32話 西の森での出来事
二人は森の中を歩み進めていた。全体的に暗いからか、地面にはシダ植物などが多く生息している。
『こんなところにユキワスレ生えてるのかな?もっと明るいところに生えてるはずなんだけど』
『あっちの方すこし明るいな』
アベルが少し背伸びをして遠くを指さす。
『いいなぁ、遠くまで見渡せて。ねぇ、身長少し分けて』
ライナは両手を合わせてアベルにねだる。
『嫌だ。コードを抜かさないといけないからな!』
『ケチ!あと10センチはほしい』
ライナは口を尖らせて言った。
『今くらいのほうが好きだけどな』
アベルはボソッとつぶやいた。
『ん?先行ってるね!』
『あ、足元気をつけろよ!』
アベルが注意するものの、ライナはスタスタと歩いていってしまった。
アベルは気づいていなかったが、ライナの顔はピンクに染まっていたのだった。
ライナがたどり着いた場所にはたくさんのユキワスレが自生していた。この一帯は木漏れ日が広がり、ポカポカと温かい。
『すごい。こんなに生えてるなんて』
『これがユキワスレか。思ってたより大きいな。』
『たしかに、この辺のは大きいかも。さ、さくっと回収しましょ!』
ライナはカバンから麻袋を取り出すと丁寧に一枚ずつ摘んでいく。
アベルは周りに異常がないかを警戒しながらライナを手伝った。
みるみるうちに麻袋は膨れ上がった。
『こんなもんかな。まだたくさん自生してるから取りすぎてはいないはず!』
『手際がいいな』
『まぁね、プロですから』
えっへんとライナが胸を張る。
『あ、ライナ動かないで』
『うん?』
アベルは少し先の地面見つめ、視線を奥にずらしていく。それは何かを感じ取っているようだった。
『もう大丈夫。今、近くに蛇がいた。もうあっちに行ったみたいだ』
アベルによると蛇は奥の岩場の方へ向かったようだった。
ライナは驚いてアベルに言う。
『すごい!全然気が付かなかった。解毒できなくはないけど噛まれないようにしなくちゃね』
この辺に生息する蛇といえばラヴィーネ毒蛇である。
茶色と赤と黄色の縞模様といういかにも毒蛇という見かけであり、深く噛まれたり処置が遅れると血清がないと手遅れになる。最悪の場合は死に至る、村の中では恐れられている蛇である。数年で数名被害者が出る。
『え、ライナ解毒もできるのか?』
『何回か試したことあるから大丈夫だよ。ただ、死んだものを蘇らせたり、切断されたものをもとに戻したりはできないみたい』
『ちょっと待って、一体何で試したんだ?!』
アベルは顔を青くした。
『秘密』
えへへ、とライナは笑顔で答えた。
『そういえば、その力ってその左手と関係してるのか?』
『そう。まだちゃんと見せたことないよね?』
そういうとライナは立ち止まり、左腕をまくり、黒い手袋を外した。そこには褐色の皮膚と継ぎ目のようなミミズばれがあった。
『これは』
アベルは言葉を失った。どう表現したらいいのか言葉が見つからない。
『気持ち悪いでしょ』
ライナは自嘲した。
『そんなことはない。少しびっくりしたけど』
『生まれたときからこうだったみたい。あんまり覚えていないんだけど。力が使えるのはこの左手だけなの』
言葉通り、ライナが右手で力を使おうとしてもできない。ちなみに魔族(コンバーターを含む)は基本的には左右の手どちらでも使える。
『そうか。というか、俺、魔力全然使えないしあんまり感じないんだけどさ。なんかいきなりその左手から何か感じる気がする。ピリピリって』
『ごめん、手袋つけるね。この手袋はおばあちゃんがイズールの職人さんに依頼して作ってもらったもので、魔力が外に漏れないようになってるの。これつけてないとソワソワするってお父さんも言ってた』
ライナはそう言いながら急いで手袋をつけた。
『そういうことだったのか』
『ねぇ、アベル。貴方って本当に魔法使えないの?こんなこと聞くの失礼かもしれないんだけど』
『いや、気にしないで。本当に全く使えないんだ。判定布が壊れたんじゃないかって、お祖父様が2枚も買い替えたのは今でも覚えてるよ』
アベルは懐かしむかのように小さく笑った。
判定布とは魔法の属性を知るために使うもので、イズールでは国教であるニュンフェ教の教会に置かれているものである。イズールでは子どもが3歳になると教会で洗礼の儀が行われ、そのときに判定布を用いてその子が使える魔法属性を確認するのだ。
ちなみに魔法属性はかなり個人的な情報になるので、洗礼の儀は洗礼の間を使って一家族ずつ行われる。よって、その子が使える魔法を最初に知るのは本人以外には家族と司祭だけである。
その後のアベルの話によれば、彼を含む王族の場合はイズール王宮内にある聖堂にて行われるとのことだった。
ライナは無意識のうちに表情を曇らせていたらしく、アベルが慌てて笑った。
『そんな顔しないでくれ。今は魔法が使えなくても気にしていないんだ。そりゃ使いたいと思ったこともたくさんあったけど、今では剣術や体術に時間が回せたのはありがたいって思ってるし』
『そっか。私もね、少し気持ちわかるの。普通の魔法は全く使えないから』
『そうだったのか』
『判定布じゃ私の力は判定できなくて。だから、村で保護されるのは特例だったの』
『そりゃ特例だろう。前代未聞の治癒魔法なんだから』
『そう、だね』
本当は少し違うんだけれど。
そう喉まで出かけてライナは堪えた。
下手なことを言えばすべてを打ち明けなければいけなくなる。それは嫌だった。
アベルに嫌われたくなかった。
でもそれと同時に、彼ならわかってくれるかもしれない、という淡い期待が心の片隅にあった。
ライナはそれを必死に端の端に追いやった。
もう来ないで、と叫びながら。
『ライナ?』
ターコイズブルーの瞳に見つめられ、ライナは我に返った。
『ご、ごめん。そろそろいこうか』
ライナはゆっくりと立ち上がった。
『あのさ、気を悪くしたなら謝る』
『ううん、何でもないの。アベルは何も悪くないよ』
『でも』
ライナは首を横に振って無理矢理に笑った。
アベルはそっとライナの右手を取った。
『俺、もっと、ライナのこと知りたいんだ。どうしたら本当の笑顔になってくれるのか、とか』
アベルはそんなことを言いながら、耳まで赤くなっていた。
ライナもつられて赤くなる。
『アベルは私にかまいすぎだよ。そのへんにいる村娘なんかにうつつを抜かしちゃダメ』
そう言って手を解こうとしたけれど少しだけ強く握られてしまい解けなかった。
『ライナは俺を助けてくれた恩人だ。大切な友人で、それ以上の存在になりつつある。他でもない君だからこんなに惹かれるんだ』
嬉しすぎる言葉に、ライナは一瞬現実を忘れそうになった。
しかし、喜ぶわけにはいかなかった。
『アベルは、友達だよ』
『それ以上の感情は持ってくれないのか?』
『やめてよ。どうしたの?』
ライナはアベルから視線をそらす。
『俺は君から離れたくないし、他のやつに渡したくない』
『私は誰も好きにならないよ、この先ずっと。友達なら離れてても友達のままでいられるの』
ライナは白く長いまつ毛をふせた。
『なんでそんなに苦しそうに言うんだよ。反則だ』
『わ、私には恋愛する資格がない。あなたが私と同じ立場ならきっとそう思うはず』
ライナの瞳からは今にも涙がこぼれそうだった。
『そんなこと勝手に決めるなよ。本当はこんなところで言うつもりはなかったけど、俺はライナが』
『だめ。それ以上言わないで。お願いだから、友達でいさせてほしいの。アベルに嫌われたくない』
『なんで俺がライナを嫌いになるんだよ。君と出会ってまだ少ししか経ってないけど、こんな気持ち初めてなんだ』
アベルはライナと距離を詰めようとした。
《やめてよ!来ないで!》
それは突然聞こえた。




