34話 白いもふもふの話
『アベルさん、ちょっとあっち向いててください』
ライナはそうアベルに告げた。はいっ、と返事するとアベルはすばやく後ろを向く。彼の左頬にはキレイな手形が残っていた。
ライナはすばやく乱れた髪を三つ編みにし直し、スカーフを被った。
『はい、もう平気です。こっちを向いてください』
アベルはすばやくライナの方に向き直る。ライナはあいかわらず無表情である。
『ライナ、俺が悪かった。でも、あれしか方法が思いつかなくて!!』
『わかってます。力を使いすぎた自分にも非はあります。アベルが無事でよかったんです。でも、でも、、』
ライナは顔を赤くしてうつむく。
《ファーストキスだったのですね。いや、純情な乙女でいらっしゃいますね、お嬢さん。しかし、それは完全に八つ当たr》
その瞬間、ライナはキッと小ウサギを睨む。
『元はというと、あなたが蛇に狙われてなければこんなことには!!!』
《ひえっ!巫女様がそんな顔をなさるものではありません!》
『巫女様って何?』
ライナはポカンとした表情で返す。
《私の母から聞いた言い伝えです。昔、私のひい婆様がこの森の入り口で蛇に襲われたときのこと。銀髪の可憐な少女が不思議な力で毒を消し去ってくれたそうです。それ以来、我が一族は銀髪のお嬢さんのことを巫女様と呼び崇めているのです。まさか、本当にいらっしゃったとは》
小ウサギは深くお辞儀する。
『あの時の、、』
ライナは目の前の小ウサギに昔の出来事を重ねた。
"あったな、そんなこと、、"
《貴女にとっては大したことではなかったかもしれませんがね。そして時は経ち、次は僕が救われたのです。お二人とものおかげで助かることができました。ありがとうございます》
白いもふもふは再度深々と頭を下げた。
『ところで、君は何者?なぜ念話が?』
こほん、とアベルが咳払いしてウサギに尋ねた。
《これは僕にもわからないのです。人間を見かけるのはこれで二度目ですが、最初の彼には何も聞こえていないようでした。彼は私の母を仕留め、満足そうに去っていきました。この森の入り口での悲劇です。私は木陰から震えながら覗いていることしかできませんでした》
『なんか、ごめん』
アベルが小ウサギに謝った。
《わかっています、それが自然の摂理です。弱いものは淘汰される運命です》
小ウサギは目を伏せながらそう伝えた。
(これも聞こえてるのか?)
《はい、金髪の方》
『え、何したの?』
『念話で聞いてみた』
『たしかに、さっきの蛇の前でも通じてたよね』
《はい。心の声でも会話でも問題ないようですね》
「リズニア語では?」
《問題なく》
『すごい、相当便利ね!使い分けしなくていいなんて!』
ライナは目を輝かせた。すかさずアベルがツッコミを入れる。
『関心してる場合じゃないぞ。一体、何が起こってるんだ?俺たち頭がおかしくなったか?』
《わかりませんね。あ、申し遅れました。僕はヒース。そのように母から呼ばれていました。お二人のお名前は?》
『アベルだ』
『ライナよ』
《お名前の通りのお方。小さな天使とはまさに貴女様のこと。先程の力もまさに天からの授かりものでございましょう》
『まって、なんでウサギのあなたが人族の名前の由来なんて知ってるのよ』
《企業秘密です。名付けたご両親は、さぞ貴女のことを愛していらっしゃるのでしょうね》
小ウサギは口角を上げた。
『さぁ、どうでしょうね』
ライナは無表情で答える。その様子をみたアベルはとっさにウサギに問う。
『お前、なんのつもりだ?』
アベルは小ウサギをぎゅっと掴み上げた。
《痛い、痛い、死んじゃう!!ちょっと心の奥を覗いただけです!》
『最低。アベル、連れて帰りましょう。今日はうさぎ鍋ね』
《ごめんなさい、許して!ちょっと母の仕返しです。貴女たちからは母のオーラを感じる》
それを聞いてはっとしたライナはヒースに尋ねる。
『ねぇ、ヒース。思い出したくないと思うけど、お母さんが狩られたのはいつ?』
《数日前のことです。暗くてよく見えませんでしたが、茶色の帽子を被った男に狩られていきました》
その瞬間、二人は顔を見合わせ、顔を青くした。
"あのローストウサギだ!!!"
二人の予想では、アベルの仮退院祝いで食べたあのウサギのことだった。
《やはりそうでしたか。先程もいいましたが、それは仕方のないことなのです。しかし、一矢報いたかった》
ヒースは少ししょんぼりとした。
『ごめんなさい、知らなかったの!』
『すまない!俺が退院したばっかりに!!』
《いいんです。そのかわり、一つお願いを聞いていただけないでしょうか》
『何かしら?』
《僕をしばらく守っていただけないでしょうか》
『一体、何があったんだ?』
《母とはぐれてから、あの変な蛇に執拗に追われてたんです。あのような蛇が他にいるかもしれないですし、怖くて》
『たしかに、さっきの蛇、変だったよね。なんか、やたら大きいし、風魔法を使ったように見えたような』
『やっぱり。俺もそう思った』
《あの大蛇はいきなり森に現れました。怪しげな技も使ってきますし、他の生き物には目もくれず僕を追いかけてきたのです。まぁ、私が白くて目立つからだと思いますが。。》
『あなた以外のウサギは白くないの?私が前に見たのも白かったけれど』
《多くのウサギは茶色ですね。時々生まれるんです、白いのが。ご存知ありませんでしたか?》
『そうだったのね。知らなかった』
ライナの瞳が一瞬揺れたがアベルはそのことには気が付かなかった。
ヒースには気づかれているか、とライナは心の中でため息をついた。
『うーん。ライナ、この村の森には蛇はよくいるものなのか?』
『うん。前に遭った蛇もこの柄だったし。多分このへんならどこの森にもいるはず』
『そうか。しかし、魔法が使える人間以外の生物がいるとなると世界の常識が覆ることになる。どちらにせよ、ヒースを保護して蛇の亡骸を回収して村長に相談だな』
《ありがとうございます、アベルさん。やっぱり"行動力"がある人は違いますね》
『なんだろう、すごく置いて帰りたい』
アベルは眉をひそめた。
『アベル、私忘れないからね!さっきのこと』
ライナはまた思い出したように赤くなる。
『お、俺だって初めてだったんだ』
アベルもつられて赤くなる。
《いやー、青春ですねー》
『『お前が言うなーー!!』』
二人の叫びが森に響き渡った。
その声はその人物の耳にも届く。声の主に心当たりがあったのか、ニヤリと口元を歪めたのだった。




