嘘はなかった。
いつかこんな時が来るのはわかっていた。
アベルの父親が見つかるか、ナディアが新たな伴侶を見つけるその時が。
いや、俺には感傷に浸ることは許されない。
彼らを守ってやれなかったのだから。
『お父様。ありがとうございます。私は、私は』
ナディアはその金色の瞳に涙をためながら続けた。
『アクセルのそばに居たいです。ヨハナ様には本当に申し訳ないけれど、それでも、そばに居たい。もう、離れたくないです』
「素直な貴女のほうが、仲良くできそうな気がするわ」
王妃はそう答えた。
『アベル。お前はどうしたいんだ』
『俺は。リズニアで勉強してみたい。人族の文化をもっと知りたい。その後で自分の道を選びたい。なんて、だめでしょうか』
『お前らしいな』
『あと、王位継承権は放棄します。そこで揉めていると父から聞きました。結婚も身分に関係なく、自分で選んだ人と共に歩みたい。今は叶わないけれど、必ず。必ず迎えに行きますから』
アベルからは今まで以上の強い意志を感じた。そこまでして彼は銀髪の少女に惚れ込んでいるらしい。孫の成長に俺は少し熱いものがこみ上げてきた。
『あぁ、リズニアとしてもそこは君の意志を尊重する。心から応援している』
『がんばりなさい』
俺はそうとしか言えなかった。
『ありがとう、ございます』
アベルは深々と頭を下げた。
『決まりましたね。あとは細かいところをつめていきましょう。はい、村長どうぞ』
ソフィーが再び仕切り始め、村長を指名した。
『村のほうからも提案をしたいのだが、いいだろうか?』
俺もアクセル殿も頷いた。
『この村と地下迷路の存在を公表しようと思うのだがどうだろうか?』
『村長、それは』
俺は思わず口を挟んだ。
それは、大きすぎる決断だった。
『どのみち、ナディアさんとアクセルがどのように再会したのかなども知れ渡りましょう。そのときにこの村の存在なしには語れません。それに、この村も変換期を迎えている』
村長の言葉にロドルフが続く。
『若者が増え、今までの価値観だけでは成り立たなくなってくると思うんだ。そのうちこの村のやり方に納得できない者も出てくるだろう。そうなったとき、思いもよらない形で村が公になってしまうよりはいいと思うんだ』
それに反論したのはアクセル殿だった。
『村長たちはそれでいいのですか?ここまで作り上げたものが変わってしまうかもしれないのに』
『いいんだ。これからを作っていくのは若者だ。それに、このモデルケースを理解してくれた外部の人々もいる。ようやく世界が変わるときが来たんだと思うんだ。この瞬間を迎えることこそが私たちの願いだったんだよ』
そういうとヘルムートとロドルフは互いを見つめ頷きあった。
『そして、ガリオンよ。今こそ決断の時だな?』
ロドルフが俺に言った。そうやって貴方はいつも俺を導いてくれた。わかっているさ。
『ロドルフ、わかってる。アクセル殿にお願いがある』
『なんでしょうか』
『リズニアに、イズールの最初の取引先になってほしい』
『それは!』
『互いに貴族や国民からの反対もあろうとは思うが、メリットもあるはずだ。そなたの人間性を信じて告白すると、イズールは今ぎりぎりのところまできているんだ。昨年の凶作が響いている。鉱石はたくさんとれても、食物がなければ民はいきていけない』
『お父、さん』
『まだ、そう呼ばれたくない』
俺は冷たく言い放った。これくらいの抵抗は許されるだろう。
『すみません、ガリオン様。わかりました。必ず周りを説得してみせます。ナディアさんもアベルのことも国民が受け入れてくれるよう努力します』
『国内のゴタゴタが解決したら、私は王位を息子のレナードに譲る。あいつは人族に対しての理解がある男だ。アクセル殿とも対等にやれるだろう』
『お父様。それで、よろしいのですか?』
『あぁ。さっきアベルにガツンと言われて目が覚めた。これが国にとって最善の道だと思う。多少の混乱や反対はあると思うが、国民もわかってくれると信じている』
その後地下迷路の整備費用や人手の分担や期間などを詰め、この会談は終わりを迎えた。
ナディアとアベルをイズールに迎え入れることは叶わなさそうだが、二人の笑顔が見れるならそれでも構わないと思えた。
イズールに新しい風が吹くことを願い始めていた自分がいた。




