53話 穏やかな早朝
4の月27日目。明け方、空が白んできた頃。ライナは自分が泣いていることに気づいた。
原因はさっきの夢のせいだとわかっていた。もう眠る気にはなれず、彼女は身支度を整えて一階に降りた。
一階には誰もおらず、彼女はリビングから庭に出た。何羽もの鳥のさえずりが聞こえ、風が優しくそよぐ。それはもう春が終わりを告げようとしているかのようだった。
ふと後ろで物音がして、彼女は振り返った。
そこにいたのはコードだった。身支度を完璧に整え、今すぐにでも出勤できそうな出で立ちだった。
『おはよう、ライナ。珍しく早いね』
コードも庭に出てきた。
『コードさん、おはようございます。目が覚めてしまって』
『昨日はアベル様がお世話になって。何もされなかった?目が少し腫れてるようだけど』
コードがいたずらっぽく笑う。
『大丈夫です。あの、彼は、その』
ライナは夢でリオニーが言ってたことが気になった。
『なに?』
『今まで、人を好きになったこととかはあったんですか?イズールで』
『俺が知る限りはないと思うな。それどころではなかったからね』
『ですよね。じゃなければ私なんて』
『それは違います』
コードは仕事モードの言葉遣いになった。
『あの方は人を見る目を持っています。それを否定することは貴女でも許しませんよ』
コードの突然の威圧感にライナは驚いてしまった。
『すみません、変なことを聞いて』
『ごめん。君は十分に魅力的な人だからね。アベル様もお目が高い』
『そんなこと、ないのに』
ライナは視線をそらした。
『ティオくんとケリーさんがいなければ大変なことになってただろうね。アベル様はもっと二人に感謝すべきだ』
コードがクスクスと笑った。
ライナにはその意味がいまいちよくわからず首をかしげた。
『あ、そうそう。俺はもう少ししたら学校に向かうね。この前の件は校長先生に話しておいたんだけど、やっぱり日程が合わないらしくて、5の月に自分から声をかけるって言ってた』
『ありがとうございました。コード先生の授業、すごく楽しいです。初めて教えるとは思えないです』
ライナの言葉にコードは少し照れた。
『カイ先生の真似事だからね。あの人ともっと一緒に働きたかった。たった1日になってしまうなんて』
『そんなに尊敬されているんですね、カイ先生のこと』
『俺に新しい価値観を教えてくれた人だから。母さんも感謝してるって言ってた。あの二人は同級生なんだよ』
『えっ?!そうだったんですか?!』
『俺も最初驚いたよ。母さんはナディア様の侍女に自ら名乗り出たんだ。他の誰も嫌がってた中ね。そのきっかけは学生時代にカイ先生から色々学んだからなんだってさ』
『やだ、ニヤけちゃう。あ、でも』
『まぁ、二人は何もなかったんだ。だからこそ俺は存在してるわけなんだけど』
『不思議な巡り合わせですね』
『結構お似合いだと思うんだよね、あの二人。くっついてくれないかな』
『でも、エマさんもナディアさんについていくなら、どちらにせよ村には』
『そこなんだよね。どうにかうまくいかないかなって色々考えてるのさ』
コードは不意にニヤりと笑った。
その時、ライナは突然後ろから抱きしめられた。でも体はこの感覚は相手が誰であるのかを知っていた。
『っ?!』
『何、そんなに楽しそうに話してるの?』
その声にライナはドキドキしてしまう。
『おはよう、アベル。コードさんも見てるんだからやめて』
『関係ない。ニヤニヤしちゃってさ、少し妬ける』
『誤解だよ。学校のこととか話してたんだよ』
ライナが離れようとするも、アベルから逃れられない。
『アベル様。男の嫉妬はみっともないですよ』
コードは相変わらずニヤニヤしていた。
『うるさい』
アベルは不機嫌そうに言った。
『だいたいコードはいつもいつも俺の反応見て楽しんでさ』
『ご存知でしたか。俺の生きがいですから』
コードが涼しい笑顔で言った。
『本当にムカつく。でも、感謝してる』
『おや、どういう風の吹き回しで?』
『コードのおかげで、イズールでもどうにか生きてこれたんだと思う。それに、ライナへの気持ちに気づかせてくれた』
『ふふ。貴方のことなら何でも知ってますからね』
『でも、踏んづけられたことは忘れない』
『そこは忘れて?!お願いだから忘れて?!』
コードが両手で顔を覆った。
二人のやりとりを見てライナは吹き出した。
『やっぱり、お似合い』
『『やめてくれ』』
三人はクスクスと笑い合った。
空はすっかりと明るくなり、村の人々が活動を始めた音が聞こえ始めた。空高くを一匹の黒い鳥が飛んでいた。




