47話 西の森へ再び
4の月26日目。
午後になり雨は完全に上がり、薄日が差し始めていた。
放課後すぐに帰ったライナは、実習服に着替えた。髪は邪魔にならないように団子のように結んだ。アベルからもらったリボンはつけなかった。
着替え終わったちょうどその頃にアベルがライナの部屋を訪ねてきた。彼は手にヒースが入ったケージを持っていた。警備隊用の黒い訓練服に身を包み、長剣と短剣を装備していた。
『おかえり、ライナ。その髪型もいいな』
アベルが顔を少し赤くしながら笑顔で言った。
『えっと、ありがとう。邪魔だったからね。リボンはなくしたくないからつけていかないよ』
ライナも頬を赤らめた。
『気を遣ってくれてありがとう。全然気にしなくていいんだけどな』
『だめ、気に入ってるから。そうだ、その訓練服、村長から借りたんだったね』
『あぁ。すごく動きやすいんだ、これ』
アベルは屈伸をしながらそう言った。
訓練服は特殊な織り方の布を使っているようで、伸縮性に富んでいるらしい。
夏服はノースリーブタイプであり、普段着では見えない上腕に、ライナはドキドキしていたりする。
『何着ても様になるの、羨ましい』
『褒めてくれてるの?』
『ただの嫌味よ』
『素直じゃないな。そこがまた可愛い』
アベルがキラキラとした笑顔を向けた。
ライナは少し悔しくなってアベルを軽く睨んだものの、笑顔で躱されてしまったのであった。
《気をつけてください、巫女様。中身はオオカmいててて》
ヒースが言いかけたところで、アベルはケージを軽く揺さぶった。
『この性悪ウサギが』
アベルがヒースを冷たく睨んだ。
『ヒース、今日もお留守番ね?今からお母さんに預けるよ?』
《いえ、僕も行きます。一つ気になることがありますので》
『お前また襲われるかもしれないぞ。俺はライナは守るが、お前までは守りきれるかわからないぞ、気持ち的に』
《冷たいお方。いざとなれば巫女様の胸元に収まってますので》
『えっ、それはちょっと』
ライナが少し動揺する。
『本当にムカつく。わかった、俺が守ってやるよ』
《やっぱりチョロいですね》
『、、、』
アベルは額に青筋を浮かべてぷるぷると震えていた。
ライナは堪えられず笑ってしまった。
『ところで、なんであんなに嫌がったのに来てくれるの?』
ライナがヒースに問う。
《巫女様の心から読み取ったところ、ルロの実が関わっているようで。実は、それに似たものをあの森にあるのを知ってるのです》
『そうなの?あれ、森にも生えてるのかな?』
『普通は自生してないだろ?あれって食用にするために畑や果樹園で育てるものだし。野生のルロの実なんてきいたことないぞ』
《そうらしいですね。でも事実です。私達が出会った岩場のもう少し先に自生してるのです。僕も食べましたからね》
『まさか、それを食べたから喋れるようになったとか?』
『可能性としては、あり得なくはないよな』
《それはわかりません。ということで、僕もいきますので》
ヒースは野草を可愛らしくもぐもぐと食べながら伝えた。
『一体、森で何が起こってるのかな』
『わからない。でも、絶対守るから』
アベルはライナの頭を優しくなでた。ライナは頬を赤らめた。
『足、引っ張らないようにがんばるね』
《理解できないですね》
ヒースは二人に聞こえないように制限をかけ、小さく囁いた。
◇◆◇
二人は西の森の入り口についた。そこにはギルとスタンが待っていた。黒髪に褐色の肌、グレーの瞳のギルは訓練服を身に着けており、小さなバッグを腰につけていた。長剣も一本装備している。スタンは村役場の黒い作業服を着ており、サバイバル用のナイフを2本装備していた。ライナは武器は装備していないが、鞄の中には薬草や包帯などの救急道具と数枚の麻袋、いつもの小箱を持っていた。
『おう、ライナ!久しぶりっす!』
『ギルさん、お久しぶりです。お元気でしたか?スタンさんもこんにちは』
スタンはこんにちはと答えた。
『まぁね。ソフィーさんと練習できる最高な毎日だったけど、今いないから寂しくて。まぁ、ケリーが時間外で相手してくれるから楽しいっすけどね』
ギルは爽やかに答えた。
『そうですね。あと少しで帰ってこられると思いますよ。ケリーとほんと仲良しですよね』
『アイツは伸びしろあるから鍛えがいがあるし、同郷なのは気が楽だ。あ、こちらがアベルくんだね?よろしくっす』
『はい、初めまして。アベルです。今日はよろしくお願いします』
二人は握手を交わした。
『いいなぁ、まだまだ背も伸びそうだし、鍛えがいがありそうな坊っちゃんっすね』
『ありがとうございます。時間があれば手合わせ願いたかったんですが、すみません。僕は魔法は使えないですけど』
『魔法にばっかり頼ってたら体がなまっちゃいますからいいんすよ。魔法ならスタンさんのほうが得意っすよね?』
『得意かと言われるとあやしいですけど。逆に魔法しか使えないのでお二人が羨ましい。風と水ならそこそこ使えますが、それ以外は使えても威力があまり出ないですね』
スタンは困ったように笑った。
『いいなぁ。私も使いたいです』
『ライナさんは素晴らしい力をお持ちです。それは誰にもマネできないですから、自信を持ってください。では、行きましょうか』
スタンの合図で、4人と一匹は暗い森に足を踏み入れた。
アベルを先頭に、ライナ、スタン、ギルと続く。ヒースのゲージはライナが持っている。
四人は順調に岩場まできた。
『ところで、なんで可愛いうさちゃん連れて歩いてるんすか?』
ギルがライナに問う。
『この子はここで出会ったんです。蛇に襲われてて』
ライナはヒースを覗きながら答えた。
『なるほど。白いから目立ったんでしょうね?』
スタンがそう言いゲージ越しにヒースを触ろうとすると、ヒースが牙を向いた。
『ちょっと、ヒース。何してるの?』
思わずライナが声をかける。
《何かざわざわしました。失礼しました》
『ごめんね。、いきなりだったね。昔から動物にあんまり好かれないんです』
スタンは申し訳なさそうに言った。
『ヒースは気まぐれですから』
『そして女好きです』
アベルが付け加えた。
《アベルには言われたくないですね。心外です》
二人はその後もしばらくバチバチと念話でバトルを繰り広げていたようだったが、ライナにはよく聞き取れなかった。
『俺たちが蛇と出会ったのはこの辺ですが、もう少し周辺を探してみましょうか』
アベルがうまくもっていこうと提案した。もちろん、案内役の中心はヒースだが、そんなことをギルとスタンに伝えるわけにはいかない。
『そうですね』
スタンとギルが同意した。
その時、ギルがさっと構えた。
『複数いますね』
ギルが見つめた先には5匹の蛇が隊列を組んでるかのように動いていた。大きさは1メートルほどで昨日のヘビほどの大きさではない。
『様子がおかしい。ライナは下がってて』
アベルが長剣を抜き、さっとライナの前を守る。
ライナはその姿に不覚にも胸が高鳴ってしまった。
『うん』
ライナは気を取り直して目の前の蛇に集中した。
『僕が魔法でひきつけるので、その隙にあっちへ行ってください。まだ他にもいるかもしれないのでそっちも注意してください』
スタンはアベルに左の方を指さして指示を出した。彼は意識を目の前の蛇たちに向ける。
『わかりました。スタンさん、気をつけて』
アベルがスタンの指示通り左の方を慎重に進む。その後ろをライナ、ギルと続く。
『まずい、まだいたっす』
ギルが後ろを向きながら言った。そこには4匹の蛇が不気味な動きをしながらジリジリと近づいてきていた。大きさは先程と同じくらいである。
『ちっ。前もか』
アベルがすすむのをやめ剣を構える。前からも3匹の蛇が近づいてきた。
《僕を捨てておとりにしてください。そうすれば皆さんは》
ヒースが提案したが、それにすかさず反応したのは以外にもアベルだった。
『できない』
思わずアベルが声に出して言ってしまう。
幸いにもその声はギルに届かなかった。
『電撃系の魔法を使います。ちょっと離れててくださいっす』
ギルは集中して蛇一匹一匹の位置を正確に把握する。
『ドナー』
ギルが天高く左手を掲げながら言った。その瞬間、稲妻が7本空から注ぐ。それは的確に蛇たちを捕らえていた。
蛇はみんな丸焦げになっていた。
『す、すごい』
ライナは思わず口にする。
『あんまり連発できないすけどね』
ギルはケロリとしながら言ったので、ライナ達にあまり説得力は感じられなかった。
『まだだ』
アベルが正面を見た。
そこからは昨日倒した蛇より少し大きいサイズの蛇が近づいてきていた。
『昨日の蛇より大きい、、』
ライナはぎゅっとゲージを抱きしめた。
《巫女様、アベルの後ろに》
ヒースはライナを誘導し、彼女はそれに従う。
(どうしよう、またあの技を)
ライナの脳裏にアベルが倒れて苦しんでいた様子がフラッシュバックした。
『待ってて。ギルさん、ライナをお願いします』
アベルはそういうと長剣を両手で握り直し、蛇に向かって大きく弧を描くようにすばやく駆ける。
蛇がそれに気づき、アベルに向かって口を大きく開けた。
『来る!』
ライナは念の為ヒースを後ろに隠すように持ち直した。
その瞬間、やはり蛇は風をつかいかまいたちのような技を繰り出した。
アベルはそれをすばやく避け、強く地面を蹴った。
高く舞い上がった彼は蛇の頭を真上から捕らえ、剣を深く刺し込んだ。蛇の血しぶきが宙を舞う。
胴体はまだ動いており、尻尾のほうでアベルの左足に巻き付こうとした。
『危ない!』
ライナが大きな声を出す。
『しぶといな!』
アベルは、短剣を取り出すとさっと尻尾を切り落とした。
蛇の血にまみれたアベルはライナたちの元に戻ってきた。
『やりますね。動きに無駄がないっす。相当経験を積んでますね?』
ギルは目を輝かせ興奮した面持ちで言った。
『魔法が使えないので、せめて剣術と体術はと思って』
アベルは少し照れくさそうにした。
『アベル、顔に血が』
ライナはカバンからハンカチを取り出すと水袋の中身で濡らして右頬についた蛇の血を拭った。
『危ないから触らないほうが』
『皮膚につきっぱなしのほうが怖いよ。多分大丈夫だとは思うけど。。』
『ありがとう』
二人は見つめ合っていた。
『いいっすね、青春かぁ』
ギルが囃し立てた。
『やめて、違いますから!』
ライナは顔を赤らめてギルに反論する。
《そういえば、あの眼鏡の方は大丈夫なのでしょうか?》
ヒースが思い出したかのように言った。
『たしかに。スタンさんは大丈夫だろうか?』
アベルが少し離れたところにいるはずのスタンを探そうとしたが見当たらない。
『あ、あそこ!』
さらに少し離れた草むらに黒い人影が倒れていた。
三人は駆け寄る。
そこには5匹の蛇の死骸と、ナイフが腹部に刺さり虫の息になっているスタンがいた。




