小話4 ウサギと蛇と解毒と(ライナ7歳の頃)
これはライナが7歳の8の月の頃の話。
半袖の白いワンピースを身にまとった銀髪の少女は、こげ茶の髪の少年とともに森の入り口でおいかけっこをしていた。
「ライナ!あんまりそっちいくなよ!ゲルデばあちゃんにしかられるぞ!」
「ティオが遅いのが悪いのよ。悔しかったら追いつきなさいよー」
「くそっ!絶対追いついてやるからなー!」
二人は西の森の入り口付近で走り回っていた。
ゲルデはそんな二人の様子を少し離れたところから穏やかに眺めていた。
マチルダは無事ミリーを出産し、ウルマーとともにミリーの世話に明け暮れていたため、ゲルデが気を利かせて二人を遊びに連れていたのだった。
西の森の付近は普段人が近づかないため、二人がいくら騒いでも他の人に迷惑をかけなくて済む。
「いいかい、お前たち。絶対に中に入るんじゃないよ!化物に攫われるからね!」
ゲルデは大声で二人に注意を促す。
二人ははーい、と叫ぶと再びおいかけっこをして遊び始めた。
「まさか、あたしが孫の顔を拝めるとはねぇ。人生なにがあるかわかんないもんだね」
ゲルデはポツリとつぶやいた。その顔は相変わらず穏やかなものだった。
ライナはティオから逃げ続け、森の入り口ぎりぎりまで来た。ここまで来てしまうとゲルデが直視するのは難しい。
「ふふ、また私の勝ちね!」
ライナは上機嫌に独り言をつぶやいた。
ティオは5メートルほど後ろにいる。
その時、斜め後ろ前の木陰からカサカサという音が聞こえた。
ライナはサッとその方向を向くと息をひそめた。
「ライナっ!お前」
「しっ!」
ライナは自らの唇に右手の人差し指を当て、ティオに静止を促す。
ライナの左手はまたいつものようにピリピリと痛み始めた。
ライナは左腕を黒い手袋越しにぎゅっと押さえた。
その様子を見て、ティオは小さい声でライナに尋ねる。
「まさか、また、か?」
「うん。何か、いる」
二人はガサガサと動く木陰をじっと見つめる。
ティオは近くにあった太めの木の枝を手に持った。
その時、木陰から白いもふもふとした塊が出てきた。
「ウサギだ」
ライナがつぶやく。もふもふとした白い小さなウサギは右足に怪我をしているようで、赤い斑点がいくつかついている。よく見ると右足を引きずっているように動いている。
さらにその後ろから1メートルほどの蛇が木陰から出てきた。茶と黄と赤の縞模様は毒を持っている証拠でもあった。
「ライナ、近づくな。毒蛇だ」
「でも、助けないと!」
「お前が危ない。俺が行くからここで待ってろ!」
そう言うとティオは恐る恐る蛇に近づいて行く。
ウサギは動きが鈍くなり、ほとんど動かなくなってしまった。
シャーッと蛇がウサギに噛み付こうとしたところでティオが枝の先端を思いっきり蛇の頭に突き刺した。
蛇はのたうち回ったがすぐに動かなくなった。
ライナはティオに駆け寄った。
「ティオ、平気?」
「あぁ、大丈夫。それより早く、あいつを」
ティオはウサギを指さす。
「うん!」
ライナはウサギに近づいた。ウサギは虫のような息で横たわっていた。
ライナは黒い手袋を外すと、左手をウサギの患部に近づけた。
"なおれ、なおれ!"
ライナ傷口に意識を集中した。
すると左手から白い光がウサギに柔らかく降り注いだ。
みるみるうちにウサギの傷はふさがり、呼吸が深くなった。
「よかっ、た」
ライナの目の前はサッと暗くなり、地面に倒れそうになる。
それをティオがぎりぎりで支えた。
「おせっかい、だよな。ライナは。なぁ、いつものやつは?」
「あ、、カバン、おばあちゃんの、と、こ」
「ちゃんと身につけておけよ!どうすんだよ?!」
「だって、じゃまだし、」
「ったく。今、連れてく」
ティオはライナを横抱きにして数歩移動する。が、筋力がまだ少ない子どもの力ではフラフラしてしまい早く移動できない。
「くそっ、もっと力があれば!」
「ご、めん。無理しないで」
「ライナは黙ってろ」
その時、息を切らしたゲルデが二人のところに向かってきた。手にはライナのカバンを持っている。
「ったく、こんなことだろうと思ったよ、バカライナ!」
ゲルデは言葉とは裏腹にティオから優しくライナを受け取ると砂糖の塊をいくつか与える。
「えへへ、ごめん、おばあちゃん」
ライナの顔色が少しずつ良くなった。ライナは自分の力で立ち上がる。
「帰ったらヘルムート行きだ」
「げ。絶対やだ」
ライナは顔を青くした。
「あれほど安易に使うなと言っただろう?今回は何を助けようとしたのやら」
ゲルデは二人の後ろにいる伸びている蛇とうずくまっているウサギを交互に見やり、ため息をついた。ゲルデは二人に目線を合わせるように立膝をつく。
「ライナ、ティオ、よく聞くんだ」
「「はい」」
二人は声を揃えて返事をした。
「自然には摂理ってもんがあるんだ。人間は何を食べる?」
「野菜」
「パン」
「魚」
「肉」
二人は交互に答えていく。
「だよな。じゃあその肉や魚もお前は助けるのかい?」
「ううん」
ライナは首を横にふる。
「それって不公平だよな。目の前のウサギは助けるのに、肉や魚は殺す。そして、ウサギを助けるために蛇を殺した」
「あっ」
ライナは目に涙を溜めた。
「ちがう、蛇は俺がやったんだ。ライナじゃない」
「それでも、ライナがウサギを助けようとしたからティオが蛇を殺した。結果は変わらない」
「普通の生き物が他の生き物を襲うのは、自分が生きるためだ。食べなきゃ生きていけない。それはあたしたちも一緒だ。だからね、むやみにこういうことをしてはいけないんだよ」
「でも、ウサギは逃げてたよ」
「もし、あの子が生き延びる運命なら逃げ切れるんだ。そうでなければ、蛇に食べられる運命なんだよ。可愛そうだからといってむやみに自然の摂理を崩しちゃいけないんだ」
「じゃあ、私の力は使っちゃいけないものなの?」
「それはわからない。お前がどうしてこの力が使えるのかは謎が多いんだ。だが、使い続ければ確実に体にガタが来るし、寿命にも関わると思う。だからこそ、使うには覚悟と責任が必要で、どのように使うかをよく考えなくちゃいけない」
「せきにん?」
「そうだ。お前の力は使った相手の運命を大きく変えるものだ。良くも悪くもな。だから、ちゃんとそれを理解しておかないといけないよ。自分の感覚をしっかり磨きなさい」
「ティオ。あんたもだが、ライナもまだまだ未熟だ。生まれたばかりだがミリーも含めて、兄妹でたくさんケンカして仲直りして、人間らしさを磨きなさい。ライナを支えてあげられるのはあんただよ」
ゲルデは二人を抱きかかえるとワシャワシャと髪を撫でた。
「わかったよ、ばあちゃん」
「くすぐったいよ」
その後、3人はウサギの方へ移動した。
ウサギはうまく動けるようになったようで、3人の方を一度見たあと、ぴょんぴょんと茂みの方へ消えていった。
「むやみには手出しをしない」
ライナはポツリとつぶやいた。
「そうだよ。さぁ、そろそろ帰るよ」
ゲルデがそう言った時、伸びていた蛇のしっぽがいきなり動き出し、ティオの足に巻き付いた。
「えっ!」
ティオはいきなりの出来事に動けなかった。
「ちっ、さすがだね。」
ゲルデはそう言うと服のポケットから手術用メスを取り出し、しっぽをスパッと切断した。
「おばあちゃん?!」
ライナもティオも突然のことに言葉がそれ以上出なかった。
「しつこい蛇だね。可愛い孫たちに手出しすんじゃないよ」
「え、むやみに殺しちゃいけないって、、」
「孫の命に関わってくるなら別だ。正当防衛さ」
ゲルデはニヤリと笑った。
二人は何も言えなかった。
((おばあちゃん、こえぇぇぇ!!))
「まだ動いてるね。ライナ、まだ砂糖残ってるね?」
「うん。半分くらいのこってる」
「どちらにせよこの蛇はもう長くない。ライナのために役に立ってもらおうか」
ゲルデは再びニヤリと笑うと、ライナに言った。
「あんたの力で何がどこまでできるか、実験だ」
「ばあちゃん、鬼だ」
ティオの顔は完全にひきつっていた。
そこから蛇が力尽きるまでゲルデ監修によるライナの実験は続くのであった。
◇◆◇
『という感じだったのよ』
『ゲルデ先生怖すぎるだろ!途中まではちょっと考えさせられる話だったのに!俺も蛇殺しちゃったな、とか反省しようと思ったのに!』
《蛇に同情いたします》
二人と一匹は西の森から無事村の居住区にたどり着くことができたのであった。ライナは自分のカバンの他に収穫した薬草とヒースの当分の食料となる草を入れた袋を下げ、アベルは左手でヒースを抱きかかえ、蛇の亡骸を予備で持ってきていた麻袋に入れ背負っていた。日は傾き、ラヴィーネの山々の間に隠れようとしていた。商店の通りを過ぎたあたりで、アベルは周りに人がいないことを確認しヒースに問う。
『ところで、なんでお前は俺に抱っこされているんだ?自分で歩けばいいじゃないか。蛇も結構重いんだ』
《巫女様の手を煩わせるわけにはいきませんので。僕、か弱いですし》
『私抱っこするよ?ヒースは知らないと思うけど、アベルは実は身分が高い人なんだよ』
ライナがヒースに手を伸ばそうとする。
《人間の身分など知りません。そりゃ本当は野郎よりは可愛いお嬢さんのほうがいててて》
アベルはぎゅっとヒースを抱きしめた。
『やっぱり鍋にしよう。まさか、こいつの世話も俺が?!』
《いえ、就寝は巫女様と一緒がいいですので》
『ヒース、遠慮するな。俺が世話してやる』
『あっ、言っちゃった』
ヒースの意図に気づいていたライナがツッコミを入れた。
《言質、いただきました。ふふ、チョロいですねいたたた》
アベルはまた強くヒースを締める。
『俺、コイツ嫌いだ』
《気が合いますね》
ライナはそんな様子を見て目を細めた。
『さぁ、急いで村長のところに向かおう。早くしないと日が暮れちゃう!』
ライナは一人と一匹を置いて駆け出す。
残された二人は
『あ、待って!』
《野郎と二人っきりにしないで!》
『お前は一匹だな。二人じゃない』
《ウサギは羽ですよ、アベル》
『どっちでもいいんだよ。ってか俺は呼び捨てか』
《巫女様は巫女様ですから。敬語を使うだけありがたいと思ってください》
『置いていきたい。切実に』
《僕ならライナ様の心の中もわかるのになぁ。メリットあるでしょ?》
『本当か?』
《あぁ、でも、これは教えていい話ではなさそうですね。特に貴方には》
『まぁ、ライナが心を開いてくれるまで待つ。お前には頼らない』
《あと2週間しかないのに?》
『何年でも待つ』
《会えなくなるかもしれないのに?》
『それでも、会いにくる』
《ふーん。そうですか》
『早くしてよー!!』
ライナの声が遠くから響いてきた。
『ごめん!今行く!』
アベルはヒースを抱えて急いでライナの元へ走っていった。
東側の空にはキラリと大きな星が輝き始めた。




