59話 ねぇ
就寝前の頃、アベルはライナの部屋を訪ねた。
部屋の中は昨日より暗かった。
アベルを迎え入れたライナは、ラベンダー色のネグリジェを着ていた。これはいつものものより少し丈が短く肩の露出が多いものであった。その姿にアベルはどぎまぎしてしまう。
『ごめんね、呼び出して』
その声はいつもの元気がない。
『君が心配だ。何があった?』
『何でもないの。それよりも、こっちきて』
アベルはライナに誘導されベッドまで来た。
彼女の上目遣いにアベルは真っ赤になった。
『ねぇ、キスして』
『え、ど、どうしたんだ?』
アベルは一瞬たじろぐ。
『最後だもの』
『必ず会いにくるから、最後じゃない』
いつもの彼女の様子との違いに頭がついていかない。
『ねぇ、しよう?』
ライナはアベルの首に腕を回した。
『ライナ、待って』
ライナはその言葉を無視し、アベルをベッドに押し倒して強引にキスをした。
アベルの顔が赤くなった。アベルは彼女が積極的なのは嬉しくないわけではないが、彼女の表情が気になった。ライナのそれは先程から何も変わらないのだ。青紫色の瞳は揺れることなくアベルを見ていた。二人はベッドの上で起き上がった。
『ねぇ、嫌?』
『嫌じゃないけど、君らしくない』
『私は私よ。驚いた?』
ライナの瞳には動揺を隠せていないアベルが映っていた。
『どうしたんだよ!』
アベルは少し大きな声を上げてしまった。
『こういう女なの。今までのは全部演技。よくできてたでしょ?』
ふふ、とライナは涼しく笑った。
『なに、言ってるんだよ』
『あんまり恋愛したことなさそうだったから、ちょっとからかっただけ。いい思い出になったでしょ?』
そういうとライナの視線がそれた。
『嘘だ』
『あなたが望むなら、最後までしてもいいよ?他国のお姫様との婚約前に経験しておいたほうがいいんじゃない?』
『なぁ、からかってるだけなんだろ?ライナ、、』
アベルはライナの肩を揺する。
『だから、もう村に戻ってこないで。あなたが好きなライナは存在しないの』
彼女は依然としてアベルを見ようとしない。
『何で、そんなこと言うんだよ』
アベルはライナを優しく抱きしめた。
すると少しの沈黙の後、ライナが口を開く。
『私ね、本当はティオとできてるの。前からそういう関係なのよ』
それを聞き、アベルは目を見開いて自らの腕を解いた。
ライナはアベルと目線を合わせようとしなかった。
『二人で、騙してたのか?』
アベルは静かに尋ねた。
『ええ。だからこんな村から早く出ていったほうがいい。キレイに忘れて』
『そんな、、嘘だ』
『じゃあ試してみる?そうすれば嘘じゃないのがわかると思うけど』
ライナは妖しい笑みを浮かべて真っ直ぐにアベルを見た。
アベルには彼女の青紫色の瞳が妖しく光ったように見えた。
『こんな、こんなことって』
アベルはうつむいた。
アベルは何も考えられず、部屋を出ていこうとベッドから立ち上がった時に、ふと昨日の声を思い出した。
《運命に抗いなさい。あなたが切に望むのであれば》
"何か、きっと何か理由があるはずだ。ライナはこんな人じゃない"
ここでふとヒースの言葉を思い出した。
『なぁ、ライナ。ヒースの声、聞こえてる?』
アベルによる不意な言葉にライナは動揺した。
『さぁ?』
『ヒースも心配してる。本当のこと、話してくれないか?』
『だから、これが本当のことよ!』
ライナは目をそらした。
『ねぇ、こっち向いて』
『いや』
『俺、ライナのこともティオのことも信頼してる。こういう勘は結構当たるんだ。さっきはちょっと動揺しちゃったけどさ』
アベルはそういうと微笑んだ。
その瞬間、ライナはポロポロと大粒の涙と落とした。
『だめ。これ以上は迷惑をかけられない。巻き込みたくない』
『迷惑なんかじゃない』
『せっかく、突き放そうと思ったのに』
ライナは両手で顔を覆い、ヒクヒクと泣き始めた。
『残念だったね。そう簡単にはいかない』
そういうとアベルはライナをゆっくりと抱きしめ、唇で唇を封じた。
『んっ、』
ライナがかすかに反応する。
さっきはなかった反応にアベルは安心を取り戻した。
そのまま彼女の首筋に顔を埋め、舌で首筋をなぞる。
『あっ、だめっ』
彼女らしい反応が返ってきたところで止めた。
『試すんじゃなかったの?』
アベルはいたずらっぽく笑った。
『ごめんなさい。は、恥ずかしい。あんなことして』
彼女はいつもどおりに顔を真っ赤にしていた。




