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村へ行くなら地下迷路をどうぞ  作者: 月 影丸
第1章 はじまり
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38話 出かける前に

4の月22日目。

この日の放課後、ライナはアベルと服などを買いに行く約束をしていた。その帰りには村役場にも寄る予定である。というのも、村長から隣のシルフ家を通して連絡が入ったのである。どうやら蛇の解析が終わったらしかった。

ヘビの血にまみれてしまった服はいくら洗濯してもうっすらと橙色が残ってしまい、とても着られる状態ではなかったため、新しいものを購入することにしたのだ。アベル本人用の服も買い足す予定だと本人から聞いていた。




放課後の時間になり、ライナは急いで家に帰ってきた。ティオやミリーはまだ帰ってきていないようだった。

「ただいま!アベルいる?」

ライナはキッチンで夕飯の支度をしていたマチルダ達に声をかけた。

マチルダとナディア、エマは3人仲良くキッチンで作業していた。年代も近く、子育て中の三人はあっという間に意気投合したのだった。


『おかえりなさい。アベルくんはもう部屋にいると思うよ。さっきまでシャワー浴びてもらってたけど』

マチルダは少し困ったような顔をした。

『何かあったの?』

ライナの問に答えたのはナディアだった。

『畑の作業中に盛大にコケちゃったのよ。なんかいきなり『お前には言われたくない!』とか言ってたけど、どうしたのかしらね』

ナディアが少し困ったように首を傾げた。


ライナには一つ心当たりがあった。

「その時ヒースはどこにいたの?」

「部屋に置いとくのも心配だったからゲージごと畑の日陰に」

マチルダの答えにライナは内心でため息をついた。

"絶対それだ"

ライナは疑いの目を向けながら、ダイニングの片隅に置かれていたゲージの中を覗いた。



《僕はただ、"堆肥なんてよく手で触れますね。服についたら大変だろうに"って言っただけですよ》

ヒースは口を可愛らしくモグモグさせて人参の葉を食べていた。

"うん、それだね"

ライナは小さくため息をついた。


《巫女様、どうか気をつけて行ってきてください。特に金髪の狼に注意してくださいね》

"アベルはそんなんじゃないから!"

ライナはそんなやり取りをしながらヒース用の水を変え、二階に上がった。


"また風呂上がりのアベルを見るのか。も、もう耐性がついたはず!"

ライナは顔を両手でパシパシと叩いて気合を入れ、アベルの部屋のドアをノックした。が、返事がなくもう一度ノックする。それでも返事がない。ライナは恐る恐るドアを開けてみた。


部屋を見回してみると、両端のベッドのうち、右側にあるベッドにアベルが服を着た状態でうつ伏せになっていた。ライナはそっとドアを締めベッドに近づく。立膝をつき、アベルの顔にそっと自分の顔を近づけると、彼が小さく寝息を立てているのがわかった。

"よかった、寝てるだけだ"

髪はしっかりと乾いており、いつもどおりのキレイなサラサラとした金髪だったのでライナは安心した。

"よかった、濡れてたら風邪ひいちゃうもんね。それにしても"

ライナはまじまじとアベルの寝顔を見る。金色のまつ毛は女子のそれより長い程で、目を閉じていても端正な顔立ちであるのがわかる。

"何でこんな人が、私なんか"


アベルの好意はライナから見ても明らかだった。

アベルの秘密がわかったあの日以降、アベルのライナに対する態度は友人の範疇を超えていた。

甘く見つめられることも、さりげなく体調を心配してくれる様子も、身を挺して自分を守ってくれたことも、ライナにとって嬉しくもあり困惑の原因となった。


好きにならない、という決意が明らかに揺らぎそうになっていた。


最初こそ喧嘩をしてしまったものの、仲直りしてからは彼の人となりがわかり、話をするうちにどんどん惹かれている自分がいた。


ライナはそれに気づく度、気持ちにブレーキをかけ続けた。


問題と称し、自分の気持ちを言葉に出すことで封をしようとした。

しかし、言葉にしたがためにより自分の気持ちに拍車をかけることになってしまったことに、ライナ本人は気づいていなかった。



ライナは先日の出来事を思い出していた。力を使ったせいで意識が朦朧としていた中ではあったが、アベルに体を任せていても何の不安もなかったのだ。ティオ相手にも体を預けざるを得ない状況になったことはあったが、それにはない心地よさがあった。そして、唇の感覚も今までにないもので、もっと触れていたいと無意識に感じていた。

『まるで、キスをせがんでるみたいだったじゃない、、』

ライナはポツリとつぶやき、あの時自分が何を言ったのか思い出し、赤面した。それを隠すように両手で顔を覆う。



すると突然、右手首をきゅっと掴まれる感覚があった。

そのまま体が前に引き込まれる。


「あっ、」

ライナはとっさのことに反応できず、何が起こったか理解できなかった。

視界はふさがり、背中にも熱を感じる。

心地よいラベンダーの香りを近くに感じ、頭がクラクラする。自分のものなのかそうではないのか、早い鼓動を感じる。


ライナはアベルの腕の中にいた。


『だめだ、男の部屋に勝手に入っちゃ』

ライナの左耳元でアベルの声がした。

『ごめん、なさい、離して!』

ライナは必死に離れようとするが、右手を掴まれていることもあり力では敵わない。

『無理だ。こんな可愛いライナを見て抑えがきかない』

『だめ、イヤ!』

ライナは抵抗をやめない。アベルは耳元で続ける。

『ごめん、こんな形では言いたくなかったんだけど、聞いてほしい』

『聞きたく、ない』


『俺、ライナが好きだ。どうしようもないくらいに』


アベルの告白に、様々な感情が入り乱れた。

困る。嬉しい。怖い。悲しい。

どれもが当てはまり、当てはまらない感情。


ライナは少し呼吸を乱す。

『その気持ちには、答え、られない』

ライナが言葉に詰まりながら答えた。体はまだ抵抗を続けている。

『そんなに俺が嫌い?』

『違うの、ちが、う、、うっ』

ライナの脳裏に数日前の夢の映像が流れた。



彼女の金色の虚ろな瞳が、幼い銀髪の少女を写していた。


その少女の首に巻き付いた手の、冷たい感覚が蘇った。


色々な感情に耐えきれず、ライナは泣き出してしまった。



『キスのこと、俺だけがすごく意識してるのかもって思ってた。だから、ライナの言葉がすごくうれしくて。でも』

ライナをがっしりと押えていた腕の力が弱まり、ライナはしゃっくりをあげながらゆっくりとアベルの顔を見上げた。


アベルは眉をひそめていた。


『好きな子泣かして、何してるんだろうな、俺』



そんな顔させて、ごめん。

嫌いじゃないの。


ライナはそう伝えたくとも、嗚咽が止まらず言葉にできなかった。




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