51話 白いウサギは何を思うのか
ライナは自分の過去についてぽつりぽつりと話し始めた。
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私はリズニアの首都シェナヴィーゼの下町で生まれた。父親は知らない。物心がついた頃から母との二人暮らしだった。家は貧窮してて、母は何個も仕事を掛け持ちどうにか生活をしていた。
母が仕事の間はエミリアという中年女性が義務といった感じで面倒を見てくれていた。
ある日の夜、母は私が後ろにいることに気が付かずずっと泣いていた。
『何で貴方は私を置いて行ってしまったの。ライナは私達の子なのに。なぜ私のことを疑ったの。私には貴方しかいるわけないのに』
『それは、まさか』
アベルには一つ心当たりがあった。
『この瞳も髪も肌も。両親のものとは全く違う。似てないの、何もかも』
『この前、診療所で1冊の本を読んだんだ。遺伝の本を。いろんな生物で見られる現象で、そういう外見で生まれてくることが極稀にあるって』
知っててくれたんだね、とライナは言う。
『前にアベルも言ってたでしょう?私もこの瞳が憎かったの。この髪も。えぐり出して、全て抜いてしまいたいほどに』
多分、父はそれを知らなかった。知らずに、母をなじった。浮気相手との子どもなんだろうって。父は母と私を置いて出て行った。
母は父に依存していた。それは病的なほどに。それなのにその父が居なくなり彼女はどんどん壊れていった。
彼女は決して私にはあたろうとはしなかった。いっそ私に当たってくれればよかったのに、ギリギリまで彼女は私のことを愛そうとしてくれた。
でも、私が4歳のときについに限界が来た。
愛せないものを無理矢理愛そうとしてもできるわけがない。彼女にとって私は愛する人を失った原因だったから。
ある日彼女は、私が寝た後、心中を図ろうとした。
首を締められた。息ができないほどに。でも、私は彼女のためなら死んでもいいと思った。
大好きだった。その大好きな人から、大好きな人を奪ってしまった。だから私は生きていてはいけないと思った。
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『そこに偶然、ウルマーさんが、うちの父が駆けつけた』
『母は、お父さんの目の前で死んだらしい。お父さんに抱えられてて直接は見てないからわからないけど、通り過ぎるときに一瞬見えたの。うつ伏せに倒れてる母とすごい血溜まりが』
『そんな、ことって』
アベルは何も言えなかった。
『だから、私が母を殺したの』
その瞳に光はなかった。
『それは、違う』
今度はアベルがライナを抱きしめた。
『違わないよ。私が生まれて来なければ、二人はずっと幸せだったかもしれない。私が普通の姿で生まれてくれば、お母さんは今でも生きていたはず』
『そんなのわからないじゃないか。どこかで別れて同じ道をたどっていたかもしれない。何か別の要因をきっかけにして同じことが起こっていたかもしれない。君が背負うことはないんだ』
『そんなことは』
『ないと言える?母親が壊れてしまった原因は本当に君だけなの?そもそも勝手に産んどいて、全部こっちのせいにされたらたまったもんじゃない!』
無意識のうちにアベルの腕に力が入ってしまっていた。
彼はライナに苦しいと言われて、はっと気づいて力を抜いた。
『そこまで考えたことなかった』
ライナは目を丸くして言った。
『お父さんもお母さんもあなたのせいじゃないって言い続けてくれたけど、何もしっくりこなかったのに』
アベルはライナから離れ、彼女を穏やかに見つめる。
『ライナは優しいんだ。俺たち子どもは親を選べない。選んで生まれてくるなんて、俺は嘘だと思う。彼女に何があったのかはわからないけど、前を向いて生きてほしかった。ライナのためにも』
アベルは続けた。
『不謹慎かもしれないけど、俺は、今ライナがここに居てくれることに感謝してる。君は今、素敵なイーリス家の人たちにも友達にも、村の人たちにも愛されている。も、もちろん俺にも』
『最後のは、少し恥ずかしい』
『それは、君が周りの人を大切にして生きてきたからだと思う。だから、もっと自信を持ってほしい。周りの人たちと同じように、自分のことも大切にしてほしい』
『あなたは私に甘すぎるよ。過大評価しすぎ』
『これでも足りないと思うんだけどな。わからせてあげようか?』
そういうとアベルはゆっくりとライナに顔を近づける。ライナは恐る恐る目を瞑った。
二人は口づけを交わした。
そのままアベルはライナを抱きしめ、耳元で囁く。
『ねぇ、いつもみたいに嫌がらないの?』
いたずらっぽく笑った。ライナは真っ赤になってそっぽを向いた。
『アベルこそ嫌じゃないの?私みたいなの』
『まだわかってないなら、何度でもするんだけど』
『そ、それは恥ずかしいからパス』
ライナは両手でアベルの胸板を押し返した。
『残念。でもこれ以上続けたらまた抑えられなくなりそうだから、ここまでね』
その発言にライナはさらに赤くなる。
『なんでそんなに余裕そうなの?』
『そう見える?内心結構ギリギリなんだ。それに、監視がついてるから。同じ目にはあいたくない』
『ふふ、そうね』
二人はクスクスと笑いあった。
《おや、お呼びですか?》
""呼んでないから!""
二人の心の声が一致した。




