44話 もしもの話
マチルダに説教されたアベルとライナは急いで夕食や入浴などを済ませ、ティオの部屋に集合した。ティオはいつしかの時のように不機嫌そうにしている。
『お前ら、災難だったな。まぁ、俺にも責任の一端があるが。すまなかった』
むすっとしたままティオは二人に謝った。
『ううん、お兄ちゃんより私のほうがひどかったってケリーも言ってたし』
『まぁ、それは事実だよな。ケリーの気持ちはすごくよくわかる』
後半の部分は二人には聞き取れなかった。
『ライナ、すまないがアベルと二人で話がある。ちょっと席はずしてくれるか?』
『わかった。あの』
『いいから、はずして』
ティオが少し強い口調で伝える。ライナは何も言えずに部屋を後にした。
二人になった部屋に沈黙が流れる。
『何か、わかるよな』
ティオの言葉にアベルは頷いた。
ティオがこんなに不機嫌になったのは自分の行動が原因だとはっきりとわかっていた。
『なんでそんなことした?母さんたちがアベルの部屋にいたとき帰ってきて、話が聞こえた。お前、前に』
『気づいてしまったんだ。自分の気持ちに』
『だからって、泣かせるなよ!ふざけるな』
もっともすぎるティオの言葉にアベルは言い訳もできなかった。
『悪かったって思ってる。ライナにもしっかり謝った。許してもらえるかはわからないけど』
『あいつの様子見れば許してることくらいわかるだろ。お前のそういうとこ、本当にムカつく』
ティオは相変わらずアベルをにらみ続けていた。
アベルは覚悟を決め、言葉を紡いだ。
『ティオのほうが長くライナを想ってるのもわかってる。横入りしたのは俺の方だ。でも、譲れない』
『お、俺は、そんなんじゃない』
ティオはわかりやすく顔を赤くした。
『じゃあ俺がいってもいいんだな?』
『あいつが幸せになれることが俺の願いだ。それができないなら今すぐライナの前から去れよ』
ティオが再びアベルを鋭く睨む。
改めて気づいたその事実に、アベルは目を伏せた。
『悔しい』
アベルはポツリと言った。
ティオはもちろん首を傾げた。
『なんでだよ』
『俺は、お前になりたい。ずっとずっとそばにいたいのに、できないんだ』
アベルはティオが羨ましかった。
ライナの隣に居ても許される存在。
それこそがアベルがこの数日で望んだものだった。
『お前さ、どうして村を出るんだ?』
『それは言えない』
ティオにはまだ自分のことは話せなかった。村長に口止めされてる以上話したくても話せない。
『どうしてライナを置いて行ってしまうんだよ。あいつ最近学校でため息ばっかついてるんだ』
それはさっきケリーからも聞いた話だった。
嬉しくも苦しいものだった。
『できることなら連れていきたい。でも、それは彼女が望まないと思う』
そんなアベルの言葉にティオは小さくため息をついた。
『お前ですらも拒否してるんだな、あいつ』
ティオは半ば諦めたような口調で言った。
『頑なに友達でいたいって言われた』
『あーあ、内心、お前ならいけると思ったんだけどな』
ティオは悔しそうにしながらもそう言った。
『でもいつか話してくれるって言ってくれた。だからそれまで待つ』
『そうか。なぁ、また村に会いに来れるのか?』
『必ず戻る。周りに反対されたとしても、絶対に』
『絶対に、だな』
『あぁ』
二人の間に沈黙が流れた。
それを破ったのはティオだった。
『わかった。お前が戻ってくるまで、俺が責任を持ってライナを守る。でも、お前がいつまでも戻らないならそのときは』
ティオがアベルの胸ぐらを掴む。
『お、俺が掻っ攫う』
その顔は真っ赤になっていた。
『くそ!お前のこと嫌いになれない自分が憎い!』
ティオは静かに手を離すと、こげ茶のくせ毛をくしゃくしゃとかきあげた。
『ティオ。本当にごめん』
『謝るくらいなら早く帰ってこいよ。どれくらいで戻れるんだよ?』
『わからないし見当もつかない。でも、ライナが成人になる前には必ず』
その答えにティオは目を丸くする。
『長え。その前に何かあっても文句言うなよ?』
『ティオはそんなやつじゃない、だろ?』
アベルが笑みを浮かべる。
『本当ムカつく。俺がもっと早く伝えてれば変わったのだろうか』
『それでも、俺が奪う』
『だろうな。きっとライナはお前を選ぶ。そういう運命なんだろうよ』
ティオは嘲笑うかのように口角を上げた。
『ティオ。受け取ってほしい』
アベルは部屋に持ってきていた今日買った服と、古い木製の小箱を渡す。
『気使わなくていいのに。ありがとな。ってか、この小箱は?』
『開けてみてくれ』
ティオが開けると、その中には群青色に輝く小石が入っていた。深い湖を切り取ったかのようなものだった。
それは、イズール特有の産物。
『お、お前!これはまさか』
ティオはその石の正体に気が付き慌てた。危うく中身を落としてしまいそうになり、態勢を整えるとすぐに小箱を閉めた。
『入手先は言えないが、ティオの研究に役に立つはずだ』
『いやいやいや、これは受け取れない!これは俺達みたいなガキが持ってちゃいけないものだ』
ティオはそう言うとアベルに小箱を押し返した。
『あっちでは少ないなりにも定期的に採れるんだ。俺が持っていてもただの石だが、ティオならその価値を無駄にしないだろ?』
『で、でもどうやって使えばいいか。お前、何者なんだよ』
『俺は、俺だ』
アベルは自信を持って言い、ティオに小箱を押し付けた。
ティオは観念して小箱を受け取った。
『これはライナを守りきらないと俺が殺されそうだな』
アベルは声を上げて笑った。
『ティオにしかライナを頼めない。正直お前も不安だが』
『俺はどっかの誰かさんと違って手は出さない』
ティオは茶化しながら言った。
『刺さる。すごく刺さる』
アベルがうなだれる。
『いざとなればケリーもいる。あいつのほうが俺より遥かに強い』
ティオが真面目な顔で言った。
『あいつ何なんだ?まさか、女だったとは』
『無駄にイケメンだからな。背もほとんど俺と変わらないし。しかもあの強さだ。昔から女子からの人気を根こそぎ奪っていくから男子から恐れられてる』
ティオは少し遠い目をした。
『それは心強いな』
ふふ、とアベルが笑う。
『時々あいつもライナを本気で狙ってるんじゃないかって思うんだ』
ティオがさらに真面目な顔で言った。
『否定できない!さっきのあいつ、本気だったぞ!』
二人は笑い合う。
『俺も、お前ともっと一緒に居たかった。一緒に学校通ってさ、馬鹿な話もしたりしてさ。本当に不思議なやつだよ、アベルは』
『俺もだ。ティオともっと早く知り合ってればきっと楽しかったと思う』
アベルは自身の学園生活を振り返ってそう切実に思った。
この村で、皆と暮らしたかったと。
祖父も、この村のことを知っていたなら自分を送ってくれればよかったのにと。
《相思相愛ですね。いっそあなた達がくっついてしまえばいいのに》
ヒースは隣のアベルの部屋から念話を飛ばした。
『うるさい!だまってろ!』
とっさにアベルは声を出して反応してしまった。
『一体どうしたんだよ?最近そういう独り言多いし。森でやばいキノコでも食べたんじゃないか?』
ティオは怪訝な目でアベルを見た。
『いや、あのさ、信じてもらえるかわからないんだけどさ、、ちょっとライナも連れてこよう。あとアイツも』
◇
ティオがライナを、アベルがヒースをゲージごと連れてきた。
『もう二人とも大丈夫なの?』
『あぁ。協定を結んだ』
アベルがニヤリと笑う。
『すごく嫌な予感しかしない』
ライナが二人をジト目で見た。
『大丈夫だ、時が来るまでは兄が責任を持って妹を見守ってやる』
『そんな時は来ません!私は二人から独立します!ってか、なんでヒースまで連れてきたの?』
『ティオには話そう。多分わかってくれる』
『そうね』
ライナは覚悟を決め、ゆっくりと話し始めた。
『あのね、ティオ。このウサギ、しゃべるのよ。念話で。しかも私達の心まで読んでくる』
『は?』
ティオは目を丸くした。
『こいつはお前が思ってるほど軟なウサギじゃない。非常に性悪だ』
アベルはヒースを指さしながら今日一番の真面目な顔で言った。
《本当にアベルは失礼ですね。僕、こんなにか弱くて可愛い小ウサギなのに》
『見た目はね』
ライナが冷静にツッコミを入れる。
ティオはぽかんとしていた。
『待て!話についていけない。このウサギがしゃべるのか?』
ティオは目をまんまるにしたままヒースを見ながら言った。
二人は無言で頷く。
『信じられない』
『ちなみにコードも聞き取れてる。他のみんなはわかっていないな』
『ヒースによると、私達が小さい頃に助けたあのウサギの子孫なんですって』
『あの白いウサギのか?!あぁ、あの蛇がフラッシュバックする!』
ティオが青ざめた。
三人は気を取り直して話し合いを続けた。
『んー。まぁ、俺に嘘ついても得ないしな。ライナだけならまだしも、アベルも一緒にからかってるとは考えにくい』
ティオが腕を組みながら言った。
『お兄ちゃん、私への信頼度低くない?』
ライナはジト目でティオを見たが、そのまま同じように見返された。
『妹よ、自分の行いをよく振り返りなさい』
『すみませんでした、お兄様』
ライナが土下座のモーションをした。
アベルはそんな二人のやり取りに少し吹き出した。
『仮に話せて聞き取れるとして、、3人に何か共通点はないか?』
『共通点か。さすがティオ!そうだよな、何か原因があるはずだ』
『あ、そうか。みんな、傷を治してる、私が』
『ん、いや、でも、コードのことは治してないだろ?』
『ううん、あの洞窟でコードさんも軽くだけど治してる』
『そうだったのか』
アベルはそんなこと聞いてなかったな、とつぶやいた。
『いや、それだと辻褄が合わない』
今度はティオが腕を組み顔をしかめた。
それに対してライナもそうか、とこぼした。
『だとすればティオもわかるはずだね』
『ティオも治してもらったことが?』
『そうだ。小さいときにな』
『というか、多分人生で一番最初に力を使った相手がティオなの』
ライナの言葉にアベルがピクリと反応した。
『そうだったのか。何か妬けるな』
『そんなところで妬くんじゃない。あのときは大変だったんだ。俺が治ったあとライナは倒れるし、どうしたらいいかわかんないしでさ』
『あの場におばあちゃん達がいなかったら私死んでたかも』
ライナとティオは遠い目をした。
二人の脳裏に蘇ったのは心配をかけてしまったみんなの顔だった。
『俺、今度の診療所の掃除頑張る』
アベルが拳を握り宣言した。
『そしたらさ、明日朝早くにヒースをアンナに会わせてみようか?』
ライナがティオに提案した。
『そうだな。それがいい』
『アンナって?あ、この前も会話に出てきてたな』
『ケリーの妹。うちらの幼馴染でもあるね。ミリーと同じ学年なの。少し前に私が治してる』
『げ。またあいつが絡むのか』
アベルは顔をこわばらせた。
『もう大丈夫でしょ?』
『向こうが大丈夫じゃないだろ?俺、村にいる間に暗殺されるかもしれない』
アベルが顔を青くした。
『やりかねないな』
『だよな』
『まぁね』
三人は天井を見上げた。
《アンナは美少女ですか?それなら歓迎なのですが》
ヒースの念話に、ライナとアベルは冷ややかに彼を見つめたのだった。




