36話 名前のない話
ランタンの灯る薄暗い部屋。
私はここを知っている。
「うっ、うっ。なんで」
テーブルにつっぷして一人で泣いている女がいた。
後ろから見ている私には気づかず、彼女は独り言を続けた。
「置いて、行かないで。あの子は―――なのに」
「大嫌い。なんで―――に生まれて来たのよ」
一部聞き取れなかった部分はあったが、私には心当たりがあった。すべて、私のせいだ。私が生まれてきたからだ。
ごめんなさい。
私は小さくつぶやくと、瞳を閉じた。
次の場面で、私は彼女に抱きしめられていた。
「なんで、こう生まれてきてしまったの」
彼女の声はか細く、力がない。
「お母さん、ごめんなさい」
私もまた力なく謝った。
「これはきっと、私への罰なのね」
彼女は嘲笑うかのように言った。
「お母さん、ごめんなさい。生まれてきてごめんなさい」
私はひたすらに謝り続けた。私は瞳を閉じた。
また場面が変わり、また別の部屋になった。私は馴染みの古びたベッドに入っていた。
「もう限界なの」
目の前の彼女の暗い色の髪は艶がなく、頬はこけ、明るい茶色の瞳は光を失っていた。彼女の瞳はランプに照らされて金色のようにも見えた。
「あなたのことは愛してる。でも、もう一人ではこの罪の重さに耐えられないの」
彼女は私の頭を優しくなでた。
「もう寝る時間よ。楽しい夢を見なくちゃね。おやすみなさい、私の小さな天使」
彼女は私の額にキスを落とした。
「お母さん、ごめんなさい。おやすみなさい」
私はまた瞳を閉じた。




