31話 西の森へ
4の月19日目。
昨日の天気が嘘のように朝から晴れ、ポカポカした昼下がり。ライナは学校で昼食を取り終わると教室を出た。
帰路を急ぎながら、ライナはさっきまでのことを思い出していた。
『気をつけて行っておいで』
教室から笑顔で送り出してくれたのは臨時担任のコードだった。
担任であるカイがイズールへ向かったこともあり、今日からコードが臨時の担任となったのだ。朝説明しに来たロドルフ校長によると、コードは何をやらせても器用にこなすので担任をさせられると判断したらしい。
この村、大丈夫かしら?とライナは少しばかり村が心配になった。
ほとんどの生徒は大喜びであったけれど、ライナの又隣に座る幼馴染だけは終始浮かない顔をしていた。
そんな幼馴染は、今日の午後はライナが居ないことを知ると、朝から何度もアプローチをかけてきた。無駄にキラキラした笑顔で「一緒に行きたい」とライナに強請り、そのたびにティオに耳を引っ張られて連行されていった。
"アベルが一緒だなんて、言えない"
ライナは内心で頭を抱えた。最近ではライナが"ア"の字を発するだけでピクリと反応し、鬼のような形相になるのだ。
"私がアベルアベルって言いすぎたのが原因よね、、"
最初の頃は村の外の人間が珍しく、また、新しくできた友達ということもあってついつい話をしすぎてしまったのだ。
あわよくばケリーもアベルと仲良くなれればいいな、などとライナは甘く考えていたが、ティオまでもがアベルと仲良くなったことで、幼馴染の嫉妬はさらに膨らんでしまったらしい。
ティオには今日の森での採取の話も、アベルが一緒に行くことも話してあり、今日の放課後は彼がケリーの家で一緒に勉強しながら引き止めてくれるらしい。
ちなみにティオにはアベルの正体も今後の話もしていない。本当は幼馴染の二人にはすべて話してしまいたいけれど、国単位での大問題なのでここは口を噤むしかない。
帰宅したライナは灰色の実技服に着替えた。髪は一本の三つ編みにして横にたらした。白いスカーフも持ち、日差しの対策もする。ドアがノックされ、入ってきたのはマチルダだった。
「あら、ライナ!今日アベルくんとデートなんでしょ?もっと可愛い格好で行けばいいじゃない!」
マチルダはライナに薬草用の麻袋を届けに部屋にやってきたのだった。
「デートじゃなくてお遣い。この服動きやすいし」
「もう!さぁ、アベルくんを部屋に迎えに行ってあげて。あと、いつものやつ持った?」
いつものやつ、とは小箱に入った"甘い物"である。今日は干したブドウである。
「持ったよ。まぁ、今日は使わないと思うけどね」
「ふふ、聞き飽きたわ」
「ですよねー」
ライナは苦笑いを浮かべた。
「ちゃんとアベルくんにも伝えておくのよ」
「はーい」
ライナはマチルダと一緒に部屋を出ると、2つ奥のアベルの部屋へ向かった。マチルダは1階に降りていった。
ライナはアベルの部屋をノックした。ここは元々二人部屋で今はコードとともに使ってもらっている。
王族の部屋としては何もかもが足りないけれど、しょうがないものはしょうがないのだ。
『入るよー』
『お、おかえりライナ』
『ただいま。って何か変だね』
二人はクスクスと笑い合う。
『そうだな。それ、実技服ってやつか?』
『そう。動きやすいから結構好きなの。見た目はダボダボしてるけどね』
『その服も、似合ってると思う。ライナは何着ても、その、似合うな』
アベルは少しライナから視線を外し、頬を赤らめた。
『やだ、どうしたの?なんか変だよ?あれ、アベルのその服は、見たことあるような?』
それはティオの服のようだった。村では一般的なリネンの白シャツに紺色のズボン。焦げ茶の革のショートブーツは自前の物らしく、見覚えがなかった。が、彼いわく、血まみれになってしまったブーツを手入れしたところ意外にも履けたとのことだった。
患者着ではないアベルはそれだけで5割増だった。金髪碧眼なんて何かの物語の王子様のようだ、とライナは思ったけれど、何も間違ってないことに気が付き妙に納得してしまった。
着る人が違うと別物に見えるのね、などとティオに対して若干失礼なことを思ってしまったのは内緒である。
アベルは腰に短剣と長剣、革製の水袋を装備していた。
『ティオが何着か貸してくれて。本当にいいやつだよな』
『おせっかいなのよ』
『それはライナもだ』
『えへへ。兄妹ですから。ねぇ、剣2本もいる?おばあちゃんは別に危なくないって言ってたけど』
『万が一のためにな。その、ちゃんと守りたいし』
アベルは少し照れながら言った。ライナもその様子につられて顔を赤くする。
さっきからどうしたのだろう。何かに頭をぶつけたりでもしたのだろうか、とライナは心配になった。
『律儀ね。くれぐれも無理しないでね、怪我完璧に治ったわけじゃないでしょう?』
『ありがとう、気をつける。じゃあ出発だ』
二人は玄関を出た。
ライナは日差しに目を細め、スカーフで日よけをする。
『そんなに眩しいか?』
『あんまり光に強くないの。目も皮膚も。皮膚なんてすぐ赤くなっちゃう』
『たしかに、透き通るような白だもんな』
アベルはまじまじとライナの顔を見る。
『そんなに見ないでよ。アベルも十分白いけどね』
『俺はもっと太陽の似合う男になりたい』
『ふふ、応援してる』
二人は顔を見合わせてクスクスと笑った。
歩いてしばらく民家が続き、その先には学校が見えた。二人は歩きながら会話を進める。
学校の横を通り過ぎるときライナは校舎の方をしきりに警戒していた。間に校庭を挟むので教室にいる生徒は直視できない距離ではある。
『あぁ、授業を抜けてるからか』
『うん。皆も知ってるけどね。でも、みんな勉強してる中こんな』
『デートみたいな?』
アベルはニヤリと笑う。
『ち、違う!お遣い!なんか申し訳ない感じがして』
ライナは一緒ぷぅっと膨れたがすぐしゅんとしぼんだ。
『サボりじゃないんだ、堂々としてたほうがいいと思う』
『そ、そうね。そうする!』
二人はそのまま歩き続けた。
商店の通りが近づいてきたところで、アベルがライナに声をかけた。
『西の森まではあとどれくらいなんだ?』
『15分くらいかな、結構あるんだ。明日買い物するところも途中にあるよ』
明日の放課後も二人で商店通りで買い物をする予定だった。
『わかった。あと2週間、楽しまないとな』
『そうだね。いっぱい思い出作っていってね。でも、アベルは放課後まで何するの?私もなるべく早く帰れるようにするけど』
『マチルダさんの畑の手伝いとか、剣の訓練とか、診療所の掃除とかかな』
最後の項目にライナは眉をひそめた。
『おばあちゃんもちゃっかりしてるなぁ』
『俺から申し出たんだ。ずっとお世話になったからな。それに掃除とかあんまりあっちでやったことないから実は楽しみでさ』
アベルは満面の笑みで言った。
『やっぱり住む世界が違うんだなー』
さすがはお坊っちゃんだわー、などと棒読みで付け加えれば、アベルは少し嫌がった。
それが少し可愛く思え、ライナは頬が緩むのがわかった。
『俺はこっちのほうが合ってると思う。できることならずっと村にいたい』
『私は大人になったら村を出るから、アベルは村でお留守番ね』
残念ね、とライナは鼻で笑った。
『そうだったな。じゃあ俺も一緒に村を出る』
『あはは、どっちなの?ティオと同じようなこと言わないでよ』
それを聞きアベルは歩くのをやめた。ライナも自然と足が止まる。
『ティオもそんなこと言ってくるのか?』
アベルが動揺してるように見えた。
『うん。心配だから一緒に行くって。丁重にお断りしてるけどね』
『そ、そうか。よかった』
アベルは安心したかのようにボソッとつぶやいた。
『なに?』
『なんでもない。でもすごく心配だ。ライナはあの力使うと倒れたりするんだろ?誰かがそばにいないと』
『それが問題なのよね。一人で対処できるようにならなくちゃ。いつまでもみんなに頼ってられないわ。そうそう』
ライナはアベルに、万が一の時はカバンの中に入っている小箱の中身を食べさせてほしいということを伝えた。
『頼ってられないって話をしてすぐお願いするのもイヤなんだけどね』
『わかった。ないことを祈るけどな。君が心配だ』
アベルはそういうと右手でライナの三つ編みをそっと持ち上げた。アベルのターコイズブルーの瞳が不安げにライナを見つめた。
ライナは目を見開き、思わず身じろぎした。
『ど、どうしたの?!アベル、今日なんか変だよ?』
ライナはさっと視線を外しうつむく。白い肌がピンクに染まる。
『ちゃんと伝えなくちゃって思って。後悔はしたくない』
「アベルのバカ」
ライナはうつむきながらリズニア語でボソッとつぶやいた。
自分に気があるような彼の行動言動に、ライナの頭はついていけなかった。
せっかく気持ちを押しやったのに、やめてよ、と恨がましく感じてしまう。
『バカって言うなよ』
『え、聞き取れてるの?!』
まさか正しく返ってくるとは思っておらず、ライナは今日一番の大声を出した。
『君に習ってるじゃないか。それに向こうにいた時少しだけ習ってるから単語もいくつかはわかる』
『やばい。ってことは』
ライナは顔をさらに真っ赤にする。
『前にリズニア語で言ってくれたことはちゃんと覚えてる。全部はまだ理解できてないけど、俺のこと、気にかけてくれてるんだろ?封印の少し前のところはよくわからないけど』
少し照れながらそんなことを言う金髪男を、ライナは思いっきり睨んだ。
『騙したのね?!長いから覚えられないと思って完全に油断してた』
『まぁ、腐っても王族だしリズニアは大国だから必要最低限は勉強させられるんだ。本当に最低限だけど。それに、』
アベルは耳打ちする。
『一つだけ叶えてくれるんだろ、お願いを』
アベルはクスクスと笑う。
『そ、そんなの無効だよ!私が不利じゃない!』
『ライナは約束を違えるような子じゃないよな?後でもいいって』
『それは』
『自分で言い出したんじゃないか。もっと勉強するからさ。もう少し待ってて』
アベルは目を細めながら、スカーフ越しにライナの頭をポンポンと撫でた。
『あら、ライナ。学校サボってデートかしら?ふふっ』
その横を通りかかったふくよかな女性に声をかけられた。
商店の通りまでだいぶ近づいていたところだったので、何人かがライナとアベルの様子を微笑ましく見ていた。
そのことに気が付き、二人は顔を赤くしあたふたし始める。
『デートじゃないです!お遣いです!じゃあね、デリカさん!』
急ごう!とライナはペースを早めた。
『あぁ、そうだな!』
二人は周りの目線を感じながら足早に移動した。
商店もなくなり、人気が減ったあたりでライナは歩きながらアベルに文句を言い始めた。
『もう!絶対誤解されたわ。肉屋のおばちゃんのにやけっぷりったらひどかった!なんであんなことしたのよ?!』
『つい、ライナが可愛くて』
このデレデレしてる金髪は一体誰なんだろうか、とライナは本気で疑い始めた。
『昨日までのアベルじゃない。貴方は誰なの?頭でもぶつけたの?』
『あと少ししかないから、つい』
『つい、じゃない。アベルは2週間でも、私はあと4年もこの村に居るのよ?恥ずかしい』
『ごめんな。嫌だったか?』
アベルが心配そうにライナを見つめる。
『嫌、じゃないけど』
『それならよかった!俺だって恥ずかしいんだ』
『じゃあなんでそんな余裕そうなのよ!むかつくー!』
『ライナが俺の分まで恥ずかしがってくれてるから、精神的に余裕がある』
『意味わかんない』
『どうか嫌いにならないでほしい』
『嫌いにはならないよ。大切な友達だよ』
『そうか、、ならよかった』
二人は歩き続け、西の森の入り口まできた。
ここも北の森との境と同様に木々の間にロープがめぐらされ、所々に赤い布がくくりつけられていた。
古い看板が建てられており、リズニア語とイズール語で危険、立ち入り禁止と書かれていた。
『うわ、懐かしい』
『来たことあるのか?』
『うん、小さいときにね。といってもここまでだけど。それにしても、こんな暗かったかな?』
二人は目の前の森を眺める。森は日中にもかかわらず薄暗い。
『北の森と東の森は定期的に木を間引いてるから明るいんだけど』
『人が近づかないようにわざと手入れしなかったんだろうな』
『何か、嫌な感じがする。本当は例の地下迷路の入口とやらを拝んでみたかったけど、やめておいたほうがいいかもしれないね』
『本当に危険はないんだよな?』
『ゲルデ先生はそういってたけど?』
『なるべく早く薬草を取ってこよう』
こうして二人は暗い森の中へ足を踏み入れたのだった。




