63話 黒羽
5の月7日目、夜中のこと。
マチルダはライナの隣で寝ていた。シングルベッドなので少々狭かったものの、どうにか眠れていた。
明け方前、まだ東の空も暗い頃、マチルダは窓が開く音で目が覚めた。
「ライナ?何してるの?」
ライナがベッドから抜け出し、部屋の窓を開けていたのだ。ライナはマチルダを無視し、窓を全開にした。
「ライナ?ねぇ、聞こえてるの?」
その声にライナがゆっくりと振り返る。彼女の瞳は赤く不気味に輝いていた。
「えっ」
マチルダがそう発した瞬間、窓からおびただしい数の黒い羽が入ってきて、ライナを包みこんだ。
「待っ」
待って、とマチルダが叫ぼうとした瞬間、彼女も羽に襲われた。全身の皮膚に痛みが走る。
マチルダは意識を失った。
◇◆◇
まだ薄暗い早朝。一匹の声がアベルとコードの頭の中を駆け巡った。
《アベル、コード殿起きて!巫女様の気配がなくなりました!》
『なんだって?!』
『一人で突っ走ったのか?!』
二人は慌ててベッドから飛び起きた。
《違います。これは、誘拐に近いと思います。とにかく部屋へ!!》
『!』
部屋に入った二人の目に飛び込んできたのは、おびただしい数の黒い羽とベッドに横たわるマチルダだった。マチルダは顔や手足にいくつも切り傷を負っており、その傷口という傷口から少量の血を流していた。服もところどころ切れている。
『マチルダさん?!大丈夫ですか?!』
コードがマチルダに駆け寄り抱きかかえた。
『ん、、』
マチルダはその呼びかけに答えるように目を覚ました。彼女は目を大きく見開くと大変!と声を上げた。
『ライナ!!ライナが!!』
マチルダはすぐに動き出そうとコードの腕をふりほどこうとした。
『落ち着いてください!何があったんですか?!』
『ライナが夜中に窓を開けてたの。声をかけても返事がなくて、彼女の瞳が赤く光っていたわ。そしたら黒い羽が無数に入ってきて。それがライナを包んで、私も襲われて。私は意識を失ってしまったようで』
『なんだって?!』
アベルは開きっぱなしになっていた窓から外を見た。黒い羽は窓の下にも無数に落ちている。
ベッドには黒いカードに赤いインクで文字が書かれていたものが置いてあった。
〈まさか一人で来ないとは。でも、お前が阻止しても無駄だ。もう計画は動き出した〉
アベルはカードを握りつぶした。
『くそっ!コード、急いで奴のところに!』
『落ち着いてください。もはや俺たちだけでは手に負えません。より多くの人に協力を願いましょう。アベル様はティオくんを連れてきてください。マチルダさんはとりあえず消毒をしましょう。傷が多すぎる』
《ケリーさんにもお手伝い願いましょう。かなり強い方なのでしょう?》
『わかった。ケリーも連れてくる』
『俺は大人たちに声をかけます。そこから村長と警備隊のほうにも』
二人は急いで身支度をし行動を開始した。
◇◆◇
目が覚めると、ライナは薄暗い見知らぬ部屋の中にいた。かすかに日の光が入っているところを見ると夜は明けているらしい。
後ろ手に縄をつながれ、テーブルの脚に固定されている。
足も縛られ自由に動かせかせない。
『どういうこと?!』
彼女は縄を外そうと必死にもがいた。
目の前にあるドアまでは数メートルあり、届きそうにもない。かすかに干し草や家畜の匂いが入り込んでいた。
"ここは、牧場?"
ライナはひたすらにもがいた。
◇◆◇
アベルはティオとともにケリーの家まで来た。
ティオはケリーの部屋の下まで行くと、配管を伝って器用に部屋までたどり着いた。
窓をノックすると、ケリーは眠そうな目をこすり窓を開けた。
「何?まだ早朝じゃん。わざわざ窓から来なくても、、」
「緊急事態だ。ライナがいなくなった。ってお前、、」
ティオは思わず顔を赤らめてケリーから視線をそらした。ケリーは上下の肌着だけの姿で、引き締まった肢体が嫌でも目に入る状態だったのだ。ティオはケリーの左胸の上に白い三日月のような跡があるのも見てしまった。
『見んな!寝るときはいつもこうなんだよ!下で待ってろ、今すぐ行く!』
『ふ、服来てこいよ!』
『当たり前だ!』
ティオは器用に下に降りた。
『ずいぶんと慣れてるのな?』
アベルは少しからかい気味に言った。
『昔からだからな。誤解するな、ライナもだ』
『ふーん。にしてはずいぶん顔が赤いけど?』
『気のせいだ!』
ティオはフンと鼻を鳴らした。
『待たせた。どういうことだ?』
ケリーが黒色の警備隊の訓練服を着て現れた。見事に着こなしている。
『ライナが誘拐された。多分、シュタイナーさんの仕業だ』
『はぁ?どうしたらそうなるんだ?あの人がそんなことするわけないだろ?』
二人はイーリス家につくまでの間に一部始終を説明した。
『信じられない、が。昨日の校長先生の話を聞くと少し納得はできる。だけどさ、、』
ケリーは未だに納得できないでいた。
『そんなにいい人なのか?』
アベルの問いにケリーは大きく頷いた。
『昔からよく牧場で遊ばせてもらってる。もしあれが演技だったりしたら震えるな』
三人はイーリス家についた。
◇◆◇
イーリス家のリビングにはナディアとエマとコードがいた。マチルダは消毒を終え、村長とウルマーのところに行っているとのことだった。ミリーはまだ起こしていないらしかった。
『コードから聞きました。ライナさんが無事だといいのですが。マチルダさんの傷も心配です』
『無数の羽、赤く光った瞳。何か得体のしれない魔法か何かを使っているのかもしれません』
エマとナディアがイズールに伝わる魔法で該当するものがあるかを話し合っていたらしい。
『無詠唱で魔法を扱えるやつです。可能性はあります』
アベルが答えた。
『とにかく作戦を立てましょう。村長と警備隊が来てから動いたほうがいいかとは思いますが』
そう提案したのはエマだった。しかしアベルは首を横に振る。
『それでは間に合わないかもしれない。先に救出に向かいたい』
『アベル。貴方の身も大事です』
ナディアがアベルを止めようとしたがアベルはまたもや首を横に振る。
『彼女を守れない身なんて滅びたほうがいい』
『ですが』
『ナディア様、俺がアベル様を守ります。もう前回のようなヘマはしません』
そこへコードがアベルを支持した。
『コード』
エマはそういうと心配そうにコードを見つめた。
『わかりました。アベル、コード、ライナさんをお願いします。マチルダさんたちも直ぐに牧場に向かうと思うので絶対に無理しないように!本当は私もいきたいのですが』
『母さんはダメだ。何かあればそれこそあの人たちが戦争を始める』
『あたしも行く』
ケリーがすばやく答えた。
『俺も』
ティオがそれに続いたがすぐにケリーが反応する。
『ティオはだめ』
『なんで?!』
『危ない目に合わせたくないから』
『お前、本当に男前だな。でも一理ある。あ、ゲルデ先生に連絡をお願いしたい。入院してるスタンを無理矢理にでも起こして、何か知ってることがないか聞き出そう』
アベルがそう提案した。
『、、わかった。任せろ』
《僕も行きます。念話があれば役に立つかもしれないです》
『ありがとう、ヒース』
『ちょ、誰としゃべってるんだよ?コード先生もアベルに様つけてるし、戦争がどうとか、一体何なんだ?!』
『詳しくは後だ。急ごう』
アベルは説明する時間も惜しんだ。
戦闘に備え身支度を整えると、各々行動を開始した。




