小話7 銀髪少女のお仕事
4の月25日目、放課後。
ライナとアベルは診療所の"離れ"を訪れていた。
ここは診療所の裏にある小屋で、軟膏や湿布液、そして薬膳茶を作るための場所である。
毎週風の曜日、診療所は午後が休診日となるため、ライナは用事がない限りはここに通うこととなっている。
風の曜日に限って、ゲルデとライナは祖母と孫ではなく、師匠と弟子となる。
来たるべくライナの旅立ちに向けて、医師・薬師の知識を伝承するために。
『ライナ!分量が違う!お前は患者の皮膚を爛れさせるつもりかい?!』
『ひぃっ!!!ごめんなさい!!』
鬼ゲルデ、降臨である。
◇◆◇
軟膏と湿布液をどうにか作り終えたライナはげっそりとしていた。それをアベルが木製のバインダーで優しく扇ぐ。ゲルデは診察室の備品を確認しに一時的に小屋を出ていた。ライナへの課題を作成するために。
火を使っているため小屋の中は外より蒸し暑い。そして様々な薬の香りで鼻が悲鳴をあげそうになる。
『ライナは毎週こんな目に遭ってたんだな』
アベルは尊敬やら労いやらいろんな感情を込めたように言った。
ライナはげっそりとしながらも笑顔で頷いた。
『将来のためだもの。それに、自分が作ったものが人の役に立つのは嬉しい』
『ライナはすごい。俺には一体何ができるんだろう』
アベルはポツリとつぶやいた。
ライナは自身の夢に向かってがんばっている。
それに対して自分はまだ宙に浮いてしまっている気がしたのだ。
『アベルにはきっと、貴方じゃなきゃできないことがあるはず』
『俺にしかできないこと、か』
『イズールとリズニアの架け橋なんだよ。アベルの存在そのものが。種族の垣根は、取り払われるべきだと思う』
そのライナの言葉には重みがあった。
それは村で生きてきたからこそ言えることなのだろうとアベルは感心した。
多くのイズール人が、そして人族たちがそう考えていれば、イズールは今頃飢えに苦しまなくて済んだかもしれない。
自分にできることが少しだけ、そしてぼんやりと見えてきた気がした。
『そろそろ薬膳茶の準備をしなくちゃね』
今日のメインが、この薬膳茶作りである。
主原料はユキワスレ、そこに苦味を緩和させるために数種類の薬草をブレンドするのだという。正直苦味は全然消えないけどね、とライナは苦笑いを浮かべていた。
ライナは慣れた手付きで乾燥させた茶葉を用意していき、天秤を使って丁寧に量を調整していく。
『この薬膳茶って、俺を助けてくれたときに飲ませてくれたやつだよな?』
『ええ。まぁ、あの時のは生葉を煮出したものだからこれから作るやつより苦味が少ないのよ』
ライナは爽やかに笑った。
『嘘だろ』
アベルは思わず呟いた。
朧気な意識の中でも、あの強烈な苦味は忘れられなかったのだ。
間違いなく人生の中で一番、それも群を抜いて一番だったのに、それより苦いなど一体どうなっているのだろうとアベルは少々青ざめた。
『ユキワスレ茶は村の特産品のひとつなのよ』
ライナの話によると、ユキワスレという植物はラヴィーネ山脈でも標高の高い奥地にしか生息しておらず、他での栽培が難しいのだという。
村で加工して茶葉にすることで他国に流通できるようにしたそうだ。効能は多岐にわたり、とりあえず体調が悪いときに飲んでおけば大方は改善するらしい。恐ろしい万能薬である。
『そう言えば、ナディアさんは飲んだことがあったみたいよ。アベルはなかったの?』
そう言われ、アベルは昔を思い出そうとした。しかし、あの強烈に苦い飲み物は記憶のどこにも残っていなかった。
アベルは首を横に振った。
『飲んだことがあるなら覚えてるはずた。それに体の丈夫さが取り柄だったし、体調を崩したことはあんまりないんだ』
『そっか』
そんな会話をしているうちに、ゲルデが戻ってきた。
『今日の薬膳茶はアイツ用のブレンドだからな。しっかり作れよ』
そう言いながら、ゲルデはポケットから小さいメモを取り出し追加の材料を指定した。
ライナは棚からそれらを取り出し、メモの分量通り用意する。
『はーい。ねぇ、先生。なんでロイスさんにはいつもこのブレンドなの?』
ロイス、それは昨日もアベルが耳にした人名だった。
『色々あるんだよ。まぁ、わかるようになるさ、いずれな』
『ふーん。抗菌作用が強いことしかわかんないです。あと、普通のユキワスレ茶より断然苦そう』
『可哀想に。アイツ、苦いの苦手なのにさ』
『そうだったんだ。それでもわざわざ飲むの?』
『さぁ、焙煎だよ』
ゲルデは返事の代わりに指示を出した。
ライナは何か聞きたそうにしていたけれど、おとなしく指示にしたがった。
◇
出来上がった茶葉を使って、試飲することとなった。
無論アベルも強制参加である。
ライナは茶器をつかって慣れた手付きでお茶を淹れていく。
『はい、どうぞ』
そうして差し出されたお茶は、真夜中の森のような深い緑色をしていた。
匂いからして苦味が伝わってきそうである。
焙煎したてからか、香ばしさを感じるのはありがたかった。
小さめのカップに3分の1ほど注がれたそれは、ほんのりととろみがあるようだ。
『いただきます』
アベルは恐る恐るカップに口をつけた。
恐ろしいほどの苦味にむせた。
『ん、上出来だ。これなら一般用の焙煎も任せられるな』
ゲルデは茶をぐっと飲み干すとさらりと言ってのけた。
アベルは目を瞠った。
"平然と、平然と飲んだ?!?!"
『アベル大丈夫?先生、ありがとうございます。今日のはうまく行ったかも。この前のより苦くないわ』
ライナもまた、むせることなく普通に飲んだ。
"?!?!"
アベルは自分の味覚がおかしいのかと疑い始めた。
ユキワスレ茶の苦さに、アベルの脳内からロイスという人名はすっかりきれいに忘れ去られたのだった。
思い出したのは、随分先のお話。




