58話 不通
気がつくと、ライナはベッドの上で寝ていた。
その手をアベルが握っていた。
『ライナ、大丈夫?部屋から音がして、入ったら君が倒れてた。みんなも心配してる』
『ごめんね。なんかいきなりふらっとしちゃって』
彼女は力なく笑った。
『すごくうなされてた。顔色もあまり良くない。心配だ』
アベルのターコイズブルーの瞳が揺れていた。
『ありがとう。あの、夜、また部屋に来てくれる?』
ライナは神妙な面持ちで言った。
『わかった。俺、みんなにライナが目を覚ましたこと伝えてくる。ちょっと待ってて』
そういうとアベルはライナの頭をポンポンとなでた。
アベルが出ていった後、ライナは頭をかかえた。
◇◆◇
ライナはその後キッチンに向かった。アベルには無理するなと言われたが、彼女はそれを振り切り手伝いへ向かったのだった。
母たちは料理に精を出していた。結局、ライナが倒れてしまったために計画通りにはならず、ナディアとエマも料理を手伝ってくれることとなった。3人ともライナを心配していたので気丈に振る舞った。
ティオが裏の畑で香草をとってるというので、ミリーの様子を見たあとに手伝うことにした。
リビングは仮退院祝のときのように飾り付けされ、テーブルには白いクロスがひかれていた。そこでミリーがお絵かきに勤しんでいる。
「お姉ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫よ。心配かけてごめんね」
「むりしないでね」
ミリーは笑顔でそういうとお絵かきを再開した。相変わらずお絵かきというにはレベルの高すぎる絵であった。絵の中ではみんな笑顔で描かれている。ライナはそれを見て心臓が痛くなった気がした。
リビングの片隅に置かれたゲージの中では、ヒースが野草を美味しそうにモグモグと食べていた。
"ヒース、美味しい?"
ライナがそう聞いたが、ヒースからの返事はなかった。
きっと集中して食べてるのねと考え、彼女は裏の畑に向かった。
ふと畑に隣接している馬小屋を見ると、父が乗っていたはずのライとジンが戻ってきていた。
ライナはそれが気になり、キッチンに戻り母に尋ねた。マチルダはいつもより小さい声でリズニア語で言った。
「お父さん、さっき一度帰ってきたの。お連れ様たちの対応があるから、今日は帰って来れないって。今日はゲストハウスのほうに泊まるって」
ゲストハウスとは村長の家の隣にある客人用の家である。
「そうだったの」
ライナがふと隣にいたナディアさんを見ると顔色が青白くなっていた。包丁を持っている手がかすかに震えている。
ライナとエマは顔をアイコンタクトを取り、マチルダをキッチンから連れ出した。
『お母さん、ちょっと一緒にジンたちのお世話しよう』
『えぇ、わかったわ』
ライナはマチルダを連れ馬小屋へ向かった。
◇◆◇
エマはナディアを後ろからそっと抱きしめた。
『気分は大丈夫ですか?』
『ありがとう。マチルダさん、もしかして気づいてるのかしら?リズニア語にしてくれたけど、、実はある程度わかるなんて教えられないですし』
『聡い方ですから、気づいていらっしゃるかもしれませんね。ナディア様、私がついていますから安心してください』
『本当に心強いわ。でも、きっと王妃様も来てるのよね。どう顔を合わせたらいいか。。』
ナディアは目を伏せながら言った。その金色の瞳は不安で塗りつぶされているかのようだった。
『貴女は貴女です。きっとアクセル様が説得してくださっています』
アクセルという名前を聞き、彼女の瞳は光を取り戻した。
『そうね。信じなくてはいけないわね。ライナさんに余計な気を使わせてしまいましたね』
『本当に良い子ですね。アベル様が狙っていなければうちのコードにと思ったのですけれど』
エマがさらりと言ってのけた。
『あら、ごめんなさい。うちの娘になってもらう予定ですので』
ナディアもさらりとかわす。
『うふふ。でも、アベル様がもし貴族と婚約しなければということになってしまったら、、』
『それはアクセルとともに全力で阻止します。だめなら逃走の手助けでも何でもします』
『さすがですわ。そうでなくっちゃ』
エマとナディアはクスクスと笑い合った。
◇◆◇
お別れ会が始まった。ライナはミリーとアベルの間に座っていた。
『ライナ、体調はどうだ?』
アベルが心配そうにライナに声をかけた。
『もう大丈夫』
ライナは普段を装って返事をしたが、それはアベルには通用しない。
『いや、顔色がまだ良くない。心配だ』
アベルのその視線に耐えられなくなったライナは目を伏せた。
会も終わりにさしかかり、ナディアが挨拶をすることになった。
『今日は私達のために本当にありがとうございました。一月以上もお世話になってしまって、感謝の言葉しかありません。事情で村を離れなければいけないのは辛いのですが、私達にとっては素晴らしい経験でした。特に、マチルダさん、本当にありがとうございました』
そういうとマチルダがナディアを抱擁した。そして耳打ちする。
『お客様って、あいつのことでしょ?アクセルが貴女を泣かしたら、私が蹴り飛ばしに行くから大丈夫よ』
マチルダはウインクした。
その瞬間、ナディアは大粒の涙をこぼした。
『いつから、気づいてたの?』
『アベルくんを見たときからよ。若いときのあいつにソックリで。貴女には悪いけど思わず蹴り飛ばしたくなったわ』
その瞬間アベルが目を見開く。
『どんだけ恨まれてたんですか、あの人は』
アベルは顔を引きつらせた。
話が理解できないティオとミリーは首をかしげた。
『黙っていてすみません。少し事情が混み合っていて』
ナディアが頭を下げた。
『あいつが絡んでる段階で仕方がないわよ。今から乗り込みにいこうかしらね?』
ふふとマチルダが笑った。その目は笑っていなかった。
そんなこんなで会も終わりを告げ、片付けをしているときだった。
《アベル、話があります。コード殿も。私を貴方たちの部屋へ。急を要します》
二人はヒースの方を見た。
二人は片付けを抜けさせてもらい、部屋に向かった。
『どうしたんだよ、いきなり』
アベルがヒースに尋ねた。
《巫女様と繋がれません。彼女が何を考えているのかわからなくなりました》
『それは、一体?』
コードが尋ねた。
《わかりません。初めてですので。肉声は聞こえます。でも何を考えているのかわからないのです。多分、向こうも私の声が聞こえていません。何度も呼びかけているのですが》
『もしかしたらさっき倒れたことが影響してる?』
《わかりません。でも、すごく嫌な感じがします》
『まさか。アベル様、ライナに手を出して』
『ない!』
『ですよね。そんな勇気はないですよね』
『やめてくれ。まだ両思いでもないのに』
アベルは頭を抱えた。
『はぁ。信じられません。いろんな意味で』
コードがさらっと言った。
『うるさい』
《冗談はともかく、巫女様のことをよく気にかけてください》
『わかった。教えてくれてありがとう』
アベルはヒースに素直にお礼を言った。その様子にヒースは少しひるむ。
《み、巫女様のためですからね。あぁ、もうすぐ貴方と離れられると思うとせいせいします》
『え、俺が連れて行こうかと思ってたんだけど』
違うのか?とアベルはヒースに問う。
《ご冗談を。野郎と一緒に他国なんてごめんです。僕は村周辺で可愛いお嫁さんを見つけて悠々自適に暮らすんですよ》
『そうか。少し、寂しいな』
《ふん。僕は言いませんからね》
『わかってるよ。可愛くないやつめ』
そんな主人の様子を微笑ましく見ている従者の姿があった。




