48−1話 治療とその声
スタンの左脇腹にはナイフが刺さっていた。そのナイフは彼が持っていたものではなかった。スタンの腰には2本のナイフが装備されたままだったのだ。
あたりには血だまりがてきており、顔は青白く額には汗が滲んでいる。そして体が不自然に硬直していた。
『あっちに、』
スタンは息も絶え絶えに岩場の奥の方を指さす。
『わかったっす。ライナ、頼む。俺はそいつを追う』
『ギルさん、気をつけて!何かあったら逃げてください』
『俺は警備隊っすよ。逃げるわけにいかない。スタンさん、頑張ってください』
そういうとギルはスタンが指した方へ走っていった。
ライナはアベルにヒースをお願いした。
『ライナ、大丈夫か?』
『前例があるからそこは平気だけど、、スタンさん。毒はくらっていませんか?』
『それは、ないと、思う。風、は、こなかっ、た』
そう言うとスタンはぐったりとして意識を失ったようだった。
ライナは疑問を持った。確かに外傷は腹部以外ないが硬直の様子は毒によるものである気がしていた。
ライナは覚悟を決め、カバンから小箱を取り出すと、アベルに渡し話す。
『アベル、あのね。ちょっと力を多く使わないといけないかも。だから、その、』
少し視線をそらして言う。
『この前みたいに、やっても怒らないから。サポートお願いします』
そう言った彼女の頬は赤く染まっていた。
『あぁ、任せておいて』
アベルは彼女の意図をくみ取り、少し頬を赤らめながらそう言った。
ライナは止血の布をカバンから用意し、ナイフを抜きすばやく当てた。白い布はあっという間に赤く染まっていく。もう一度布を変えたところでライナは左手の手袋をはずした。褐色の肌が姿を現す。
左手を腹部の傷に当て、意識を集中した。
"止血、内蔵・腹膜の修復、神経・筋肉へのダメージの修復を"
左手から発した仄かな白い光が、患部に優しく降り注ぐ。少しずつ血が止まり、内側の傷が塞がっていく。それと同時にスタンの筋肉の硬直もほどけてきたが、顔色はまだ青白いままだった。ライナは力を使い続けた。
ここでスタンの意識が戻り、身をよじった。
『やっぱりだめだ!ライナ、もう止めて』
『やっと、前のように呼んでくれましたね。ちゃんと治さないと』
ライナは抵抗するスタンに微笑んだ。
"風魔法ではなかった、とすると。ナイフに毒が塗られていた?"
犯行の卑劣さにライナは怒りを覚えた。
ライナは気を取り直し、治療に専念した。
汗が頬を伝った。息も少し苦しくなってきたところで、アベルが慌てた様子で止めに入った。
『それ以上はだめだ。君が』
『だまって、て』
彼女にも余裕がないようで、息がさらに上がってきている。
『ライナ、限界だ。これ以上は!』
『助け、ないと。私が巻き込ん、じゃったから』
『ライナ、さん。すまない、僕は助かる資格が、ない』
スタンが伝えてきたが、ライナは聞かずに力を使い続ける。
『だめ、です。スタンさん、毒にもやられて、ます』
『僕は、君たちを、裏、切ってたんだ』
ライナは動揺を隠せなかったが必死に意識を傷に集中させた。
『それは、どういう?』
アベルが聞き返す。
『僕は、あいつの作戦に加担、したんだ。あいつの狙いは君だった』
スタンが指したのは、アベルの方だった。
『俺、、、?』
『僕は、ライナさんの治療を、受けてみたかった。今後の、自分の研究の、ために』
そういうと、スタンは自分の右手でライナの左手を優しく掴んだ。その瞬間力が止まってしまった。
『だ、だめです!スタンさん!私、小さいときから貴方にお世話になってるのに!』
スタンはライナに力を使わせまいとして手を掴んだままだった。
スタンは続けた。
『あいつは、蛇が、持ち込まれた、日の夜、僕の家を、訪ねてきた。作戦にのれば、ライナさんに力を、使わせる、ことができるって。少人数で、森に、こさせ、岩場、に来たら、アベルくんを、左に誘導、しろって』
『そんな』
『結局、僕はやつに、刺された。自業自得、だよ』
『誰なんだ、そいつは?』
『―――』
スタンが言おうとしたとき、岩場の奥、ギルが向かったほうから大きな爆発音が聞こえた。
『マズイ。やつは、相当な魔法の、使い手、だ。ギルさんも、危ない、』
スタンはそう言うと意識を失った。
ライナは急いで力を発動した。
光はまた絶え間なくスタンに注いでいく。
スタンの顔色が戻ったところで、ライナがついに倒れた。アベルはすばやくライナを抱きかかえる。
顔色は今までにないほどに白くなっており、肩で息をしている。
『ライナ!待ってて』
アベルは急いで小箱の中身の糖の欠片をライナに与える。が、やはり自力では飲み込めなかった。
アベルは水と糖を口に含み、口移しでライナに与える。
『ん、』
ライナの体がピクリと反応したが、前回のようにすぐに意識はもどらない。
『ライナ、ライナ、、!』
アベルは口移しを何度か繰り返す。変わらないライナの反応に焦りが募っていく。
『ライナ、目を開けて!』
アベルはもう一度、口移しをした。が、ライナの意識は戻らなかった。彼はライナの左手を取ると自らの頬に近づけた。
『お願いだ、目を開けて。君を失いたくない』
アベルの涙が頬を伝う。それがライナの左手に触れた瞬間、二人は突然優しい光に包まれた。
そしてアベルの頭の中に声が響いた。
《また無茶したのね》
その声はヒースのものではなく、柔らかく温かい女性のものだった。
『誰だ?!』
《時間がないわ、よく聞きなさい》
《介入が始まったわ。私にできるのはここまで》
《運命に抗いなさい。あなたが切に望むのであれば》
その瞬間、光がさっと消えた。それとともにアベルの全身の力がすっと抜けてしまった。それはまるでライナの左手に何かを吸収されたかのようだった。彼はすぐに体勢を立て直し、抱えているライナをぎりぎりで支え直した。
『ア、ベル?』
ライナがゆっくりと目を開けた。
顔色が少し良くなっていた。
『ライナ!あぁ、よかった』
アベルがライナを強く抱きしめる。その体は震えていた。
『どうしたの?何かあったの?』
『俺にもわからない。でも』
アベルはライナに口づけをする。
『んっ、』
ライナはぎゅっとアベルの服を掴む。
アベルがゆっくりと顔を上げた。そこには頬を赤く染めたライナが瞳を潤ませていた。
『ご、ごめん!ライナが助かって、嬉しくて。嫌、だったよな』
『ち、違うの。びっくりしちゃって。本当に、どうしちゃったの?』
『あとで話す。そうだ、スタンさんを!』
スタンは静かに寝息を立てていた。
『よかった。どうにかなったみたいで。そうだ、ギルさんは?!』
ライナはそう言うと岩場の奥の方を見た。するとちょうどギルがこちらに向かって歩いてくるところだった。
『俺は無事っすよ!!』
ギルが大きく声を上げた。訓練服はところどころ穴が空き、鼻の頭にはすすがついている。ギルは二人の元に来た。スタンを見てホッとしている。
『あとちょっとのところで奥に逃げられたっす。何なんですかあいつ。無詠唱で炎の魔法をぶっ放ってきて。フードで顔は見えないし、あんなやつ村に居たか?』
ギルは悔しそうに下唇を噛んだ。彼はどうやら左上腕を負傷していたらしく右手でかばっていた。
『無詠唱だって?!』
『私あんまり詳しくないけど、それって』
『よほど魔法の訓練を積んでいないと難しい。母さんも魔法は得意だけどそれでも詠唱は必要だ』
『そんな』
『ギルさん。スタンさんは、我々を裏切ったと言ってました』
『どういうことっすか?』
アベルがスタンから聞いたことをギルに伝えた。
『なんてことっすか。ライナ、何で最後まで治した?』
ギルはライナを睨んだ。
『スタンさんは裏切ったことを教えてくれました。それに、昔よく遊んでくれたんです』
『ったく、ライナは甘いっすね。まぁ、コイツに詳しく話を聞かないとっすけどね』
『ギルさんの傷も治さなくちゃ』
『俺は平気っすよ。慣れてるし、毒にはやられてない。ライナはまだ完全に良くなったわけではなさそうっす』
そういうとギルは腰につけた小さなバッグから包帯を取り出し、慣れた手つきで右手と口を使い腕に巻き始めた。
ライナは渋々自分の手袋を左手にはめた。
《巫女様、まだ、そいつはこの森にいます。奥から禍々しさを感じる》
ヒースが二人に伝えてきた。




