41話 分析と不穏な影
夕日が落ちる前に村役場についた二人は、入り口で村長がいることを確認すると急いで村長室へ向かった。
ドアをノックし返事があったので中に入ると、村長の他に白衣を着た眼鏡の男がいた。二人は客人用の椅子に腰掛けていた。客人用テーブルには薬品の入った瓶につけられている蛇のパーツらしきものがいくつも並んでいた。
ライナはその白衣の男を見てぱっと表情を明るくした。
『ちょうどよかった。紹介する。うちの魔法研究課のスタンだ』
『スタン・ネルケです。まぁ、魔法研究課っていっても僕も入れて三人の課なんですけどね。ライナさん、久しぶりだね』
スタンが眼鏡を直しながら笑顔で言った。年齢は20代後半といったところ。シェルドントの特徴である黄色みのある肌に黒い瞳を持っている。
ライナは少しだけ寂しそうな顔をした。
『初めまして。アベルといいます。この度は変なものを持ち込んでしまってすみません』
『スタンさん、お久しぶりです。さん付けなんてしなくていいのに』
『久しぶりだね。いや、もう中等部生なんだからちゃんとしないと』
スタンは少しぎこちなく笑った。目の下のクマが、彼に無理をさせてしまったことを物語っていた。
『すごいですね、念願のお仕事をされてて。今日はすみません』
『いやいや、これは大発見だよ。下手をしたら世界の常識が覆ることになる』
スタンが二人にもわかるように説明を始める。
『結論から言うと、この蛇は魔法を使えたと思う』
『やっぱり!!』
ライナが大きな声で反応した。
『人間が魔法を使うとき、大気中の魔素を取り込みそれを魔力に変換して使うのはわかるね?』
『はい、仕組み的には』
アベルが答え、ライナも首肯した。
『取り込んだ魔素を魔力に変換するにはある遺伝子が必要だというところまでイズールの最新の研究でわかってきたんだ』
『ある遺伝子。まさか、それがこの蛇にも?』
『そうなんだよ。ただし、その遺伝子をもっていたとしても確実に魔力が使えるかというとそうではなくて、魔力から魔法に再変換するための要素もあるらしい。それはまだ詳しくわかっていないんだ。ここが解明できれば、使える魔法の属性の違いなども分類できたり応用が聞くかもしれない』
『まさか、僕も魔法を使えるようになるかもしれない?』
アベルは思わず自分のことを聞いてしまった。
『変換の遺伝子さえもっていれば、可能性はあるかもしれないね』
スタンはそれに対しても丁寧に答えた。彼は話を続ける。
『話を蛇に戻すね。君たちが見た、蛇の頭部から風が発生したのは状況からしても風魔法で間違いないと思う。断定はできないけれど。そして、アベルくんが噛まれたわけでもなく毒にやられたのは、蛇が毒液を風に乗せてアベルくんに飛ばしたからだと推測される。つまり蛇は、自分の魔法の効果的な使い方を知っていたのではないかと考えられるんだ』
『そんなことって』
『それが自然と習得できたものなのかはわからない。人為的なものが関わっているかと言われると、村人がそんなことするとは考えられないしなぁ』
スタンは腕を組んでうーんと唸った。
『蛇が人によって訓練を積んでいた可能性があると?』
ヘルムートが口を挟んだ。その表情は非常に固かった。
『可能性のひとつです。その理由として、』
スタンは一つの瓶を二人の目の前に置いた。
『蛇の体内からこれが見つかった。本来肉食である蛇は食べないものだよ。』
『この赤い皮のついた破片、、ルロの実ですか?』
ライナがスタンに問う。
『そうだ。しかも消化されきれてない部分を見ると、鋭利なもので細かくされている形跡がある。まるでナイフか何かで切られたようなね』
『なんでルロの実なんて?』
『実はこれもまだ研究段階で正式に公にされてはいないのだけど、イズールの論文によれば、ルロの実には魔素を貯め込む性質があることがわかってきたんだ』
『つまり、誰かがエサとしてルロの実を与え、魔法をうまく使えるように訓練していたかもしれないと?』
アベルが簡潔にまとめて問う。
『考えたくないですけどね』
スタンは腕を組み直した。
『そんな。村にそんな人なんか』
ライナが顔色を悪くして言った。
『僕もそう思いたい。だから一度、西の森で調査をできないかなって。どうでしょうか、村長』
『そうだな。これは村の安全に関わることだ。村の警備隊を使うか』
『そのことなんですが、あまり大々的に行うと犯人がいたとしたら姿をくらましてしまうのではないでしょうか』
ヘルムートは右の眉毛をピクリと動かした。
『そうだな、そうなると問題が長期化するな』
ヘルムートは腕組みをして言った。
『この二人しか場所を知らないので案内してもらうのは必須だと思います。できれば私も同行させてもらえれば。あとは警備隊も一人くらいにして少人数で行くのはどうでしょう。ゲルデ先生の同行も求めたいところだけど、彼女に何かあると村の医療が破綻する』
『そうだな、まぁあのゲルデのことだから大丈夫だとは思うが、たしかに何かあるとマズイな。ライナ、誰か警備隊で知り合いはいたか?ソフィーが適任だが、今はイズールに行ってるからな』
『あ、ギルさんには前に護身術でお世話になりました』
『あいつなら魔法も使えるし適任だな。私から話をつけておこう。26日目の16時頃、西の森の入り口集合でいいな?』
『あの、村長。ライナは置いていけないでしょうか。危険な目に合わせたくない』
アベルが提案する。それにスタンが反論する。
『できることならライナさんもいたほうがいいと思う。万が一また同じような蛇が出て解毒が必要になった場合、その』
スタンはライナと村長をちらりとみる。
『私はついていきたい。村長、構わないですね?』
『村長としてはお願いしたいが、祖父としては行かせたくない。と言ってもお前は行くなといっても行くんだろ?』
ヘルムートは半ば諦め気味に言った。
『ライナ、だめだ』
アベルは必死に抵抗する。
『無茶はしないから。ね?』
ライナの言葉に、しばらく考えたアベルは諦めたように小さくため息をついた。
『わかった。俺も今日みたいなヘマはしないから、ライナも絶対無茶しないで』
二人は見つめ合う。
こほん、とヘルムートが咳をする。
『ったくいつの間にそんな関係になっていたとは』
二人は赤くなる。
『違うから、誤解しないで』
『まだ違いますから!』
二人は同時に、そして微妙に違うことを言う。
スタンはその様子を微笑ましく見ていたのであった。
◇◆◇
スタンは仕事のために自分の部署へ戻っていった。
ライナはお手洗いのため席を外していた。
『あ、アベルくん。服のことなんだが』
村長がアベルに声をかける。
『あ、作業服ありがとうございました。お返しします』
アベルはカバンから取り出して村長に返した。
『ありがとう。いやね、明日調査に出るなら村の警備隊の服を貸そうかと思って』
『それはありがたいです。いつもお世話になってしまってすみません』
アベルは普段着を汚してしまわずにすみそうで、内心ほっとしたのであった。
『いいんだ。だが、くれぐれも気をつけてくれ。君は大切な客人だ。本当は村のことに巻き込みたくないんだ』
『村長。僕はこの村に少しでも恩を返したいんです。あと少ししかいられないことがもどかしい』
『ナディアさんがこんな素敵な少年に育ててくれたんだな。あいつは一生頭が上がらないな』
『いえ、そんな』
『それに、あのライナが夢中になってるんだ。出会ってまだ間もないにも関わらずな。もっと自信を持ちなさい』
そういうとヘルムートはアベルの頭をくしゃくしゃとなでた。アベルは顔を赤くする。
『彼女がそう思ってくれてるなら嬉しいんですけどね。なかなかうまくはいきません』
『そうか、そうか。青春じゃないか。あ、訓練服は訓練場にあるから、後でライナに案内してもらいなさい』
『わかりました。ありがとうございます。貴方のような方が祖父ならよかったのにって思ってしまいます』
『ははは。説教が長いぞ。陛下も本当は君のことを可愛たがりたかったんじゃないか?』
『それはないでしょう。人族が嫌いですから、あの人は』
『それでも孫だ。血がつながってなくても可愛いのにな。まぁ、それは近々わかることだ』
そこへドアがノックされ、ライナが戻ってきた。
『お待たせしました。なんか、すごく仲良くなってない、二人共?』
『そりゃそうだろ。孫のボーイフレンドじゃないか』
『あれ、勤務中は孫じゃないですよね?』
『もう時間外だ。お前たちも早く帰らなくてはな。マチルダ達が心配する』
『そうだわ。じゃあまた明日、おじいちゃん』
『あぁ。くれぐれも気をつけるんだよ』
こうして二人は村長室を後にした。
ライナの案内で訓練場にいき服を借り、二人は帰路へついた。




