39話 合っていますか?
二人は靴を脱ぎ、横並びでベッドの上で体育座りをしていた。二人の間には微妙な距離があった。それは二人の心のそれを表しているかのようであった。
ライナは顔を伏せ下を向いていた。泣き止んだようで、少しずつ息が整ってきていた。
アベルもまた頭を抱えてうつむいていた。自分がしてしまった事への後悔で胸を埋め尽くされていた。
『ごめんね、返事がなかったから心配で勝手に入っちゃったの』
先に声をかけたのはライナの方だった。顔は下を向いたままポツリと言った。
『ライナは悪くない。俺が全部悪いんだ』
アベルもまた下を向いたまま言った。
『あのね、その、嫌だったから泣いてたわけじゃないの。そりゃ、ちょっと怖かったけど、、』
『本当にごめん』
『何か色んな感情でパニックになっちゃって。少し、話聞いてくれる?』
ライナの言葉に、アベルは頷いた。
『私ね、人と深く関わるのが苦手なの。学校の友達もいるけど、深くを話せるのはティオとケリーくらいなんだ。他とは広く浅く付き合ってる感じ』
『何か、意外だ』
『怖いの、誰かに依存することが。二人にも、本心は言えない。嫌われたくないから』
『なんでライナのことが嫌いになるんだよ?なるわけないじゃないか』
『それは真実を知らないからだよ』
『真実?』
『そう。きっと知ったら貴方も私のこと嫌いになって離れていってしまう。それが怖くて怖くてしかたがないの』
『そんなことはない!俺は嫌いにならない!』
アベルはライナの方を向いた。
『失ってしまうくらいなら、初めから深く交わらなければいい。そう思ってずっと生きてきたのに』
ここで初めてライナがアベルの方を見る。青紫色の瞳は涙に揺れている。
『アベルと出会って、いきなりケンカしたりして、仲直りして、言葉を教え合って。貴方の言葉や笑顔が私の心の枷をどんどん外していった』
アベルは静かにライナの話を聞いていた。
『怖かったの、今までにない感覚で。あの時の言葉の答え合わせはね、』
そうライナが言ったとき、アベルが口を開く。
『私はあなたのことを素敵だと思ってる。出会って間もないけど気づいてしまった。だからこれが最初で最後の悪あがき。これからはこの気持ちを封印するの。ずっと、ずっと。だろ?』
アベルはニュアンスを違えることなくイズール語に直して言った。
『う、そ。なんで、、』
ライナは目を丸くしてアベルに問う。
『実はさ、入院中にゲルデ先生から辞書を借りてて、少しずつ訳してたんだ。ところどころ綴りとかもわかんなかったから結構時間かかっちゃって。最近あいつらがうるさくて寝れなかったから、最後の部分まで翻訳してたんだ。間に合ってよかった』
アベルは目を細めて言った。
ライナがふとベッドの隣にある机を見ると、古い辞書と栞とぎっしりと何かが書かれているメモ用紙が置いてあった。アベルはライナの頭をそっと撫でながら続ける。
『本当は、出かけてる最中でタイミングを見て伝えるつもりだったんだ。だけど、ついうとうとしちゃってさ。目が覚めたらライナがいるし、あんなこと言ってくれるしで、自分を抑えられなかった。本当に申し訳ないことをした』
アベルがライナに頭を下げた。
『本当に、訳しちゃうなんて』
難しい表現がたくさんあったこともそうであるが、何よりも内容をしっかりと覚えていたことにライナは驚きを隠せなかった。
『合っていますか、先生?』
アベルはターコイズブルーの瞳を真っ直ぐにライナに向ける。
『正解、です』
ライナは頬を赤らめ、視線を外した。
『ライナはそんなに早く意識してくれてたのにな。俺は自分のことに精一杯でなかなか考えられてなくて。この前の会議の後にコードに言われて初めて気づいたんだ、自分の気持ちに』
『コ、コードさん、余計なことを!だからあの日から何か積極的だったのね』
『誰にも渡したくないからな』
『何度も言うけど、私は誰も好きにならないよ』
『俺を好きにさせてみせる』
『む、無理!』
『どんな理由があったって、君は君だ。嫌いになんてならない』
『そ、それに、ほら、婚約のこともあるし』
『婚約?』
アベルがいきなりの単語に思わず聞き返す。
『ゲルデおばあちゃんが、アベルはどちらの国に行っても貴族や他国の王族と婚約することになるだろうって』
ライナの言葉に、アベルは行儀悪く舌打ちをした。
『ったく、あのババア。余計なことを』
アベルは自身の髪をくしゃくしゃとかき上げた。
ライナはアベルがまさかゲルデのことをババアと言うとは思ってもおらず目をまん丸くした。
『ひどい。私のおばあちゃんなのに』
『俺は国交の道具になるつもりはない。俺はどちらの国の王位継承権も持ってないんだからどうにでもなるだろ』
『でも』
『そもそも、イズールではどの貴族も俺との婚約を考えてない。人族との繋がりなんてほしくないからな。それに、リズニアでもそれは同じだろ』
『村長たちの話が現実になれば、そういうわけには』
『いざとなればアイツを脅してでもなんでもどうにかする!名ばかりの国王じゃないだろ』
『でも、、』
ライナは他の理由を探そうと必死に頭を回転させる。
『ねぇ、婚約の話をするってことはさ』
アベルはライナの髪を一束とると口づけをした。
『ライナは俺との先のことを考えてくれてるの?』
その一連の動作にライナの心臓がうるさく高鳴る。
『ち、違う!』
『そんなに赤くなってるのに?』
『なってない。暑いだけ』
狼狽えるライナを見て、アベルはくつくつと笑った。
『もし、離れることになっても必ず戻って来るから』
『ねぇ、友達じゃだめなの?』
ライナは食い下がるが、アベルも負けていなかった。
『だめだ。君が他のやつと一緒になるのは耐えられない』
『ならない。ずっと一人で生きていくから』
『こんなに素敵な人を野郎が放っておくわけがないじゃないか』
『そのキレイな目は節穴なの?こんな得体のしれない女、気持ち悪いだけだよ』
『ライナこそ節穴だな。もう一度鏡を見たほうがいい。もちろん中身も好きだが』
『変な人』
『いくらでも言ってやるよ』
『それでも、友達でいたい』
ライナはめげずにアベルに言う。
『あー、もうわかった!ライナの頑固者!』
『いいの?!』
ライナは目を輝かせる。
『今は、な。そのうち、覚悟しておいて?』
アベルはいたずらっぽく笑った。
その笑顔にライナは思わず、わかったと答えてしまう。
『ライナに本気で嫌われたかと思って本当にへこんでたんだ。よかった、、』
アベルは仰向けにベッドに倒れ込む。そのままアベルはライナに問う。
『その、真実については、』
『いつか、ちゃんと話すから。それまで待っててくれる?』
ライナは覚悟を決め、アベルに向き合う。
『あぁ。約束だ』
二人はベッドから起き上がると指切りをした。
二人が窓の外を見ると、辺りは夕日でオレンジ色に染まっていた。
『大変、いそがないと!』
『あぁ。村役場と商店通りが近くてよかった!』
『ほんとね!じゃあ行きましょう』
二人がベッドから降りようとしたその時、二人の頭に例の声が響く。
《どうやらこの距離が念話のぎりぎり届く範囲らしいですね。ったく、人間はまどろっこしいですね。さっさとくっつけばいいのに》
『『ぎゃーーーー!!!』』
二人は突然の声に絶叫した。
その声にすぐ駆けつけたのは母親たちとエマだった。三人はバッとアベルの部屋のドアを開けた。
『アベル、どうしたの?!』
『ライナもいるの?!』
二人は同時に声をあげる。
『あら、まぁ』
エマが状況を把握し、とっさに目を覆う。アベルとライナは突然のヒースの声に驚き、ベッドの上で体を寄せ合っていたのだった。
『もう、展開が早いわ!』
マチルダが顔を赤くする。
『ライナさん、ちょっと目が赤いわ!!アベル、あなた何したの?!』
ナディアがキッとアベルを睨む。
『ちがう!誤解です!』
『母さん、これは未遂で!』
『アベルさん、未遂は言い訳としてマズいですよ』
エマがコホンと咳払いをし、目をそらしながら指摘する。
このあと誤解が解けるまでの5分は二人にとって地獄のような時間なのであった。




