72話 1章エピローグ
妹であるライナの拉致事件から2週間が経った。村ではシュタイナーの乱などと呼ばれている。
結局彼は見つからず、どこに逃走したのかもわからない。そのため、村人は警戒を怠らず何かあれば警備隊に連絡するということを徹底することにした。
俺がアベルの立場なら、どんな気持ちだったのだろうか。ふとそんなことを考えてしまった。俺なら心が裂けてしまうのではないかと思う。それでも、彼は必ず迎えに来ると約束した。本当に強い男だと、俺は思った。
俺はあの後全てを知った。
アベルはイズール国王の孫でリズニア国王の子であること。イズールを追われて偶然村の近くでライナに助けられたこと。コード先生はアベルの従者だということ。村で両国の極秘会談が行われたこと。
それを聞いて納得できた部分がたくさんあった。俺はとんでもない人を呼び捨てにしていたのかも、とは思いながら訂正はしなかった。それが彼への友情の表現の一つだと思ったから。
ライナが保護された日の夜、会議は始まったらしい。
詳しくは教えてもらえなかったが、要約すると、次のようになるらしい。
・ナディアさんはリズニア国王の第二妃となる。これは異例のことで、リズニア国内でも賛否があったらしい。
・アベルには王位継承権は与えられない。リズニアの王都にある学園で2年間勉強する。コード先生もエマさんも一緒にリズニアへ行く。
・村は正式にリズニア領となり、村そのものと地下迷路の存在を世界に公表する。ただし、村人が魔法が使えることはしばらくの間秘密にすることとなった。
・2年を目処に地下迷路を整備し、通行条件を満たせば誰でも通れるようにする。その整備費用と人手は両国と村から出す。
・イズールはナディアの婚姻をきっかけに開国し、村を介してリズニアを中心に貿易を始める。
ざっとあげるとこのようなところである。
様々な問題はあるけれど戦争になるようなことはなく、現状では一番いい選択がとれた、とじいちゃんは満足そうにしていた。
ロドルフ校長先生はすっかり元気をなくしてしまった。無理もないだろう。実の息子がリズニア国王への反逆罪で指名手配されることになってしまったのだから。俺は校長先生のことを尊敬している。だから励まし続けたいと思う。
会談の2日後、アベルは一度イズールに戻ることになった。荷物の整理と、謝罪のためだそうだ。
なんでも、アベルが起こした暴行事件の被害者は影武者だったらしい。そのへんも含めてイズールでは大規模な貴族改革が行われたらしい。影武者でも怪我をさせてしまったことに変わりはないから、とアベルは謝りにいくらしい。そういうところがあいつらしいなと思った。
その後は村を必要最低限だけ経由してすぐにリズニアに向かうらしい。
会えたらいいなと思ったが、そうもいかないらしい。まぁ、ライナに鉢合わせしたら大変だという彼なりの配慮なのだ。
俺達イーリス家は彼女を温かく見守ることにした。アベル達の話題が出ないように慎重に。この一ヶ月ほどの記憶が曖昧であるというのは本人も理解している。理由は自分の両親のこととシュタイナーに拉致されたことということになっている。一週間たち、ライナは元通りになった。ただ、あれだけ発していた名前が一度も出なくなってしまったのが俺らの心を締め付けた。
じいちゃんは、村長としてではなく、一人の祖父として村人全員にお願いを出した。孫娘は拉致されたショックで記憶があいまいになっている。イズールから来た客人とその正体について彼女に何も言わないでほしい、と。村人は皆快諾した。それは普段のじいちゃんの働きっぷりをみんなが見ていたから成せたことだと思う。
ばあちゃんは普段の診察の合間に例のトワナの本などを読んでいるらしい。字が小せえ!と文句を言いながら。というか、ばあちゃんがトワナ語までマスターしていたとは。俺らは高等部で選択すれば日常会話レベルを習える程度である。伊達に長く生きてないなと感心した。
ケリーと俺の関係?そんなのは今までと変わらない、と思う。少なくともライナが記憶を取り戻すまでは変わらないと信じたい。
《とかいいながら、ティオはムッツリですからね》
部屋の角にいたヒースが声をかけてきた。考え事をしていたら夕方になってしまったらしい。部屋がオレンジ色に染まっていた。
「うるさいぞ。アベルがいなくなったからって、俺にターゲットを移すな。最初はティオくんとか言ってくれてたのに」
俺はヒースを睨んだ。
《中身が見えたんだからしょうがないですよね。まぁ、ケリーも美系ですし、グイグイ来ますからね。貴方が落ちるのも時間の問題でしょう》
「ない。まだない」
《ふふ。人間は本当に興味深いですね》
「ところで、ライナは何でお前のこと覚えてたんだ?」
《そこなんですよね。謎ではありますが、ひい婆様が会っていたから縁が切れなかったのかと》
「まぁ、それが妥当か」
《あと、巫女様も完璧にアベルを忘れたわけではないかもしれません》
「どういうことだ?」
《理由は2つ。1つは、彼女が目覚めたときに、アベルの金髪を見てとても惹かれていたということ。もう一つは、、》
「もったいぶるなよ」
《巫女様は目覚めてすぐ、アベルにイズール語で話しかけています》
「それは」
《アベルの見た目は人族と対して変わらないわけですし、彼女は普段からリズニア語を使っているので、イズール語を使う必要はなかったのに、ですよ》
「まだ望みはある、ということか」
《それがいつになるかはわかりませんがね》
「それでも。俺は二人の絆ってやつにかけてみたいんだ』
《くっさいセリフですね》
「うるさい。父さんを通して定期的にアベルと手紙のやり取りもできたらって思うんだ」
《それはいいですね。ティオはあの金髪より頭が回りますね。ムッツリなだけで》
「本当に、あいつの気持ちがよくわかる。鍋にしてしまいたい」
《ふふ、優しい貴方にはできませんよ。それに、僕はまだ鍋になるわけにいきません。金髪と、アベルと約束しましたから。巫女様を貴方の代わりに見守ると》
「そうか。でも、あまりにもひどいと鍋だな」
《ケリーとも繋がれればいいんですけどね。全部バラしてやるのに》
「絶対阻止する」
5の月も終わりを告げようとしていた。温かい風が部屋を満たす。
俺は彼女の記憶が戻ることを心の底から強く望んだ。それは彼女のためというのももちろんあるが、彼のためだったのかもしれない。俺はつくづく損な役回りのようだ。




